騎士なんていなかった
通常授業と休憩時間にやって来るたくさんの友達からの送別の言葉を受けながら、
放課後まで時間が流れる。
シャルロットは下駄箱で靴を履き替え、友達を連れて校外に向かう。
校門のすぐそばには黒塗りの車が留まっていて、あれに乗ったら
そのまま嫁ぎ先に直行することになっている。
つまり、シャルロットが学生でいられる距離は
下駄箱から校門までの百メートルにも満たない道だけであった。
(ああ、終わってしまう。私の大切な時間が)
まるで段差のない十三階段のようだとシャルロットは思った。
「待てよ」
その道を一人の男子生徒が横から割り込んできた。
「転校するつもりみたいだな。
だがよ、てめえが学校を出る前にどうしても言いてえことがあるんだよ。
聞いてくれるよな?」
立ちふさがる男は当然ユーシャであり、おそらくこれこそ彼の本性だろうと
確信できる乱暴な言葉遣いを聞いた。
「いいわよ」
枯れ木も山の賑わいとも言う。シャルロットは彼を受け入れた。
ユーシャは深呼吸して息を整える。そして、大きく息を吸って言った。
「ざまぁ見やがれ! このメス豚ぁっ!」
学校中に響き渡る罵倒。ユーシャは悪意に満ちた笑顔を浮かべて続ける。
「俺に逆らうからこんな目にあったんだよ。犬みたいにおとなしく尻尾振ってりゃ
助けてやったのに残念だったなぁ、オイ! 人間様に従わない犬はいない。
てめえは豚だ。どこぞのキモ豚(憶測)に嫁ぐなんて、お前らしい人生だよな!」
罵倒。侮蔑。嘲笑。裏の顔を見てしまった生徒たちは絶句したが、
シャルロットはむしろ嬉しくて笑った。
「そうね」
なんてひどい最後なんだろう。さんざん馬鹿にされ、殴り倒したいけれど
力の差がありすぎて敵わない。
絵本の騎士なんていない。この惨めな気持ちこそが現実なのだ。
だからこそ良い。この男から離れられる、
それだけでもう退学させられることに価値があるのだ。
「まだ何か言いたいことがあるのかしら。無いなら行くわ。
さようなら」
シャルロットは茫然と立ち尽くす友達を置いて歩く。
頭を低くしよう。学校最後の思い出を惨めに演出してみせよう。
それが私の唯一残された手段だ。
ドンッ。ゴムボールを落としたような、そんな音が聞こえた。
「え?」
目の前には鳩尾にねじ込んだ腕があり、激痛が後から襲う。
「かはっ」
完全に油断していた。まさか全く空気を読まず、しかもこれだけの大勢の目の前で
暴行を加えてくるとは想像だにしなかった。
被害者になぜ殴ったかを考える余裕は許されない。
隣に立つ加害者が使い古した人形を扱うように
乱暴な所作でシャルロットの首元を掴んで締め上げる。
窒息するシャルロットはユーシャの腕を振り【ほどけなかった】
「!?」
シャルロットは違和感を覚えた。振りほどけなかった理由が
ユーシャが強いからであると分かってはいるが、
その強さが自分の知っているものとはまるで違っていた。
三次元にいる人間は四次元からの干渉に対応できない。そんな類の異質さだ。
「てめえ。まさか今のセリフだけで俺の気が済んだと思ってんのか?」
締め上げる右手に力を込めて、悪漢は楽しげに言う。
「てめえみたいなキャラの末路を教えてやるよ。
てめえは、正義の真逆にいるような奴らに犯され、奪われ、生き恥曝されるんだ」
ユーシャはパッと首から手を放し、力なく落ちるシャルロットのきれいな髪を鷲掴みにして、
顔の前まで持ってくる。
「今からてめえをそれに近い目に合わせてやる。
テメエの持ってるもの全部ぶっ壊して泣かせてやる」
シャルロットの目に写るものは悪漢などではなかった。
悪魔だ。人を絶望させることを何よりも好む地獄の住人。
復讐のように確固たる強い意志を持った報復ではなく、
血を吸いに来た蚊の足を一本ずつむしり、虫眼鏡で集めた日光でじわじわと焼く、
そんな遊び心の混じった無邪気な報復。そこに潜む悪意を凝縮させたものがこの男の正体だった。
シャルロットは目の前の男にかつてないほどの恐怖を感じた。
「ツンデレ√、バッドエンドに入りました。どうぞ」




