第八説 虚ろなる心、悲しみの戦場
前回のあらすじ
魔力のない俺はハルから受け取り、魔術の修行をした。その受け取り方に問題があるのではないかと思っていたが、二年も経つと慣れてしまった。そして修行を終え、最後の試練に挑む。
レイビには数日の休養が与えられた。これにより回復した彼はべべナーブに最後の試練を始めていいと宣言した。
「ハッキリ言っておきます。本気の私はあの三人より強い。魔王の側近ですから。イーリスの修行の際に私がヘマをするような真似をしましたが……あれは予め打ち合わせをしておりました。貴方様にもやってもらうためにね。確かに光の速さで動くことは出来ませんが、剣術においては私のが上です」
「なるほど。では師匠を倒せば俺も三人より強くなったということだ」
「そう簡単には行きませんよ。私は貴方様の癖、動きを把握している。圧倒的なアドバンテージがあります。対して貴方様は一度も私の強さを見せていない。なので何度も何度も失神するでしょう」
「戯言は良い。さっさと始めよう師匠。俺だってこの数日考えていた。あんたを倒す方法をな」
「……良いでしょう。最近口が過ぎる貴方様にお灸を据えてやりましょう」
二人は外に出た。何もない広大な大地。荒れた地形なので転べば怪我をしかねない。
「念のため三人を連れてきました。私がついうっかり殺さないためにね」
「どういう意味だ」
「こういう……事ですよ‼︎」
奇妙な音を立て、べべナーブは消えた。
「何……」
「気をつけろレイビ! べべナーブは無心状態だ! 容赦無く、お前を殺しにかかるぞ!」
グランは忠告した。だが、もう遅かったのだ。既にべべナーブの拳がレイビの腹を貫いている。
「ガッ……」
「どうしました? もうおしまいですか?」
「クソ……まだだ……」
ズボリと鈍い音が鳴り、抜け出す。出血を止め、再生を行う。
「それだけですか?」
後ろに回り、手刀を放った。それをレイビは見ずに受け止め、背負い投げをする。受け身を取った彼は成る程……と呟いた。
「ちゃんと出来ているな」
グランは感心していた。近接格闘の修行が活きている。
「これはどうでしょう」
剣を抜き取った彼は大量に自分自身を作り出した。そして一斉にレイビに襲いかかる。
「ふん……」
レイビの取った行動はその場から消えることだった。そしてべべナーブの影から出現した。本物にのみ存在する影に。後ろを取ったレイビはニヤリと笑ったが、べべナーブは無表情のままだった。
「それで、私を捉えたつもりですか? 言ったはずです。私は三人よりも強いと。ここまでならイーリスに追いつくことは出来たでしょう。しかし、私は彼女とは違います。どうです? 今の状況の感想は」
「本体を囮にするだと」
すんでのところで彼の攻撃を中断されていた。彼の後ろにもう一つのべべナーブがいた。
「こうなることはわかっていました。わざと、こうやったのです。一度眠ってもらいましょうか」
幻影が心臓の位置を貫き、息の根を一度止める。
「やっちまったか……」
「止めるべきではなかったのですか?」
「いや、レイビなら大丈夫さ。あいつは天地の勇者なのだからな」
「よくわからん根拠だなイーリス。天地の勇者だからって心臓をやられたら死んでしまうぞ」
「焦るなグラン。見ていろ」
瞳孔が開いた状態のレイビは倒れる。
「グランは心配しているでしょうが私は既に無心ではありませんよ。最初の一瞬だけです。なので今やった行為は自覚してやっています」
「じゃあなんで心臓を」
「彼の心臓の位置はそこではありませんよ。核ですから。気を失ったのは心臓を貫かれたと脳が勘違いをして失神したまでです。もっとも、核を破壊しようが再び再生しますがね」
「よくわからんな」
「次目覚めたときに私がレイビ様を殺していないという証拠になります」
「勝手に言ってろ」
「久々にべべナーブの本性を見たが、やっぱお前性格悪いな」
「イーリス、貴女に言われる筋合いはありませんね。一先ずレイビ様を部屋に戻し、回復を待ちます。……私を倒す手段が最後のあれなのだとしたら、とても残念です」
その後レイビは数時間のうちに目を覚ました。三人は安堵し、べべナーブは見下していた。
「全てにおいて師匠が優っている……だからといってそれが俺が諦める理由にはならない。だが、どうすれば師匠を倒せるのか。俺は自信を無くしそうだ……」
レイビの策とは正に最後に取った行動だった。それを破られ、改めてべべナーブの強さがわかる。
「気を落とすなよ。あいつは化物なんだから。もしも天地の勇者という存在がいなかったら、あいつは最強だっただろうな」
イーリスは彼を宥めすかした。
「……というと」
「あいつは魔王様より強いってことだよ。あいつの修行についていたのは魔王様というのは聞いただろ」
「ああ。確かに。となると最後の試練で師匠の相手を取ったのは」
「そう、魔王様。そしてその試練で無心状態となったべべナーブはあと少しのところで魔王様を殺すところだった」
「……父上が」
「確かにあの時の魔王様は覚醒していないとはいえ無惨だった。私ですら畏怖した。とにかく無心のべべナーブは強い。負けて当然なんだ。つっても今回は自覚してやったみたいだしお前は通常以下なんだろうがな」
「……」
彼は考えた。何故そこまで強いべべナーブが父上を恐れているというのだ。俺が魔力がないから無理して魔術を使えばどうなるかわからない。そうなってしまっては父上からの怒りがべべナーブに食らってしまうからだ。それを彼は恐れた。俺にはわからない。そうやって悩んでいるとイーリスが察して答えた。
「ああ……今は魔王様のが強い。あの戦争でお前の母親を失った時、覚醒した魔王様は帝国軍を皆殺しにした。次に狙ったのはデグラストル軍で、べべナーブは無心状態となって必死で止めようとした。だが、魔王様がそれを睨み付けただけで体が動かなくなっていた」
「睨み付けただけで……。ではその時どうやって止めたんだ。師匠で止められないなら誰が」
「……お前だよ。まあ、覚えていないか。当然だな」
「全く覚えていないな。恐らく母上を失ったショックで気を失っている」
「とにかくお前が止めたんだ。グランが魔王様の元へお前を連れて行って、それを見せると魔王様は止まった。話が逸れちまったな」
「いや、良い。そんなことがあったのか」
「ああ。で、べべナーブなんだが、あいつを倒すには単純なる実力で挑むしかない。小細工でやっても無駄だ。奴はそれを超えて来る。だったらもう正面突破しかねえ」
「イーリスの得意分野じゃねえか。それが言いたいだけではないのか?」
「馬鹿言え。私が正面で勝負するようになったのはあの試練からだよ。そして正面で勝負することをお前に叩き込んだ。あとは、お前次第だ。お前は天地の勇者なんだから」
「よくわからないな……天地の勇者だからという理由は」
ナハトが邪神に襲われた時、声が聞こえ、その時にも天地の勇者ならばとあった。天地の勇者は存在しているだけであらゆることができるというのか。と、彼は不思議に思った。
「べべナーブを倒せばわかるさ」
「……わかった。で、次はいつなんだ」
半ば納得出来ない彼ではあったが、一先ず目先のことを考えなければならない。
「べべナーブから通達があるだろ。それまで鍛え直しておけ」
「ああ、そうしておくよ」
べべナーブから次の時間を伝えられた。五日後である。この五日間はひたすら素振りしては休み、の繰り返しだった。
そして五日後である。
「次も私を超えることは出来ないでしょう。今度は常時無心となります」
「わかっている。そうだと思った。だからそのために俺も、俺自身の力で無心となって師匠、あんたを倒す」
「……良いでしょう。では来なさい」
お互いに無心となると常人には理解出来ぬ速さで斬り合った。
「やるじゃねーかレイビ」
「やはり正面が一番だ」
「やっぱり正面って言いたいだけなんじゃ……」
「うるさいぞハル」
予測だとか、考える暇などない。頭の回転よりも先に手が出る。そうやって攻撃を打ち消す。もはや実力差はなかった。故に決着が着かない。ならば先に雑念が入った方が負けだ。
時間とは残酷なものだった。いつまでも続けてくれるわけではなかった。
一度お互いは離れ、次の一撃を決めようとした瞬間、べべナーブは剣を捨て、彼に覆い被さるようになった。そして……彼は無数の黒い矢に射抜かれていた。
「⁉︎」
「まずい、敵襲だ! ハル! 迎撃をしろ! グランはレイビとべべナーブの救出! 私は直接本体に叩き込む‼︎」
「ッ、わかった!」
イーリスは空へ飛び、攻撃の正体に向かった。矢の雨は止まず、それを弾くためにハルは結界を張りながら、グランと共に二人の元へ駆けつけた。そしてグランが二人を抱え、城の陰へと連れて行く。
「ここにいてください。安全ですから」
「俺はイーリスの援護に行く」
グランはその場から離れ、ハルは留まった。
「どうして……」
レイビは聞いた。
「どうして俺を庇ったんですか。どうせ俺は死なないというのに」
「……きっかけが必要なんですよ。勝負を終えるためのきっかけ……ガハッ……」
べべナーブは大きく血を吐き、苦しそうにする。
「質問よりまずは回復を」
「いや、良い……です……私はここで朽ちる身……彼を強くさせるための必要な犠牲」
「何をバカなことを言っているんですか!」
べべナーブは一方的に話していた。言うだけ言って死ぬつもりなのだ。
「レイビ様……貴方様はもう、私を超えました。互角の打ち合い、そして先に邪心が入ったのは私……故に私の負けです」
「そんなことどうでもいいよ……師匠が死ぬ理由が、俺を強くさせるためだというなら死なせない。そんなことをして強くなっても俺は嬉しくなんかない!」
「それでも……貴方様は強くならなくてはならない。何かを守るために強くなるということは、何かを捨てないといけないのです。何も捨てずに守るということは出来ません。捨てるものは私……。私一人が捨てられるだけで貴方様が強くなる。……それは私にとって一番嬉しい事」
「師匠……」
「そして、私は……貴方様を守るために……私の命を捨てました……こういうことなんです……守るということは……これで……修行は……おわ……り……で……す……」
べべナーブは最期に笑い、そして静かに息を引き取った。
「し……しょ……ぉ……」
すぐに彼が死んだということを理解できはなかった。したくなかったし、できたとしても次は納得できない。
自然と嗚咽し、止められない。吐きそうになる。むせ返り、止めどなく涙が零れ、視界はボヤける。
ハルは目を逸らし、また泣いていた。
戦いは終わっていない。二人がまだ戦っている。それを思い出すとこれ以上犠牲を出すわけにはいかないとレイビは立ち上がった。
「ししょう……ここで、みていてください……はる、ここはまかせた」
彼は翼を生やし、飛び、二人の元へ向かった。
「レイビ⁉︎」
「何故ここにきた!」
「さがっていてくれ……」
「まさかべべナーブが……嘘だよな」
「さがっていろ!」
彼の怒号により二人は固まった。まるであの時の魔王と同じ。
「わかった……だが奴は強い。お前一人で倒せるかわからない」
「たおす……いや、ころす……ただころすだけではすまされない」
二人が下がると彼は前進した。そして敵の前に立つ。その敵は五年前の邪神だった。
「おまえか……おまえがししょうを……ゆるさない……ゆるさ、ない。許さない……俺は許さない! 貴様を! 邪神を‼︎」
零の宝玉が発現した。彼の心は無とは真逆の状態だった。宝玉を握り潰し、砕く。すると暗黒の鎧が彼を包み込んだ。それだけではない。本来紫の目は青と赤のオッドアイとなり、かつての二人の勇者を思わせる色だった。
「汝二魂持天地勇者、汝破滅齎闇勇者」
「貴様を滅する……」
大量の黒き槍が出現し、邪神を刺す。邪神は微動だにせず、返しの矢を放つ。だがそれはレイビには届かず、圧倒的な槍の量に弾き飛ばされしまう。
「‼︎」
「五年前の屈辱も含めた俺の憎しみ……怒り、喰らうが良い‼︎」
彼は手をかざすと闇の宝玉が出現した。それを天地の剣に嵌め込むと、黒いオーラが剣を包み込んだ。大きく振り、そのオーラを放つ。邪神は真っ二つとなるが、まだ攻撃は続く。とにかく切り刻み、邪神だったものは塵と化した。
「……」
全てが終わると、彼の体は元に戻り、皆のいるところに戻った。
「倒したのか」
「一瞬でケリをつけた」
「……そうか」
イーリスは彼を抱きしめた。それまで堪えていた涙が流れ出す。百歳を超えているとはいえ実質的にはまだ二十歳なのだ。
「師匠を……弔おう」
「ああ……そうだな……やらねえと……」
悲しみにくれる四人の前に光の勇者が現れた。
「邪神の反応があったため来てみたが何だこれは」
「……お前は」
「対面するのは初めてだったな闇の勇者。俺は光の勇者だ。お前達は一体何をしている」
「お前には何も言う必要はない。戦いに来たのなら相手をしてやる」
「いや、今日は気分が乗らない。いずれお前は俺の手で殺す。今はそうやって泣いていればいい」
「黙れ!」
「もう帰るからそう怒鳴るな」
光の勇者は結局何をしたかったのかがわからなかったが、一つわかることは邪神に反応するということだ。
そして光の勇者は思う。魔族にも悲しみの感情があるということに。
「とんだ邪魔が入ったが……これでようやくだな」
べべナーブを棺に入れ、土葬した。その後一週間何もせず、ただただ彼は部屋で寝ていた。
この事件は魔族の上層部にしか知られていない。他の幹部級の魔族はその事を知らされると皆黙っていた。
一週間が過ぎ、いよいよデグラストルに帰る決意をした彼は皆に別れを告げる。
「見送りありがとう。ちゃんと父上にも報告する」
「ああ。気をつけてな」
「また暇ができたら来てくださいね。べべナーブさんもきっと喜びますから」
「達者でいろよレイビ」
彼は、デグラストルへの道を歩いた。四月十日、桜は散り、新たな芽が出る時期であった。この時レイビは二十歳手前。五月を迎えれば誕生日となる。その二十歳を区切りに、彼は怒涛の物語に巻き込まれて行く。
次回予告
父上に事件のことを話すと、魔界に向かった。ナハトに修行が終わったことを話そうと部屋に向かうとそこに一人の男がいた。お前は一体何者だ。何? 俺の新しい従者だと? そのわりにはやたらとナハトに近付いているな。一体何が目的だ。
次回、DARKNESS LEGEND 第九話 萌動
あーもう、勝手にやっていろよ。俺は知らねえ。