思っていた数学と同じじゃなかった
「では、授業を始めます。前回、途中で終わったP67の大問54(2)の
答えを――」
切れ長の目にスレンダーな体つき、黒のストッキングが滑らかな曲線美を飾り立てている。
(8点かな。だが、あれはどう見てもサブキャラだ。適当にあしらっておくか)
そんな評価を思っていると、それに気づいた数学女教師に指をさされ
「君はどうして教科書を開かずに授業を聞いているのだ?」
と注意されてしまった。
「あ、はい。すいません」
ユーシャは急いでカバンの中から数学と書かれた教科書を出し、
指定されたページを開いてみた。
「…………先生」
「質問なら挙手してからにしろ。で、なんだ転校生」
「俺、教科書持っていません」
「ん? 何を言っているのだ? 今、君が持っているものが教科書だ」
冗談を言っていると思われたのか、教師は怪訝な顔でそう返し、
クラスの女子たちからはクスクス笑われてしまっている。
だが、言った本人はいたって真面目に質問したつもりだった。
(『数』学なのに、アルファベットの方が多い。
数字のほとんどが小さいしルビみたいな扱いになっている!?)
かすかに残っていた算数の勉強の記憶では1+1=2とか
繰り上がりができれば天才とかだったはずなのにと
ユーシャは未だ見たことのない世界に混乱を抑えられない。
「では、さっきの問題の答えを言ってもらおう。カーラ!」
「はい。X=ax+(b+c)y+Const、Y=-ax+(b-c)y+Constです」
「正解」
(何っ!? 答えが式だと!?)
どうやら世界は何を言っているのか理解できない領域まで到達してしまったようだ。
掛け算すらできないユーシャにとって彼らは宇宙語的なものを話しているとしか思えない。
(まぁ、でもいっか。別に賢くなるために来たわけじゃねえし
休み時間まで寝てお―ー)
「このあたりを今度のテストで出すからしっかり復讐しておけ。
前回同様、六割以下なら一週間の補習だ。
君に言っているのだぞ、ネココ。また一週間監禁されたいか?」
(補修? 監禁? たかだかテストだろ。なんでそんなことされなきゃなんねえんだ)
「どうやらあんたも危ないみたいね? 頭悪そうな見た目だからすぐ分かったわ」
戦々恐々と震えるユーシャにシャルロットは小声で嫌みを言ってきた。
「いや~、ハハハ。ソンナワケナイデショウ」
「でも安心しなさい。あんたなら補修を受けることもないわ」
と、嬉しい情報を教えてくれたようだが。憎たらしいシャルロットの笑顔を見ると、
どうにもその言葉を額面通りに受けてはいけない気がする。
そのとき、後ろに座っていた『お姉さん系女神』がそっと話しかけてきた。
「テストの成績が四割以下だとその時点で退学なの」
「退学っ!?」
「そこっ! うるさいぞ」
思わず大声を出してしまい、教師からまた叱られることになった。
ユーシャは巻き込んでしまったことをハンドサインで謝ると、
向こうも許してくれたみたいで、ひらひらと手を振ってくれた。
「大丈夫、黒板に書いたことを全部ノートに取っておけば
三割はもらえるから」
「それでも一割は自分で取れってことかよ。つーか、おい。
あの教師、黒板の字消すの早すぎねえか」
一番左に書き込んでから三分も経っていないのに、
3メートル離れた右の端までびっちりとアルファベットを埋め、
いま、最初に書いたところを消そうとしていた。
それをクラスの女子たちは必死になって追いかけ、
黒板とノートを交互に見続けていた。
「初めのうちは腱鞘炎起こす人もいるくらいだしねえ」
それを教えてくれるこの『お姉さん系女神』も手は止まる様子を見せず、ページをめぐる手がせわしなく動いていた。
(こんなの。ギャルゲーじゃねえ。鬱ゲーだろ)
学校を女子との会話パートを楽しめる場所だと期待していたユーシャは
一時間目からその夢を打ち砕かれてしまった。