黒幕って何だ?
「え?」
突然、話に浮かび上がったエクスマの名前に
ラヴは驚きの表情を隠せなかった。
「どうしてここであの娘の名前が出てきたんだい?」
ユーシャがエクスマを指すために開けた冊子のページは
この事件で負傷した生徒たちのリストが載っていた面であった。
つまり、彼女もまた『被害者』という配役で
この事件と接点を持っていたのだ。
だから、いずれそのことに気付いたときに
身近にいた人が傷ついてしまったという悲しい現実に対して
やるせなさやせつなさを僅かながら感じてくれるだろうと
ラヴはユーシャに対して思っていたのだ。
しかし、目の前にいるユーシャはエクスマが傷ついていたことに
悲しむ様子など全く見せず、あろうことかこの事件の
『黒幕』か何かのような扱いをしている。
「何をどう考えたら、エクスマに白状させてやる、なんて言葉が出てくるのかな?」
「出てくるのかな、って、おまっ。バカにしてんのか?
今でこそ見た目が高校生のガキだが、中身は三十路の大人なんだぞ、俺。
今の話を聞けばそれくらい考えられるぞ」
口調こそ怒っていたがユーシャは嘲笑に近い呆れた顔をした。
立ち話すら面倒と思ったのか説明は歩きながらされた。
「さっきの女教師が言ってたよな。こんなことは滅多に起きないって。
ってことはよっぽど、それも一生に一度有るか無いかくらいの
滅多な事があればこういうことだって起きるってことだ。
性格を考えれば絶対にあり得ないってことは今は無視するとして、
仮にあいつがこんなことをしでかしたと考えるなら
それくらいの事情が関係してねえとおかしいはずだ」
普段はクソ女と酷い呼び方をしているが、
シャルロットを『正義感の強い女』に分類される存在だととユーシャは認識していた。
最終的に自分を優先してユーシャと考えた結婚をしぶしぶ受け入れたが、
元は『他人のため』『家のため』という
(ユーシャにとってはくだらない)理由で自分を犠牲にできる女である。
不本意ながらユーシャはシャルロットが単なる破壊欲やストレス解消のために
他人に迷惑をかける人間ではないという信頼をしている。
自分の居場所でもあり、大切なクラスメートが集まる学校を
自ら破壊するような真似をするとはどうしても信じられなかったのだ。
「じゃあその滅多なことって何だ。
俺がこの学園に来たことだ」
ユーシャは知っていた、それがありえないことであると。
だからこそギャルゲーやラノベにそういう設定が持ち込まれていることまで
ユーシャは分かっていた。
「つまり俺のせい――じゃない! 俺にも関係した何かだ」
「今、自白しなかったかい?」
「黙れ」
ラヴの突っ込みを一蹴しユーシャが予測した話は続く。
「俺のせいじゃねえ! 仮に俺のせいで起きた面倒ごとがあったとしたら
それはもう一カ月くらい前に終わったことだ。
そうじゃなくて、今起きてる面倒ごとは
『最近』『俺とアイツに関係していること』だ」
「う~ん、その二つに当てはまることといったら
中間テストかな?」
いつになく茶化した声色でとぼけたこと言ったラヴに
今度は黙れの一言もなく顎を掴んだ。
そしてそのまま窓に叩きつけて割り、
頭の上から体重をかけることで
とがったガラスの先を首に刺した。
「エクスマが登場したことに決まってんだろ。
すかしたことほざいてんじゃねえぞ、ボケ!
ここまで来たらそれくらい分かんだろうが。
てめえ、舐めてんのか!」
「いや~。だってねえ」
ユーシャの手の下にあった頭は
首だけ360度回転してユーシャと目を合わせて話し始める。
深々と刺さっていたガラスでそのまま自分の首を切断し、
頭と分離した体がラヴの長い髪を鷲掴みしてユーシャの前に着きだした。
目の光は消えておらず口も潤滑に動いているが、
首の切断面からは鮮やかな色の血が滝のように流れ出ている光景は
どれだけ前向きな思考で見ても恐怖以外の何者の感じられない。
「全部、状況から考えただけの予想じゃないか」
それを楽しんでいるのかラヴは自分の頭をボールのように
手の上で弄び、猟奇さをさらに上げていく。
上下に揺れるラヴの口は笑ってこう言った。
「これを言ったら敗北フラグなんだけどさ。
そこまで言うなら。何か証拠を出してくれよ」
ほぼ推理物の定番中のセリフを吐いてラヴは笑った。
それもそのはずである。
『~という前提として』
『おそらく~だろうから』
『~のはずだ』
この三つの考えからユーシャは結論をむりやり作り出した。
推測・推測・決めつけ。これで犯人を見つけようものなら
きっとどんな単純な事件だって迷宮入りに出来るだろう。
ユーシャの話には根拠がない。
出せる証拠はない。
このことに関してラヴは自分の全てを賭けて断言できる。
「ハッ。証拠だと?」
しかし。なんとこの局面でユーシャはラヴを鼻で笑った。




