勇気なんてなかった
試合が始まって早速ユーシャの立てた作戦は水の泡になった。
まず、相手の武器を封じるところから始めるつもりだったのに、
炎に包まれる剣という得体の知れない道具を出されたら
どう対処していいかが分からない。
(つーか、あれ何? どこの秘奥義? あいつ歳、十六か十七だよな?)
「何を呆けてるのかしら、それともわざとそんな顔をして油断を誘ってるのかしら?
普段からしまりのない顔してるから分かりづらいわね」
(すいません、呆けてます。何ですか、それ。
それ習得するのに何年頑張ったんっすか? つーか何歳!?)
変身したシャルロットは変わらず侮蔑の目を向けるものの
ずっと動かないユーシャを警戒し慎重になっている。
が、そのユーシャはというと完全に混乱していて
それは全くの独り相撲となっていた。
そのうち、シャルロットはこの無駄な膠着状態に煮えを切らし、
「いいわよ。なら、先手は私がもらう」
シャルロットは剣を両手で持ち大上段に構える。
「はあああぁぁぁぁ」
声に合わせて纏う炎が剣に集まり、刃が元の二十倍に拡大される。
「蹂躙せよ! “紅焔陽竜”」
巨大化した剣がユーシャ目がけて振り下ろされる。
それはまさに火事が起きている建物が倒れ掛かっている光景と同じだった。
普通の人間なら逃げる。
だが、ユーシャには絶対的なチート能力がある。
「ふっ」
『おおっと! 私、見ました! ユーシャ。今、不敵に笑いました』
『彼にとってはこの攻撃ですら鼻で笑う程度のもでしかないのか!?』
解説役の言葉に観客一同、息をのんだ。
こうしている内にも押し寄せる炎の剣を前に、ユーシャは
「どっひゃああーーっ!」
わき目も降らず、超逃げた。
「…………」
ユーシャの言葉に観客一同、息をのんだ。凍り付いた表情で。
『に、逃げたーっ! 恥も外聞も捨て、敵に背を向け、
命惜しさにヘッドスライディングで逃げたユーシャ。
プライドは無いのでしょうか!』
全くその通りだ、と会場を含め生放送で観ていた数億人が実況の言葉に頷く。
『いや、そうとも限らないぞ』
『ど、どういうことですか?』
そこへパンサーが口をはさみ、雨野が尋ねる。
『彼女が使った“紅焔陽竜”という技は
刀身部分が約二千万度にまで達する。この攻撃を防ぐには
それ『だけ』に特化したものを用意しなければならない。
だが、そんなもの用意するだけ無駄だ。
戦いの邪魔にしかならない。まともな戦士なら逃げるのが適切な判断だ』
『なるほど、そういうことだったのですね。
つまり、無様な行動に見えましたが、実際はシャルロットさんの攻撃が強すぎた、と。
そういうことですね』
『その通り。今の一合でユーシャを評価するのは早計だ。
何より考えてみろ。魔王を倒したほどの男があんな情けない声を出して逃げると思うか?』
『確かに。はっ! まさか、今のは演技。私たちをだます演技だったのですね』
『その通り!』
「ンな訳あるかぁっ!」
勝手な妄想話に花を開き始めた放送席の二人に
土だらけのユーシャが片手をあげて異議を唱えた。




