イベントなんて来なかった
初めてシャルロットと同じ部屋で生活した日からユーシャは鍵を返してもらっていない。
ゆえに、シャルロットが返ってくるまで締め出された状態のユーシャは放課後、事務室に足を運んでいた。
そうしていくうちに放課後に事務室でラヴと話すことが日課となりつつあった。
「大根一つ」
「はいはい」
目の前にはどういうつもりか鍋を用意しておでんを作っているラヴが
ユーシャの話し相手になっていた。
「訳分かんねえ。ラノベじゃ主人公が来た次の日に事件が起きるじゃん。
テンポ悪すぎだぞ、三次元」
「三次元だからね。起きないのが普通」
大根をよそったラヴの言葉に悔しがり、コップを大きくあおった。
「知ってるか? 俺、結局鍵返してもらってないんだぜ? だから、あいつが返ってくるまで家に入れねえんだ」
「うん、知ってる。前、聞いた」
「あいつ、俺の事、名前で呼んだことないんだぜ?」
「……そっか」
「…………」
「……体育はどうだった? 着替えが――」
「そのことは聞くな! 俺は男だ!」
「ん? 何を言ってるんだい?」
空気がどんどん暗く沈んでいく。
すでに手詰まってしまい、ユーシャは完全に意気消沈していた。
「ふむ。じゃあ、そろそろこっちの出番かな」
「うん?」
「君に一つアドバイスしてあげよう」
ラヴの本来の仕事。それは事務の仕事でも学生の愚痴を聞くことでもなく、ユーシャを助けること。
空気を割るように明るく助言を口にしようとしたが
「チート能力なら使わねえぞ」
言おうとしていたことを先に言われ、しかもそれを却下されたことにラヴは驚いた。
「何故? って思ってんだろ。単純な理由だ。
まず、能力でイベントは起こすつもりは無え。最初のイベントは養殖物より
無添加・無調整の天然ものが良いからだ。
次に、起きる直前までの時間を省略する。これも無しだ。
だって、それがいつか分かんねえじゃねえか。俺、もう高2だぜ? あと一年と十カ月で卒業だ。
ただでさえ少ない学生の時間をさらに減らしたって仕方ねえだろ」
「おおっ、おおおっ」
言葉にならない音を発し、数歩後ずさっていくラヴ。
ユーシャの推察に色んな感情が混ざり合い、思わずおでんに浸けていたおたまを落とす。
「君がっ……君がそんなに後の事を考えられるようになったなんて。
僕はっ、僕はすごく嬉しい。学校に連れてきて、ホンっっっっっトウに良かった!」
「しばくぞ」
本気で泣きじゃくるラヴを前にいつものユーシャなら容赦のない突っ込みをする。
しかし、それを面倒に思うほどユーシャの精神はすり減らされていたのであった。
「分かった! 分かったよ! じゃあ第二案だ! これならスキップを使わなくてもいい」
「なんだ?」
急に瞳をキラキラ輝かせて詰め寄ってきたラヴをユーシャはけだるそうに見上げる。
「イベントが来ないなら、来させればいいんだよ」
「はい?」