拘束なんてなかった
私はシャルロット・ディ・アズロン。二年H組、16歳。
私が生まれたアズロン家は王家に仕える近衛騎士として由緒ある家系だった。
エリート中のエリートな家柄であり、貴族の中でも上位に入るほど
贅沢な暮らしをしてきた自負はあるが、そうだからこその苦労はあった。
貴族同士の社交パーティを立食パーティと勘違いしているかもしれないが、
他家とのつながりを強くすることに一生懸命で食べ物をのどに通すこと自体が苦しく感じる。
家がすごいだけで当人に全く価値のない相手だろうと、ご機嫌を取るために
相槌を打ったり、無い長所を言っておだてなければならない。
偽物の笑顔を張り付け、神経が磨り減るだけの無駄な時間の合間を縫い、
昼夜を問わず高い学費を払って有名な達人を呼んで修行をしてきた。
腰を低くし、頭も下げて、貴族の体裁を保つために少ない時間で多くを習得するために、
たくさん持っているはずの財産で娯楽に興ずることすらままならない。
バカにするつもりは無いけれど、この生活がどれだけ大変なのか、
しょせん庶民には分からないだろう。
だが、そんな私にも癒しの場はあった。
それがこの聖マリア学園だった。ここには身分の差も国境の差もない。
何にも拘束されず縛られず、自分が自分のために行動できる場所だった。
別に家族や生まれてきた境遇が嫌いなわけじゃない。
それでも私は自分のために生きたいと思っていた。
ここはそんな私の願望を叶えてくれていた。
そして今日、私はこの大好きだった学園から退学する。
退学して、顔の知らないどこかの貴族の御曹司の下に嫁ぐことになる。
これは私が貶めてしまったアズロン家の名を落とさないための手段、俗に言う政略結婚だ。
絵本の中のお姫様はここでカッコいい殿方に助けられる筋書きだが、
不幸にも私の近くにそんな男はいなかった。
しかもよりにもよって一番近くにいた男のせいでこうなったのだから、
怒りを通り越して笑いが込みあがってしまう。
「シャルロットさん。あなたの事は決して忘れません」
「ときどき手紙出せよな。オレたちはずっと、お前の友達だからな」
大好きな学園の大切な友人たち。彼らが笑顔で送っていることもその理由も、
私を心から想う所以だと胸置く深くまで伝わってくる。
でも、誰一人として私の本当の気持ちを分かってくれていない。
(離れたくない。もっと! ずっと! みんなと一緒にいたい!)
皆の気持ちは嬉しい。しかし、一人だけでもいい。私を引き留めてほしかった。
もし許されるなら涙を流して校舎にしがみつきたい。
「みんな、ありがとう。ここを出た後、
それぞれの立場から敵になったり、上下関係になってしまうかもしれないけれど、
この学園でみんなと過ごした時間と大切な友達だったことは絶対に忘れない」
でも、それはできない。私には貴族としての責任がある。
個人のために家を蔑ろにすることはあってはならないのだから。
私の言葉を聞いて遂に堪えきれなくなって
涙をこぼしたハイエルフのリースは目元を拭って言う。
「ぐすっ。神野くんもすごくシャルロットさんのことを気にしてたよ」
「うん。きっと今日来ていないのもシャルロットはと離れるのが悲しいからだよ」
「え?」
シャルロットは耳を疑った。
(あの男が私を心配? ありえない。あれは我欲のために
他人を貶めるタイプのクズだ。おそらく心配していたのは
人望を集めるための演技のはずだ)
確証はないが、確信はある。シャルロットは家の都合で何度も悪漢を倒してきた。
その経験上、相手の目を見ればそれが善人か悪人か、悪人ならどのタイプかまで把握できた。
ユーシャがクラスにやって来た時から敵視してきたのはそういう理由からだ。
このままあの男がいたら友達に魔の手が及ぶ。それを阻止するため事務員の提案も承認した。
しかも、魔王を倒した男を倒せば家の名が上がる。そんな欲も、つい、出てしまった。
しかし、結果は惨敗。全く以て情けない。
この場にもしあの男が来て薄っぺらい言葉をかけられでもしたら、
己の惨めさに押しつぶされて、立ち直れなかったに違いない。
ここにあの男がいないこと。それがこの場で一番嬉しいことだった。




