反論なんてなかった
破天荒な結婚式を終えた午後六時ごろ、
ユーシャはラヴとともに事務員室で酔いつぶれていた。(酒は飲んでいません)
「ホンット気分悪い」
「そうかい」
急遽、設置したカウンター席で死体のように突っ伏したユーシャの間に
机を挟んでバーテン姿のラヴが小気味良い音を出してシェイカーを振っていた。
「でも、この結末が君の『望み』だったんだろう」
「望んでねえよっ! 望んでやったわけじゃねえよ……バカが」
がばっと起きて反論したが、すぐに疲れて愚痴をこぼした。
「望んでないなら、どうして今、【スキップ】で変えようとしないんだい?」
そう優しくユーシャに質問した。
「だってお前、あいつがそう言ったからだよ。なら、もうしょうがねえじゃん」
「しょうがないから、か。でも違うよ。
僕には何故君が使わないのかっていう理由が分かる」
ラヴはシェイカーからノンアルコールドリンクをグラスに注ぎ、
ココナッツミルクを少し流し込んだ。
「君が望んだのは彼女自身でも責任を果たすことでも、ましてやハッピーエンドでもない。
『物語の終わり』、ただそれだけだよ」
小さな真球の氷が数個グラスに投入され、涼しげな音が鳴る。
「あのまま、彼女を放って退学させたら君の『シャルロット√』はうやむやな形で終わってしまう。
かといって、【スキップ】で君の思い通りに進めたら、それはもうギャルゲーじゃない。
妄想に耽って部屋の隅でお人形を動かすだけのただの慰みだ。
だから、他の誰かの手によってこの話に幕を引かせたかった。
そうすることで自分は新しいルートに進むことができる。
つまり、踏ん切りをつけるのに良いきっかけを彼女に作ってもらいたかった。
というのが君の本心だよ」
言葉とともに目の前へ置かれるグラスにカラメルを少量垂らす。
薄めに白く濁る透明なドリンクの中でカラメルがゆっくりと落ちていく。
清廉な印象を持つ液体に出現する黒い流動体は、
途中、氷にぶつかってはすり抜けてそこへ沈殿していく。
沈殿しきってやっと完成したドリンクは見事なコンストラクトを描いていたが、
黒色の方が際立っていて背筋を寒くさせるものがあった。
「君はやっぱりそういう人間だ。変われないんだよ」
どんな意図があってそう口にしたのか、ラヴはそっと囁いた。
「……」
ユーシャはうつむいたまま何も言わなかった。
壁に吊られた時計の針の音だけが響き、空気は重くなっっていた。
「違えよ」
「ん?」
ユーシャが起き上がったときの小さな揺れでグラスの中の氷が音を立てる。
「じゃあどうしてなのかな?」
「そりゃ、お前。あれだよ」
そして、ユーシャは何かを言おうとしたが、のどのすぐ下あたりでそれが止まり、
黙ってしまった。
「いや。お前の言う通りだ。あーあ、ホントに今日は気分が悪い。
俺もう、帰るわ。明日忙しいし」
「……そうかい。お休み。また来週の月曜日に」
ユーシャは出されたドリンクを味わいもせずグッと一息で飲み干すと
そのまま出ていってしまった。
「やれやれ。もう少しだったんだけどなぁ」
一人きりになってしまった事務室でぽつりと独りごとをいう。
「まだ早いと見るべきなのか。遅すぎると見るべきなのか。困ったなぁ」
置いて行ったグラスを手に洗剤をしみこませた布巾で洗う。
「とはいえ、進展はあったということだ。
進捗状況についてはおいおい何とかなんとかなるだろう」
洗い終わったグラスをすすぎ口を逆さに向けて食器棚の中でつるした。
「がんばれ。頑張るんだ、神野ユーシャ君。君はまだ
『始まったばかりなんだから』」
入り口に背を向けた大天使の素顔は食器棚の壁にも阻まれて誰にも分からない。
もしかしたら祝福の笑みを浮かべているのかもしれないし、
そうじゃないかもしれない。
ただ今の状況について言えることは
光の届かない箱の中にグラスがしまわれている、
という事だけだった。




