浜辺で沈むあなたに
臨海学校、二日目の午前十時少し前
さざ波を立てる砂浜にルカが膝を抱えていた。
小さい泡を作って引く波と海鳥の声だけが彼女の耳に届き、
ぬるい塩水で足と臀部を濡らす彼女は
この広大な大海原をただの巨大な水たまりとして
帽子の下から目に映しているのだろう。
(”あいつ”にとってはな)
そんな彼女を獣のように狙うユーシャにとっては
命にあふれるこの美しい海を最高の狩場として映っていた、
『狩る』の意味は違うが。
(待て待て? 俺は『勉強のためにやってきたとっても真面目な高校生』。
そう。俺はすごく心優しい男子高校生だ。
で、標的は財布を無くしてがっかりしてるって顔だ。
ここは大丈夫か? とかなぐさめる系の言葉を掛ければ
良いスタートを切れるはずだ)
接触するための段取りを再確認し終えたところで、
それを実行に移した。
「ヨ、YO。元気ニシテルカ? So落チ込ムNaッテ」
「…………はい?」
さて、ここで一つ質問したい。
一度だけ顔を合わせただけで全くつながりも関係も無い異性を相手に
一般人としての社交性を持ち合わせていない彼が
ガチガチに緊張しながらかけた言葉に対して
『何を言っているんだろう』と小首を捻りながら聞き返す彼女は
果たしてまともと言えるのだろうか? 言えますよね。
一日目の夕食の後、
生徒たちで集まり出題された課題について話し合いが行われた。
そこで当初、一番やる気のなかったユーシャが一番に手を挙げた。
「はいはい! 俺、海の水質調査を担当する」
素のユーシャを知るシャルロットは別として、他は目を丸くした。
「すごいやる気ですね。本人がそこまでやりたいなら
私は任せてもいいと思いますけど」
と、他もそれに同意し疑いの目を向けていたシャルロットも
「絶対遊びに行きたいだけでしょ。
ちゃんと結果が出せるって約束できるなら」
「ああ! もちろんさ。真面目にやって来るよ
(ンな訳ねえだろ、バーカ!)」
と、すんなりユーシャの意見が通り、今に至るわけだが。
(どうしよ。妙なテンションで声をかけせいで、
妙な言い方になっちまった!
せっかく二人きりで夏の砂浜を独占できるように根回ししたってのに)
作戦以前に日常会話として大きな滑りを作ってからの
スタートを切ってしまった。
真夏の汗が冷や汗に変わり、次の手を考えていたら。
「ぷっ。くくく、あははは」
(おっ?)
キョトンとしていたのは一瞬で、大声挙げて笑い出した。
「あー面白っ。なにソレ、あっははは。おっかし!」
「(なんだかよく分からねえが受けてる)
受けた?、いやっ、スゲー焦った。
やらかしたぁっ、って思ったもん。そっか、滑ってなかったのか」
「いや滑ってました滑ってました。すごく寒かった!」
「寒かったのかよ! え? どっち!?」
「ネタじゃなくて、その後の顔がククク、あははは」
「顔っ!?
(いったいどんな顔をしてたんだ?)」
自分の顔を見れないことは分かっていても
両手で顔を押さえてどんな表情をしてたかを確かめようとした。
それで顔の肉がむにゅむにゅ動くのを見てルカはさらに笑い声をあげた。