表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/17

第四説 修行、そして修行

前回のあらすじ。

魔界に旅立ったレイビ。その道中に虎に襲われるが、魔王の側近であるベベナーブに助けられる。そのベベナーブこそが彼に付く教官なのだった。レイビは苦行の日々を送ることになる。

 荷物を部屋に置いた後、ベベナーブが待つ訓練場に赴いた。その外で彼は立っていた。


「さて、早速修行に入りましょうか。此方です」


 扉が開き、レイビは中に入った。そしてすぐに異常な事に気付く。


「なんだ……この部屋は……」


 壁が黒、茶色、紫と、グロテスクな模様しており、見るだけで嫌な気分にさせる。部屋には何もない。また異臭がする。


「うぷっ……おぇっ……」


 気分が悪くなってきたレイビをベベナーブは言った。


「ここで五時間、目を開いて座ってもらいます」


「ご、五時間⁉︎」


「ええ、眠ってはいけませんし、話してもいけません。吐いてもいけませんし涙も流すことは禁止します。ああ、瞬き程度でしたらいいですよ」


 目を閉じない事には意味があった。レイビは困惑し、これまでの覚悟が崩壊していく感覚だった。だが、それで負ける彼ではない。


「い、良いでしょう。やってやりますよ」


 レイビは早速中央に行き、座り、フーッと息を吐いた。


「……そんな簡単に行ったら修行とは言えませんがね」


 ものの見事にレイビは十分もせずに吐いた。目を開けることで周りの壁がウネウネと動き出すかのように見え、精神を追い込んでくる。


「ま、こうなるのは想定範囲内です」


「くっ……壁に惑わされてしまった……もう一回お願いします!」


 彼の目は死んではいなかった。ベベナーブは頷く。


 俺はできる。いける。さっきはやられたが、もう慣れた。五時間くらい耐えてみせる。彼は眉間に皺を寄せ、自己暗示を掛けていた。


 そう上手くはいかなかった。一時間経つと、フッと彼は床に伏せた。気絶したのだ。雑念が入り過ぎた為、他の情報を遮断してしまった。無意識のうちに鼻息が荒くなり、異臭を大量に吸い込んでしまった。それに気付かなかったので、吸い込んだ結果倒れたのだ。脳がやられている。




 彼は元の部屋に運び込まれ、七時間経ったのちに目を覚ました。


「起きましたか」


「あれ……俺、座ってたはずなんだが」


 彼は夢の中でもずっと修行していたのだ。しかし、所詮夢は夢。


「貴方様は倒れたのですよ。無駄な思考のせいで」


「……そう、ですか」


 レイビはたかだかただ座っているだけで終わる事に、一時間しか耐えられないという事に対し、悔しかった。


「俺、向いてないんですかね」


 彼は俯き、口を歪ませる。


「向き不向きなどと考えているうちは絶対に耐えられませんよ。それは無駄な思考です。一切の思考を排除しなければ。無になるのです」


「無になる?」


「ええ。ですが、無に至るは自然となるものです。思考を排除するということは、思考を排除する思考を捨てなければならないのです。例えば、寝る時、眠たい、けれど眠れない。そういう時はありませんか? それは無駄に考えてしまっているからです。早く寝たいという思いが強くなってしまい、余計に眠れなくなる。それと同じです。これを目を開けた状態で至ってもらいます。この修行の目的は戦いにおける冷静さです。どういう状況であれ、心を無にして臨まなければならない。あの部屋は、理由があってあの設計なのです。壁は無限の敵を表し、臭いは戦場における毒ガス、硝煙を表す。それに耐える事で戦場を生き延びることができる」


 長々と話すベベナーブに彼は感心した。わざわざ俺の為に真剣に取り組んでくれている。ならば俺も真剣に取り組まなければならない。そう考えた彼は立ち上がった。


「わかりました。今すぐに無に辿り着けるとは思えませんが、雑念は捨てます。この部屋から出たいという考えも捨てます」


 ふぅ、とベベナーブは息を吐く。


「では見せて貰いましょうか」


「ええ。それと、質問はいいでしょうか。ベベナーブ先生……は長いな。師匠と呼んでも」


「構いませんよ。師匠と呼ぶことも、質問も」


「えっと、じゃあ師匠。貴方は休んでいるのですか? ずっと俺のそばにいてくれているけど」


「休んでいますよ。こうやって。……そうですね。折角なので私の昔話でもしましょうか」


「昔話? それと何が関係が」


「まあ聞いてくださいな。これは私が幼少期だった頃、つまり今から三十年くらい前でしょうか。私は魔王様の側近となるべく一族の習わしに従い儀式を行うことになりました。その儀式とは、今貴方様がやっていることです」


 その言葉に彼は目を丸くした。


「私はこれを乗り越え、側近になることができた。ちなみにこの儀式に付いていた私の師匠は魔王様でございます。付きっ切りで見ていてくれました。当時は私もいつ魔王様が休んでいるのかわかりませんでした。今では理解していますがね。とまあ、そんなところです。私が貴方様にずっと付いていて、一見休んでいるようには見えないことに関しては」


 彼は驚いた。父がこんな事をしていたとは、と。また、ベベナーブが想像以上の強者(つわもの)であるということに、


「……師匠は凄いですね。俺は最初の修行すら出来ていない」


「まだ、始まって八時間しか経っていませんし、そういうものですよ。私も、何もいきなり出来たわけではありません。五日はかかりましたから」


「五日……ですか」


 考えているうちにお腹がすいている事に気付く。ベベナーブはそれを察して食事を取るように促した。


「すみません、俺何にも食べてなかったので」


「いや、丁度時間でした。さて、今日の夕食ですが、魔界特産品を用いたお粥です」


「ま、魔界特産品……」


 レイビはグロテスクなものが出てくるだろうと考えていた。が、実物はそうでもなく、白粥に少し葉っぱが付いている程度である。


「想像よりも違って安心しました」


「てっきり異臭や目に悪いものだと思っていましたか? 今の魔界は昔の魔界と違って食べ物は普通ですよ」


「そうなんですか。ではいただきます」


 彼は汁を啜り、米を頬張る。そして葉を口にするとミントのような涼しい味がした。


「それが特産品のエナジーチャージです。成分の足りない部分を補ってくれます。例えば、ビタミンだけでなくタンパク質が足りなくてもそれがタンパク質となります。言い換えれば万能薬ですね。今、どんな味がしました?」


「ミントみたいな感じです」


「では、疲労回復ですね。食べてから三十分も経てば体は完全な状態となりますよ」


「驚きの連続だ……」


 レイビはその後、全て食べ終えると三十分休憩した。ベベナーブの言った通り、気分は優れ、体も軽くなっていた。


「師匠、修行の続きをしましょう。今なら、俺、出来ると思います」


「ええ、良いですよ。五時間は達成せずとも良い結果が出るでしょう」


 再び部屋に入ると、もう臭いは気にならなかった。口の中は爽やかで、濁ることなく残り続ける。


「いきます」


 深呼吸をし、座り、心を研ぎ澄ませた。何も感じず、何も考えず、ただ座っているだけ。呼吸は整い、その心地良さに乗せて体を預ける。レイビの感情は消えて無くなった。


「……ふむ」


 ベベナーブは感心していた。これならばこの五時間で終わるのではないか。そう考えていた。


 目が虚ろになっているわけではない。心が無になっても彼の体が変わることはない。しっかりと前方を見据えている。


 あっという間に二時間が過ぎた。彼は相変わらずである。ベベナーブもまた彼と同じ事をしていた。


 そして、開始五時間後。予定時刻は過ぎた。


「もう、良いでしょう。さあ戻ってきて下さい。次の修行に移りましょう」


 だが、彼の心は戻ってくることはなかった。ベベナーブは、この事に想定範囲内だったので彼をベベナーブの部屋に連れ、寝かせた。次に起きた時には戻っていると確信したからだ。


「……彼にはこれから辛いことが起きるでしょうね」


 何か含んだ事を彼は言い、丁度正午を迎えたので食事を取る事にした。

次回予告

俺の次の修行は武術だった。担当の名はグラン。師匠ではない。だが、何かがおかしい。本当にこれは修行なのか? 何故殺し合わなきゃいけないんだ。どっちかが先に死ぬまで終わらないって一体何なんだよ! こんなの認めない! 俺は認めてたまるか!

次回、DARKNESS LEGEND 第五説 殺意の深層心理

俺の心は無に還る。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ