シャルロットなんていなかった
ユーシャが最初に攻略しようと狙っていたシャルロットが
顔も知らない他の男と結婚する。
その事実にユーシャは耐えられなかった。
「あのメス犬! せっかく俺が目をかけてやったっつーのに、
どこぞのクソと人生のゴールイン果たすつもりか!」
「どうしてそう考えられるんだ?」
「だがやることは分かった。とにかくその結婚相手が死ねばいいんだな。
よし、今からぶち殺してやる。そいつの住んでる屋敷ごと消し去って
遺った奴らも路頭に迷わせてやる」
指をパキパキと鳴らしながら意気揚々と憎き怨敵へと向かう。
しかし、その行く先を突然降り注いだ巨大な剣の束が阻んだ。
「……一回だけ言うぞ? 何のつもりだ」
状況的に考えなくても、これを誰がしたかは分かり切っている。
「もちろん、止めるつもりだよ」
ラヴは指を立てると、それを真下へ振る。
すると、炭化した瓦礫の山が逆再生しているように動き出し、
岩は壁に、ススは紙に戻っていく。
「そんなことをしたら君のハーレム化計画が失敗してしまう」
ススと石がせわしなく動く中でラヴははっきりと断言した。
それを聞いたユーシャはこわばらせた顔を崩して呆れた。
「おいおい。何を言い出すかと思えば、そんなことかよ。
どうせ『一人の女を助けたら、その他大勢の人間から恨まれる』とか、
ダークヒーローを気取った主人公にありがちな葛藤の話だろ?
そうなったら、そいつらを殺すもしくは落とせばいいだけの話だ」
簡単だとばかりに高を括るユーシャだが、ラヴは首を横に振った。
「いいや。相手が彼女以外の人間なら問題にもならない。
君の邪魔になるのは他でもない、これから連れ戻そうとするシャルロットだよ」
破壊された事務室が元通りになり、ラヴの手には一枚の紙きれが摘ままれていた。
「彼女は君を恨んでる。考えてもみてよ。
そもそもこの縁談が持ち上がったきっかけは全世界に生中継された勝負に負けたからだ。
強い武人のイメージで売っていた家の娘である彼女は、それに泥を塗った。
その結果、親から顔も見たことのない男と望まぬ政略結婚を強いられた。
たとえ縁談を白紙にしても、結婚に強い理想を持っていた彼女が、
君への恨みを水に流してくれると思うのかい?」
全くの正論だった。ただでさえ自分を嫌っているシャルロットが
今さら自分に惚れてしまう展開なんて予想できない。
「じゃあ、どうすりゃいい。このままだとあのアマ、学校から消えるぞ」
「『どうすりゃ』って、どうもしなくていいんじゃない?
邪魔な人間が消えてくれるのは良いことじゃないか」
「なっ」
ユーシャは自分の耳を疑った。
「だって面倒だろう。こちらに敵対心を向けてくる人間のために
何故わざわざ優しくする必要があるんだい?
むしろ彼女こそ真っ先に始末しておいた方が後々――」
その言葉はそこで急に途切れる。
「お前、天使だよな?」
ユーシャは訳もなく殴っていた。
何かを思うよりも先に手が出ていた。
その結果、普通の人間でもできるパンチをしていた。
しかし、惨い仕打ちを受けてもケロッとしていられる大天使ラヴには
当然のようにダメージがなく、柔らかい頬の肉が寄せられた程度でしかない。
「何か間違ったことを言ったかな?
君だって、彼女を一番最初に落とそうと思ったのは
『金髪でツンデレな騎士の美少女』だったからなんだろ?
心配しなくても代わりならたくさんある。
知っての通り、この学園の生徒は多いからね。
一人いなくなったところで属性までなくなることはないよ。
しかも、次は『転校生』っていうオプションもついてる。
結果的に得をする選択なんじゃないかな?」
「違ぇだろ!」
殴った手で襟をつかみ、ラブの額を狙ってまたもや普通の頭突きをする。
鈍い音の後、ラヴの額に血が流れるがそれはユーシャの物だった。
その様子を見かねたラヴは押し黙り、やがて諦めたようにため息をついた。
「分かった。分かったよ。それが嫌ならチート能力を使えばいい。
どう使うかは、言わなくても分かるよね」
「なっ」
ユーシャは言葉に詰まった。
どう使えばいいかは分かる。単純な話だ。
『シャルロットは転校されそうになってしまった。
しかし、主人公のユーシャが色々と活躍して、それを阻止した。
シャルロットはそんな彼を見て好きになってしまいました。
めでたし、めでたし』
そんなよくある展開に『すれば』いいのだ。
(確かにそれが今、俺が一番良いと思う展開だ。そうしたいと思ってる。
だけど何か違う。こんなやり方じゃねえんだよ)
その『何か』がユーシャには分からない。
「結論を言うと、全ては君の自由だ。君の好きにすればいい。
ただ、僕としては後者をされると仕事が増えるから辞めてほしんだけどね」
掴まれた襟は霧となって消え、ユーシャの手が落ちる。
「いいじゃないか。忘れてしまいなよ。
シャルロットという少女はいなかった。
それで良いじゃないか」
良いわけがない、と声を出して否定できなかった。
それを否定するだけの理由はないし、
どちらの提案も同じくらい魅力的だ。
「どうすりゃいいんだ」
何でもできる力を手に入れたはずなのに、
その答えを出してくれる人間は現れてくれなかった。




