赤色なんてなかった
絶望的な言葉を聞いてからシャルロットは目の前が真っ暗になり、
ふわふわと地面より少し上を歩いているような感覚で動いていた。
ユーシャと王室の前で別れてから午後四時まで別の部屋で待機。
その間、なぜか逃げようとする気が起きず、椅子に座って
壁をじっと見続けているだけだった。
午後五時。急に白いウエディングドレスが頭に被せられ、
当然のようにそれに着替える。
絶対に一人では着付けられない仕組みになっているはずだが、
ドレスの方からシャルロットに着られているかのように
着付けはスムーズに進んだ。
鏡で自分の花嫁姿を見て、このドレスの色が自分自身を表していると思った。
かつて紅蓮の騎士と呼ばれていたシャルロットが赤色を落とされ、
さらに白色すら奪われて無色な存在となる。
午後六時。部屋の外が騒がしくなる。
結婚式を見に、あるいは止めに来た人だろう。
抗議と暴動の音が響いていたが六時半ごろぱたりと止んだ。
午後七時。静粛な城に『フィガロの結婚』を奏でるパイプオルガンの音色が流れる。
厳正な空気の中、シャルロットがいる部屋の扉が開き、似合わないタキシード姿のユーシャが現れる。
ゆっくり歩いてきたユーシャの手を握り、敷かれたマットの上を進んでいく。
数時間前にいた王室が教会みたいな内装に変わっており、奥には牧師が待っていた。
よく見ると、牧師は法衣を着たラヴとかいう事務員で唇の端をひくひくさせている。
「何で僕がこんな目に。まだクレームの電話が残ってるのに」
「こういう儀式こそお前の出番だろ?」
二人は牧師の前に立ち、BGMのボリュームが少し小さくなった。
「汝神野ユーシャは、この女シャルロット・ディ・アズロンを妻とし、ーー」
【以下省略】
「……飛ばしたね?」
「さっさと続きやれよ」
牧師は不機嫌そうに続行する。
「では新郎新婦、誓いの言葉とともに指輪の交換を」
そして、二人は向き合いユーシャはシャルロットの左手を取った。
「正直に言えよ。ここで誰か助けに来てくれると思うか?」
「思わないわ」
「こんな結婚式になって心の底から嫌だろ?」
「嫌と言えば辞めてくれるの?」
「お前、俺の事嫌いか?」
「あなたを嫌わない奴なんて世界中どこ探したっていないわ」
愛なんて微塵も感じられない神前の会話はある意味、招待客の常識を飛び越えていた。
「ふふ、ふふふふふはははははははは」
さんざん拒絶されてもユーシャはへこまず、むしろ勝利の喜びを表した笑い声をあげた。
「そりゃ全部こっちのセリフだ。クソがぁっ!!!!」
笑っていたユーシャが豹変し、怒りに顔をゆがめてわめき散らす。
「何が楽しくててめえと結婚しなきゃいけねえんだよ。ふざけんじゃねえぞ、コラ!
大体てめえみたいな女がそばにいたらな、色々面倒なんだよ。
俺を嫌わない奴はいない? ああ、そうかい。だが、てめえも大概だぞ。
口やかましいし、喧嘩売ってくるし、無愛想だし、貧乳だし、ツンデレ属性と思ったら
ツンしかなかったし! てめえの花婿になってやる俺の気持ちぐらい考えろ、クソがぁっ!」
「「「……………」」」
会場の一同が唖然となった。挙式の全てを仕切った人物がこんなことを言ったのだから仕方ないだろう。
ユーシャの怒声がシャルロットの気持ちをわずかに動かした。
その揺れが加速度的に大きくなり、心の中で何かに引火した。
パンッ!
シャルロットの右手がユーシャの頬をはたき、空気を割る乾いた音が教会に響く。
「じゃあ、止めなさいよ!」
「できるか! 責任ってもんがあんだよ!」
「責任? 何の責任。私を貶めた責任の事? じゃあ、全くの見当違いね?
むしろ増やしてるわよ!」
「バカか、クソアマッ! 誰がてめえへの責任っつった。だいたいっ!
俺がお前に対して責任をとるようなことなんて全くしてねえだろ!」
そして、またユーシャの言葉に一同が沈黙し、直後一斉に声を上げた。
「「「はあああっっっ!!!!!!!!??????」」」




