香ばしく焼ける匂い
夏、旅行、大人数、そして外。
と来れば、食事の形式はBBQだ。
調査の結果、100%の割合でこの回答が返ってきた。(調査者:ユーシャ、回答者:ユーシャのみ)
網の上で焼いた肉と野菜を紙皿にとって会話を楽しみながら立食する。
本来はあくまで調理法の名前だったものが形式の一種に変わったのは、
やはりこんな風に大勢の人から受け入れられたからなのだろう。
「美味い。確かにうまいが……なぜ肉の代わりにタコなんだ?」
学園から支給される料理は決まって、肉が少ない。
栄養、味、見た目の三拍子はそろっていてもこの点は全く足りていない上に、
改善される見込みもないらしい。
「タコのどこが不満なんだい? 弾力もあって、たんぱく質も充実してて。
脂肪も少ないから低カロリーで色んな意味でおいしい食材じゃないか」
「いや~、そうなのかも知れねえがな? ってかこのタコ滅茶苦茶デケえな。
添え物のサラダに入ってるタコ、表面の赤いとこだけなのに俺の腕より太いぞ」
焼いて良し。生で良しのタコが本日の昼食の主役である。
飽きが来ないように味付けを大きく変えて調理しているが、
主菜、前菜、汁物、と口にする料理の全てに必ずタコが入っている。
ただ、料理に使われたタコの足は全員の分を集めてもたった一本の先でしかないことを
調達してきたラヴ以外、知るものはいなかった。
「まあ、ここの海は山からの栄養がいっぱい流れ込んでるから、
海洋生物もその分大きく育ってくれるんだよ」
(言えない。もしかしたら
『服だけを溶かす粘液でぬるぬるの軟体生物を連れてきて、女どもを襲わせろ!』
とか言われるかもと思って、あらかじめ淫獣を連れて来てたなんて、口が裂けても言えない。
あと、足一本持ってってごめんねベルンバッシュ。あとでこっそりご飯を持ってってあげるから)
『不幸な事故』を防ぐためユーシャの疑問をごまかし、
ラヴは気取られないよう背中を向けて海に放流した飼い蛸に手を合わせた。
「あんた、全然泳がないわね。もしかして金づち?」
鰹節が揺れるアツアツのタコ焼きをほおばって、
シャルロットがツーピースのビキニにタオルを一枚肩に乗せた姿でやってきた。
「るっせえな。泳げねえわけねえだろうが。海は初めてだが、川とかため池には
よく潜ってたんだ。それなりの筒さえありゃ三時間ぐらい水面から顔を出さずにいられるぞ」
「仮にそれが出来たとして、あんたそれをやっててなにか楽しいの?」
小ばかにするシャルロットには知ることのないことだが、
ユーシャはこの方法で屋敷に忍び込んだり、
捕まえに来た騎士たちの追跡から逃げたりしていたのであった。
「あれ? 君、水着姿の女子の前なのに普通に会話が出来てるね?」
「ああ? そりゃそうだろ。こんな胸がペッッッターーンな奴で
興奮できるかっての。
見事な絶壁だから、逆に男になろうとして
整形外科で胸を切り落としてきてたのかもなぁっぢっ」
BBQ用にグリルに刺してあった鉄の箸を背中に押し当てられ、
ユーシャは取り皿も放り投げて火傷した場所を押さえた。
「丸焼きにするわよ?」
「もう焼かれたわっ」
「それよりどうせあんた暇でしょ? ちょっと付き合ってよ」
「は。そりゃ何のイベントですか。てめえとのフラグっていつ立ちましたっけ?
確かに暇だが、てめえのために使う時間はねえよ!」
第三者が近くにいる場所で『付き合って』なんて言葉が愛の告白でないことも、
どうせ買い物の荷物運びのために付き合って、とかそういう意味であることは
なんとなく誰もが分かることだ。
水着の女子を近くから見られなくても、そんな雑用をさせられるくらいなら
このままパラソルの下で体育座りをし続けた方がマシというもの。
「てめえの誘いに乗るほど俺はちょろくねえし、
プライドも捨ててねえよ」
「あっ、そう。じゃあ、あんた抜きで行ってくるわ。
せっかくみんなで近くのテーマパークに行こうと思ってたのに」
「大変失礼いたしました、シャルロット様。
どうぞ私めも連れて行ってもらえないでしょうか」
(チョロい)
舌の根も乾かないうちにプライドという名の紙きれを破り捨て、
ギラギラと輝く太陽で熱した砂浜に額をつけて謝った。
「じゃあ、準備が整ったらすぐに追いかけるから、
先に行って入場ゲートの前で待ってて。
はいコレ、テーマパークまでの地図」
「ははーっ」
面を上げず、見下ろすシャルロットの手から渡される紙を
恭しく両手で受け取った。
彼女がその準備とやらをすませにその場を離れた途端、
「ヤッハー! 臨海学校サイコー!」
ユーシャは平伏した状態から飛び上がって喜んだ。
「カメラ持っていこうカメラ! 現像できる奴がいいかな。
いや、携帯でいいか。
なぁおい、俺が持ってるスマホのカメラの画質って良い方か?」
「ま~、良い方だね。二級品を渡すつもりは――」
「よしじゃあカメラはそれでいこう。
あとは道すがらネットで良いスポットを検索しよう」
♪流して~、着替えて~、用意が出来たらGDP~。
GDPって何の略~
と調子の外れた歌を口ずさむユーシャの背中を無言で見送った。
「よっぽど嬉しいんだな。
初めてのデレが見れたことにも気づいてないよ。あと」
ユーシャが向かった宿泊先の寺とは別の方向へ行ったシャルロットは、と言うと
「久しぶりに遊んだね」
「うむ。全くじゃ」
「ほほほ他のみんなは、どどどどこどこに行ったんでしょうか」
「メール送ったんだけど返事が返ってこないんだよねー」
「【固有検索】をしてみたが、どこにいるか、というより
そんな物は存在しない、という結果が返ってきたぞ」
「【固有検索】、が何かは知らないけど、まぁ大丈夫なんじゃない。
ウチみたいに先生が二人同伴になってるみたいだし」
と体についた塩水を流しながら和気あいあいと話していた。
風呂で! 全裸で! 脱いで!
大事なことなので三回言った。
「ちょろいわー」
寺とは別の脱衣所でピンク色とまではいかないが、
ユーシャなら目玉が飛び出るほどの場所。
敢えて準備が整うという味気ない言葉で
言った理由にはこんな事情があったからで、
ユーシャの下心を見抜いたシャルロットのファインプレイだった。
言葉の裏を読めなかった男は決定的なチャンスを逃したことにも気づかず、
意気揚々とその場から遠ざかっていくのであった。