義務って何だ?
「はい。じゃあ、楽しい通常授業が終わり、
トッテモタノシイ補習の時間だよ。
二人とも席についてもらえるかな?」
今日もまた、鼻唄を歌い出しそうなラヴが
薄暗い補習室の教壇に上った。
「先生! お願いがあります!
今日は古典を多目にしてください」
補習の開始直後、エクスマは勢いよく手を挙げ、要望を言った。
「んん? いきなりどうしたんだい?
そんな事言われたら、逆にやりたくなくなっちゃうじゃないか」
「そう言わずしてくださいよ。
別に勉強をサボるっていう訳じゃないんですから」
「いいや、ダメだよ。どうせ何か企んでいるんだろう?」
「まぁ、企んでるといえばそうなるけどな」
「んん? それはどういうことかな?」
大胆に足を机の上にのせるユーシャは不敵に言った。
「俺。実は古典が得意なんだよな」
「はい?」
「いや、だからさ。ぶっちゃけもうしんどいっつーか限界っつーか?
でも、補習はやめられないわけだろ?
だったらもう妥協案として得意科目多めの補習にして
半分休みみたいなものにした方がいいかなって思ったわけよ、俺は」
余裕綽々に事あを垂れ流すユーシャを前にラヴは訝しみながら
懐に手を伸ばし、一枚の紙を提示した。
「これが?」
「ん゛っ」
見せつけられたものはユーシャの国語の答案用紙(9点/100点中)だった。
「いやっ! ほら、古典のトコ! 点数の半分以上取ってるじゃん」
「古典の部分だけを見たら50分の6なのだけれど?」
「ほら、50分の6っつったら……あの…………。10…12だよな、100点中。
他と比べてすげえ高いじゃん。桁違いじゃん」
「そりゃ、比べる元がこれだからね」
一枚の答案用紙からまるで手品のように他の科目の用紙を広げるラヴ。
×だらけの自分のテストに汗を流しながら、それでもユーシャは余裕を見せて言う。
「それに俺、勉強したんだZE?
今なら古典文法の活用形をすらすら言えるZE」
「…………」
「…………」
ラヴはしょっぱい目でこっちを見ている。
(デスヨネー。信用出来ませんよねー。
ヤバい、ここからどう言えば良いんだろう)
ユーシャは焦りを隠し余裕な態度を取り続けてはいるものの、
すでに限界は近かった。
そこへエクスマが助け船を出した。
「先生! それはいくらなんでも酷いですよ。
せっかくユーシャ先輩頑張っていたのに」
「えっ、ええっ!?」
明らかにこちらが正しくても、自分の子供くらいの年の女子に
『酷い』などと言われたら、少々焦ってしまうのは当然だと思う。
「過去の成績じゃなく今頑張った生徒を信じるのが
先生としての義務なんじゃないんですか?」
「いやっ、僕は別に先生と言うわけでは―ー」
「なら、子供を信じるのが大人としての義務なんじゃないんですか?」
「む。んんぅ~」
(おおー、すげえ。言いくるめた)
本来の立場も力も圧倒的にラヴの方が上であるはずなのに、
エクスマは尤もそうな意見を並べ立て、しぶしぶ認めさせている。
相手がこちらの意見を認めるということは、
こちらが相手より優位に立ったという事と同義だ。
そうなったらあとは立場をひっくり返されないように
追い詰めていくだけだ。
エクスマは義務や当然、常識などといった
『否定しづらい言葉』で執拗に責める。
その結果、教壇に立つラヴより椅子に座るエクスマの方が大きく見える気がする。
もはやいじめと言い換えられるエクスマの抗議に
ラヴはすっかりやつれてしまっていた。
「はい。全くその通りですね」
その言葉を聞き逃さなかったエクスマは
この機を逃さぬよう一つの提案を出した。
「では先生、一つ賭けをしませんか?」
「賭け?」
完全なる独壇場を維持し続けていたエクスマが
ここでラブを交渉のテーブルに招待する発言をした。
「先生が勝てば補習期間を倍に。
私たちが勝てば今日は自習。
どっちにしても私たちが勉強する分には構わないでしょう」
「むぅん……」
エクスマは腕を組み、しばらく考え込んでいると
「分かった。そこまで言うなら乗ってあげよう。
ただし! 約束は必ず守ってもらうからね」
「当然です。先生こそその言葉、忘れないで下さいよ」
エクスマは満面の笑みでそう返した。
(す、すげえ。ここまでアイツの計画通りに動いてやがる)
一連の会話に感心していたユーシャにエクスマは
まったく頼もしい口調で話しかけてくる。
「じゃ先輩。頑張ってくださいね」
「はぁ、はいはい。分かったよ」
まったく嬉しくないが、ユーシャはエクスマが立てた作戦に従い、
任せられた仕事を実行に移すのであった。




