イベント発生!
様々なことがあり女子と、
しかも自分の女と二人きりで観覧車に乗るという
遊園地では定番の素晴らしいイベントが生じたわけなのだが、
心は少しも踊らず、全く楽しくない。
(どうしてこうなるかなぁ)
ちょうど対角の位置に座る二人はお互い逆の方向を向いたまま、
一言も口を交わさず、ゴンドラはとうとう半周して
天辺にまで登った。
「あんた、今楽しい?」
「え? あー、何? もしかして嫌味か?
こんな目に合って楽しいわけねえだろが、ボケが」
炎天下の中を立ち続け、特に仲良くなりたいとも思ってない女と一緒に居続ける、
ユーシャにとって楽しいと思えることなど全くの皆無である。
そのことはシャルロットも分かりきっているはずなのに、
敢えて聞いてきたということは何かの嫌がらせかと思い、苛立った。
「そう」
しかし、返答が詰まらなかったのか、もしくは期待外れだったのか素っ気無く答えだった。
これは自覚がなかったのだろうが、その後だだっ広いこの遊園地の景色を見ながら
着いたため息の音はゴンドラ内の空気を吐き出すように場をしぼませた。
(ええ!? なんで俺が悪いこと言った感じになってんの!?
正論じゃん。悪ふざけしすぎたけど、ここまで台無しな感じにしたの大半はあっちじゃねえか)
妙な罪悪感を感じたユーシャはどうにも背中がむずむずして何度も座り直していた。
ときどき横目でシャルロットの顔をうかがってみれば、
気の抜けた風にぼんやりと遠くを見ていて、それがさらに居住まいを悪くさせた。
(めんどくせーなぁ、こいつ)
【《スキップ》発動 →サプライズイベント発生
大勢の客が楽しんでいる場所の地下で
スタッフたちは大急ぎで働いていた。
「A-5ブロック、確認完了」
『B-1から8ブロックまで終了しました』
「これで全部か」
「はい!」
「よし。全員気を抜くなよ」
GDP中に流れるテーマソングがゆっくりボリュームを下げながら止んだとき、
マスコットキャラたちがアナウンスを始めた。
ピピピーピピッ
『お! つながった。よし、こほん。おれっちは――』
ぼーん。がらがらどっちんしゃん。
『まだ名前も言ってないのに』
ぼい~ん
『み~んな~、ロッピーだよ!
暑いね! ロッピー、暑すぎるから森の仲間を呼んだんだ。
恥ずかしがり屋さんですぐ消えちゃうからみんな早く外に出てきてね。じゃねー』
ピューンッ!
定時に流れるこのアナウンスに全員が携帯のカメラを起動する。
軽快なドラムがさざ波を打つようなビートを刻み、
大太鼓が三回鳴った後、
壁が、植物が、服が、それらの一部が膨らみ、
その箇所と同じ色の泡がぽわんと浮かんだ。
GDP中から発生した泡はどこまでも空高くへ舞い上がりながら
太陽を隠すように一点へと集まっていった。
モザイク画のような雲が出来上がり、徐々にその大きさを収束させていくと、
色が混ざり合い、全体が水色の球体へ変わった。
まるで卵のようなそれは震えだし、
次の瞬間、殻を破って巨大なアゲハ蝶が現れた。
虹色に輝く蝶に客たちはカメラを向けて記念写真を撮り始めた。
鱗粉の代わりに放出されるのは淡い色のモンシロチョウであり、
元が水でできているおかげか光の屈折が生じ、虹の円環がそれにいくつも出来上がり、
幻想的な風景を創り出していた。
忘れられない思い出と気化熱による涼しさで客の心は鷲掴みにされるのだった。
】
「うわー。すげー。すげーなぁ、あれ。
ホントどうなってんだ。虹で何個も輪をつくるなんてどうやるんだよ。
裏でものすごい仕掛けがされてんだろうな」
適当に楽しめるイベントを発生させて場を盛り上げようと
能力を使ってみたが、予想以上に大掛かりなものが出てきて内心驚いていた。
「うわー。すげえ」
「あんた」
「なんだよ。ちゃんと外見ろよ? すげえぞ?」
「ホントはあまり楽しんでないでしょ」
じっと見られながら言われたその言葉に
ユーシャはすぐ答えられなかった。
「いや? そんなことはねえよ」
「それは嘘ね。ううん。思ったことを言ってる感じはするけど、満足してる感じじゃない」
してるしてる、と言う前にふと明後日の方を向いて発言を変えた。
「そう見えるか?」
もし自分が攻略しようとしている女が常に上っ面だけの演じたような顔を浮かべているとしたら、
まず間違いなく『切る』。
百歩譲ってそれを許容できるくらい他が良くても、
『笑顔が本物であるか、そうでないか』これだけは外すわけにはいかない。
この問題は今度の攻略活動に深く関わってくるとユーシャは考えた。
だから、ここでどうすればいいかの対策を考えるべきなのだろう。
「見える。何と言うか、あんたの笑顔って、もっと底意地の悪い感じなのよね。
初めて教室に来たときとか、あの娘が来たときとか。
一番最近だと、さっき砂浜で女の人を助けたときとか。
事務員さんがいなかったら絶対に性犯罪をすると思ってたわ」
「(おやぁ? さらっと自白しちゃったな。
リュカを助けたとき、こいつとは結構距離が離れてたはずなのに
見てたってことは俺のことが気になって目で追ってたってことだよな。
よく分からねえうちにこいつの中の俺への好感度が上がってるみてえだなぁ。)
というのは置いといて。
そうか。まぁ、たしかに自覚はあるな、そういう時なら」
事実、シャルロットが挙げた具体例の時は、興奮しきっていた。
底意地の悪い、には文句の一つも言いたくはなるが、
しかし、それを気にしたってどうしようもないことだ。
それが自然と出た自分の感情の表れなのだから手のつけようもない。
それこそ手を付ければ『作り物の笑顔』になってしまう。
新しく浮上した問題に頭を悩ませていると、シャルロットが口を開いた。
「あんたってさ、何をしている時が一番楽しいの?」