学園生活なんて楽しくなかった。(一章の終わり)
寮に帰る道すがら、ユーシャはこれまでの
学校生活を思い返してみた。
まず、入学したばかりの4月。これから一年間、
一緒に過ごす教室を見た時は驚いた。
ゲームの中でしか会えないような美少女たちが
本当に目の前に並んでいた。
もう、心のなかではダムが壊れたように
ヨダレが溢れだしていた。
そんな気持ちを隠して周囲に合わせる事には骨が折れたもんだ。
けれど、喜んでいられた時間はとても短かった。
授業は意味不明で健康重視のせいで味気ない飯を食ったまま、
五時間も教室のなかに押し込められてきた。
宿題と小テストの居残りで放課後もずっと拘束されてきた。
テンプレなツンデレヒロインとこれまたテンプレな同室生活を
送ることになったが目の保養になったことなんて一度もなかった。
そして続いた5月だが、上旬は本当に何もなかった。
下旬も一度だってお色気イベントが発生しなかったくせに、
中間試験とか言う存在自体を抹消したいものが起きやがった。
その直後だ。
適当に済めばよかったバトルイベントが、ヒロインの退学という
誰も望んでないめんどくせえ展開になりやがった。
(それから、あの女のせいで色々悩まされたんだよなぁ、俺)
「ったく。さっさと犬みてえに尻尾振れよ、あのクソ女」
そこまで考えただけでも充分うんざりしていた。
それから色々あって、シャルロットを力づくでねじ伏せ、拳で話し合ったが
結論を言おう。
ユーシャとシャルロットは結婚したのであった。
と言っても、ラヴに結婚するには若すぎる事とまだ学生である理由から
正式な夫婦とは認められず、シャルロットの名前が
『シャルロットディアズロン』から『シャルロットディ神野』へ
変わった程度でしかなかった。
ただ、それ以上のことをしないならシャルロットの退学を
白紙にしようとラヴが条件を出してきたので、
ユーシャも、そしてシャルロットもそれに同意した。
(あんな女と寝たところで、萎えるだけだしな)
結婚自体を祝う人は当人たちを含めてほぼいなかったが、
結婚によってシャルロットが帰ってくる事には
学校じゅうの生徒たちが涙を流すほど喜んでいた。
心のこもっていない誓いの言葉と省かれたキスシーン、
空しい気分にさせるだけのBGMと鐘の音、形だけのブーケトス。
それら一連の儀式を終えた後、シャルロットは
女子同士でどこかへ行ってしまった。
あくまで予想だが、きっと帰還を祝うパーティーが開かれていることだろう。
それにユーシャが呼ばれていない理由は、まぁ分からないわけでもない。
(いや! 俺が行こうとしなかっただけだ。
決して空気が悪くなるからじゃあねえ)
と、まぁ散々なわけで。
以上の事も含めて今度は過ごした学園での時間全てについて結論を言おう。
学園生活なんて全く楽しくなかった!
所詮、ゲームはシナリオライターの妄想日記が書かれているだけで
現実なんてクソでしかない! その事がこの2ヵ月でよく分かった。
ユーシャはそんな現実に振り回されて疲れてしまった体を
ようやく自分の部屋まで運びきった。
明日は休校日だが、その二日後にはまた学校が始まる。
全くもって不愉快きわまりない。
「あん?」
ユーシャだけの部屋になったはずだが、
玄関から大きな段ボール箱が高く積まれていた。
「邪魔だな、オイ。全部焼却炉の中にぶち込むぞ!」
それらの荷物はまた同じ部屋で過ごすことになるシャルロットの物だった。
普段のシャルロットを見ていたら、こんな風に箱を開けないまま放置せず
徹夜してでも片づけをしていただろう。
おそらく、パーティーで騒ぎすぎて疲れたからだろうとあたりをつけてみた。
しかしそれでも自分の寝床だけは用意しており、
大きなベッドの上で布団に包まっている姿が灯りをつけていない部屋でもぼんやりと見えた。
「つーか、俺の寝る場所がねえじゃねえか」
フローリングの上でそのまま眠れないわけでもないが、
積みあがった段ボールの柱が多すぎて足を曲げなければ横になれないほど場所がない。
さすがのユーシャでもそれは我慢できなくてシャルロットの肩を揺らす。
「おい、起きろテメエ。お前の荷物が邪魔で寝れねえんだよ」
かなりきつめに揺らしても一向に起きる気配がなく、
つい強く引っ張ってしまったせいで今まで背を向けていたシャルロットの向きを
こちらに変えた。そして、その時見たシャルロットの顔になんとも言えなくなった。
「……クッソ腹立つな、この女。こっちが今すげえ面倒な目に合ってんのに
アホ面晒しやがって。人の気持ちぐらい考えるよな。ったく」
もう一度言うが学園生活なんてまったく楽しくなかった。
ギャルゲーみたいにキャッキャウフフな時間を過ごしたかったのに、上手く事が運んでくれない。
もういっそもらったチート能力で世界を一度リセットしてやろうかとも現在進行形で考えている。
しかしまぁ、別にいいか、とユーシャは思ってしまった。
ユーシャは揺らしていた手ではみ出た肩まで布団を掛け直してやり、
自分は壁に背をつけて座った姿勢で寝ることにした。
決してシャルロットの寝顔が幸せそうだったとか、
寝ながら泣いていたと思われる涙の跡が残っていたからとか、ではない。
そんなことでほだされるような男ではない。そんな程度の事で自分の欲望を曲げたりなんてしない。
これはほんの気まぐれだ。今だけ特別にこんな学園生活でも悪くないと
思ってやっているだけなのである。
「仕方ねえよなぁ」
不意に出た言葉を最後に、諦めの色が濃いが満足したようにも見える表情のまま
彼はこの面倒くさかった√の終わりを感じながら、眠りに落ちたのであった。




