女だけの学園なんてなかった
ユーシャは女しかいない学校に行きたいと神に願った。
そのはずなのに、今目の前にいるのは、どこからどう見ても男だ。
「なんで女子校に男がいるんだよ!?」
「いや、君にだけは言われたくないな」
回想みたいにうねうねした金髪を後ろで束ねたつなぎ姿のこの事務員は
寝返りをうち、仰向けになって頬杖をついた。
「それより、何か急用があったんじゃないのかい?」
「あっ、そうだった。トイレ!」
ユーシャは慌てて事務室の奥のトイレに駆け込み、
なんとか人間としての尊厳を保てたのであった。
洗った手についた水をシャツで拭きながら出てくると、
扉の前で事務員は待っていた。
「これで事務室の場所は分かったね。君にはこれから住む場所とか『色々』教えることがあるけれど、
今は四時間目が始まるから早く教室に行ってくれ」
事務員は不適な笑みを崩さずトイレから出てきたユーシャを引っ張り、
強引に背中を押して追い出そうしてきた。
それは良いとして、ユーシャは事務員が『色々』の部分だけ強調して言ったことが気になった。
「なぁ、もしかしてあんた」
「では、また放課後~」
事務員はそう言って事務室の扉を閉じ、鍵の占める音が聞こえた。
午後の授業でもまた精魂を突き果たしたユーシャは
HRが終わった後、ふらふらとした足取りで事務室の扉を開けた。
「おお~来た来た。こっちこっち」
事務室の奥では湯呑を片手に寝転がってテレビを見ていた事務員が
紙切れを持って起き上がった。
「はい。これが今日から生活する場所の地図とそこのカギ。
かなり狭いけど、美少女と同室だし玄関を開けたら確実に生着替えに立ち会える。
今から録画できるものを準備しておくのをお勧めするよ」
「マジで!? チョー嬉しい! というのは少し置いとくとして」
渡された地図と鍵を胸の内ポケットにそっとしまった。
「お前もしかして神と関係ある奴か?」
そう聞くと、事務員はどっしりと胡坐をかく。
「初めまして。僕はラヴ。数体しかいない大天使の中で愛を司っている。
お察しの通り、神様の命を受けてこの学園に派遣されたんだ。よろしく」
「おお、よろしく。ついでに、男の分際でラヴっていう名前が
気に入らないから黙って殺らせろ」
「いきなりそんなこと無茶苦茶だよ。僕は君の支援をするために来たんだ」
その言葉を聞いてユーシャは手に忍ばせたボールペンをそっとポケットに戻した。
(どうせこいつ殺っても新しいのが来るだけだし。
話くらい聞いてやるか)
そしてその後始末してしまおうと考えたユーシャは、
どかりとラヴの正面のソファに座った。
「で? 支援って具体的に何だ。
謎の化け物が学園の超厳重な警備をいきなり破ってきて
どうにかお前が助けにくるが最後は惨たらしく殺された後、
今度は女子生徒を狙って化け物が暴れ始める。
女子が絶体絶命のピンチになったタイミングで俺が登場。
格好よく助けて、攻略完了! っていう筋書きか?
だったら早く呼んできてさっさと死ねよ」
「……僕、そうとう偉い存在なんだけどなぁ。
まぁいいや、僕がすることは君の相談相手と学校行事の裏方だよ。
この後で話すけれど君に渡す能力っていうのは本当にヤバい。
それを知って自分の利益を考えずに君と接することができる人間はいない。
それができるのは神様、もしくはその眷属の僕ら大天使だけだ。
だから、僕が君を一番に考えたアドバイスをしに来たんだよ。
あくまで君が楽しく正しい学園生活を送るために
倫理と秩序に基づいた公平な判断でするけどね」
「なるほど。ところで能力って何のことだ?」
あっけらかんとしたユーシャの質問にラヴは膝から崩れ落ちた。
「あ、あのね。一年前の事とはいえ、自分の願いくらい覚えててよ。
チート能力が欲しいって言ってたじゃないか」
「あ~、そんなこと言ってた気がする」
ユーシャの一番の希望は『女にイチャイチャされたい』だったから、
そっちの事はすっかり忘れていたのだ。
「しっかりしてよ。それがなかったら君なんてただのDQNだからね?」
(ぶち殺すぞ!)
と、思って青筋を立てたがユーシャはじっと耐えて聞き続ける。
「そもそも化け物が来たとき、どうやって倒すんだよ」
「え? んなもん、殺陣役みたいに向こうが死んでくれるんじゃねえの?」
「主人公に倒されるためだけに生まれた家畜のような生き物を作るほど
堕ちてないよ。話を戻すけれど、相談相手っていうのはそういうこと。
学校行事の裏方っていうのは平たく言うと、君が女の子と仲良くなれるようなイベントを
企画したり設営の手伝いをしたり色々するということ」
「よし。じゃあ、明日は海開きで、あさってはクリスマスパーティーだ」
「わぁ盆と正月がいっぺんに来たみたいだぁ、ってできるかっ!
僕がするのは学・校・行・事! 学業に支障が出たら元も子もないよ」
「え? 学業ってそんなに大事?」
「君は学校という単語を辞書で引くといいよ。まぁ、それでも君を贔屓して
割と多めに開催するつもりだ。君以外の学生たちにも良い思い出になるしね」
キョトンと質問されたラヴは頭を抱えていた。
そんなことも気にせずユーシャは偉そうに聞いた。
「それで結局能力ってのはなんなんだよ。早く寄こせ。
さっきの話なんてぶっちゃけどうでもいいし、そっちを先に話せよ」
「先に渡したら、絶対聞かなかったから後にしたのに」
「なんか言ったか?」
「いいや。主人公っぽいねって言っただけ」
「言っとくが聞こえてたからな? 難聴スキル無えから」
「やっぱり主人公っぽくないね」
ラヴは壁に吊っていた白衣をつなぎの上に重ねて袖を通した。
「手を出して」
さっきまで言っていた最強の能力とやらを渡してくれるようだ。
ユーシャは恐る恐る手を伸ばした。
「これこそ、本当の意味で最強の強さだ」
今、伸ばした手がラブの手と重なり最強を手に入れたのだった。