デレなんてなかった
シャルロットの部屋の奥まで入った。
少し汗の匂いがするけれどそこまできつくはなく、
妙な言い方だが匂いなのに『甘さ』があるように感じる。
(これが『女』の匂いか。良いな)
とりあえず一度、深呼吸をしてみた。あくまで緊張しているからという名目で。
「しかし、色気がねえなぁ。もっとこうぬいぐるみとか花とか飾ってるものかと思ったが?」
天井まで高さがある本棚にはアルバムと参考書と何かの大会で取ったらしいトロフィが飾られていて
漫画などが一冊も積まれていない。
「私は騎士よ。そんなものにうつつを抜かす暇なんてないわ」
「いや知らねえよ。なんで当たり前みたいに言ってんだ。ほぼ初対面だろ。
(『女騎士』か。属性が一つ増えたな)」
ずっと立っていることに疲れ、ユーシャは床に座ろうとする。
「ん」
「ん?」
床に尻が付きそうなとき、シャルロットが何かを手渡してきた。
「クッション。座るならこれでも敷きなさい」
「え? あ、ああ。悪いな。ありがとよ」
「別に。そのまま座ったら床が汚れるから渡しただけよ。
あんたの事なんてどうでもいいんだから」
(っ!?)
ユーシャは戦慄を感じる。
(これが好意を持ち始めた相手に言う『ツンデレ』固有技。
『あんたなんて大嫌いなんだからね』か!?
なんかよく分からんが好感度が上がったようだな!)
実際はそういうつもりでシャルロットは言ったわけではないのだが、
ユーシャの中ではそう捉え、達成感を覚えていた。
急に雰囲気が明るくなったユーシャにまるで汚物へ向けるような視線を送り、
不愉快そうにシャルロットは言う。
「明日、布団を用意してあげるから今日はその上で寝てなさい。
あと、お風呂は明日の朝入って。片づけるから」
「カギは返してくれねえのか?」
「ああ゛?」
「うぉぉ!?」
およそ女にはできるはずのない、鬼のような形相でにらまれ、
ユーシャはたじろいでしまった。
「ま、まあ……いいよ。ありがとう」
「ならさっさと寝なさい」
「……はい」
まだ午後7時にもなっていないが、ここで強制的にユーシャは今日という日を終わらされるのであった。
(いや、こんなもんだ。ツンデレの最初はだいたいこんな感じ。
うん、間違ってない。この後、イベントがあるから。そこでデレるから。大丈夫!)
一週間後
「――ということになる。はい、黒板消すぞォ。待ってほしい奴は言えよォ?」
「あっ、は――」
「はい消すゥ」
まだ黒板の真ん中しか書き留められていないというのに、
返事を待たずに残り半分が消されていく。
(待てくらい言わせろ!!)
二週間後 中間考査一週間前
「起立! 気を付け! 礼!」
「「「さようなら」」」
「はい、さようなら」
地獄のような学校が終わり、ユーシャはぐったりと体を動かしながら帰ろうとする。
しかし、
「あ、神野くん? まだ宿題提出していないから今日は居残りしなさいって,
古文の鳳先生が言っていました。宿題が終わるまで頑張ってね」
「嘘だろ?」
絶望的な宣告を受け、ユーシャはカバンを地面へ落とした。
三週間後 中間考査
(テストなんてない!! 寝る時間だっ!!)
それから数日、中間考査最終日のことである。
ユーシャは事務室でちゃぶ台の上に突っ伏して愚痴をこぼしていた。
「イベントが……。イベントが……来ねえ……」