第十一説 絶望の雫が満たされた時
前回のあらすじ
娯楽が何たるかを知らなかったレイビは、光の国からやってきたリュテスと出会い、デートをする。そして娯楽を知った彼は、またリュテスと遊びたいと思っていた。しかし、彼女はレイビの命を狙っていた。
リュテスとのデートから約一ヶ月が過ぎた。夏に差し掛かる時期である。この間、レイビは特に何の行動もせず、宮殿で自堕落な生活を送っていた。問題が起きなければ、天地の勇者もただの一般人と変わらない生活だ。
ただ、今日は違った。天気が悪く、豪雨だった。ただの豪雨ならばまだ対策をすれば問題ないし。しかし、異常な程までの落雷の数。これにはどう対応すべきかわからない。殆どのデグラストル人は地底に住んでいるため、落雷の危険性はほぼ皆無だが、地上に住んでいるレイビやナハト、その他の従者は危ない。
レイビは宮殿に住む者皆地底に避難させ、自身はその原因の調査に向かった。
「良いか、この天気が止むまで絶対に出るなよ」
「わかった、気をつけてね」
「任せろ。俺は死ねない」
そう言って彼は宮殿を出たのだ。そして、意図的に襲ってくるように感じる落雷を避けつつ黒い雷雲に向かう。近付けば近付く程、その数は増す。時には天地の剣に水の宝玉をはめ、純水を生み出し、電気を通さなくさせる。攻撃に転ずることは不可能ではあるが、純水くらいならばレイビも作ることができる。
その純水は周囲に浮かび、まるで結界のように彼を包ませる。これによりほとんどの電気が通らなくなった。
「行ける……!」
雷雲に突っ込んだ彼は雲を押し退け一気に上昇する。突き抜けると、太陽がギラギラと輝いている、はずだった。しかし太陽を見つけることはできず、ただ暗闇にあった。今は夜ではない。では、これは何だ。
「どうなっている」
彼は大急ぎで地球を一周した。これくらいならば造作もない。一時間くらいで一周すると、世界中に異変があるということがわかった。全く変わらない景色なのでどこで一周したのかがわからないと思われるかもしれないが、座標計算が可能な勇者にとって、問題はない。ここは確かにデグラストル上空である。
「この暗闇の正体こそが原因か……」
どうやって探ろうか、そう彼は考える。その考えている間の地上の世界では。
光の国の東は一番大きな大陸だと言われている。この大陸に住む人間は狂気に溢れていた。落雷を浴びた人間は死ぬわけではない。人間の内なる本能を目覚めさせるキッカケに過ぎない。人の本能とは破壊。自然法を意識しなくなった人間は容赦無く他者を殺す。それが複数になるものだから殺し合いになる。殺すだけでは飽き足らず、奪う。逆に落雷に当たらなかった者はその狂気に怯えていた。家は安全ではない。ただひたすら己の体力が尽きるまで逃げるしかない。
他の大陸はどうかというと、聖都は上層部が結界を張り、落雷を防いでいた。光の国も同じようにしている。帝国はそもそも狂気そのものであるため、その狂気を扱える彼らは落雷を浴びようとも影響は受けていない。天界は雲の上にあるので落雷の影響はないが真っ暗である。魔界はハルが防いでいた。
再び一番大きな大陸の話に戻るが、その真ん中辺りの地域では、必死に逃げる二人の子どもがいた。それを追い掛ける落雷を受け破壊衝動を持った大人数十人。体力の差は歴然で、更に影響により無尽蔵と化している。
「逃げろ逃げろォ‼︎ 追い詰めるというのは気分が良い‼︎ ジワジワと絶望を感じさせ、それを愉しむ‼︎」
一人の子どもが倒れると、もう一人が抱き抱え、震えていた。
「もうおしまいかァ? じゃあ死ね!」
大人は持っていた棒を子どもに振り下ろした。しかし、それが当たることはなかった。
「な、何だァ⁉︎」
力強く跳ね返されると、大人達は動揺する。リミッターが外れた全力全開の状態を打ち返すことができる者は少ない。
「貴様らの闇は深すぎる。所詮は下郎か」
やったのは光の勇者だった。
「何だテメェ⁉︎」
「名乗るまでもない。これから貴様達全員を屠る」
ゆっくり歩くと、大人達は破壊衝動を乗り越え、恐怖に切り替わった。
「な、なんだよ……ふざけんじゃねぇ! あ、足が!」
本人は闘おうと考えているのだろう。だが本能がそれを許さない。
「追い詰めるというのは気分が良いものだな」
「なっ……!」
「もう、おしまいか? つまらない。反撃の一つもないとは」
「お、俺の台詞を真似やがって……!」
「じゃあ、死ね」
一瞬にして、襲い掛かっていた者たちは粉微塵になっていた。
「……大丈夫だったか?」
先程の子ども達に擦り寄るが、手で押し返されてしまう。
「お前達に危害を加えるつもりはないよ。この付近のイかれた連中は始末した。アレになっては二度と元の人間に戻ることはできんからな。お前達もせいぜい雷に当たらないよう気をつけて帰るんだな」
そう言って、光の勇者は消えていった。
レイビは迷っても仕方ない、暗闇に突撃しよう、そうして行動に移す瞬間だった。
世界が揺れた。勿論、地震が起きたことをレイビは知らない。だが、レイビは右頬が疼く事によって気付いた。かつてハルによって口付けされた場所だ。まるで危機が迫っているかのようにそれは疼く。
「まさか……!」
何かを察した彼は、魔界へ真っ先に飛んで行った。
レイビが着く頃には、魔界は既に荒れ果てていた。多数の黒い物体が城に向けて走り続けている。その通った跡は何も残らない。まるでブラックホールのように。
「どうなっている……」
まずは安否確認をしようと、城に近付いた瞬間だった。ベチャッとした音がなる。足元を見ると、それは血で、グランが倒れていた。
「グラン⁉︎」
彼が駆け寄ると、グランは彼の存在に気付き、血を吐きながら話した。
「すまねぇ……守れ……なかった……」
「あの黒いのにやられたのか……!」
「俺は……良いから……早く中にいる奴らを助けて、やって、くれ……」
最後の力を振り絞ったグランは、そのまま息絶えた。
「グラン……おい、グラン⁉︎ うそ、だろ」
心が、息が苦しい。だが、立ち止まる事は許されない。彼の遺言に従い、急いで城に入っていく。
城の中も悲惨だった。血がそこら中に飛び散り、破壊の限りを尽くされていた。
「ふざけるな……」
まずはイーリスのいる元に向かった。するとそこに彼女はいない。
「まさか狙いは父上か」
それがわかった途端、一直線で魔王のいる玉座に向かった。そこに皆がいるはずだ、と。
「急げ……急げ‼︎」
玉座の前の門の前に到達する前、大きな音が聞こえてきた。誰かが戦っている。だが、直ぐに音は消えた。
辿り着くと、多数の兵士が倒れ、その中にハルとイーリスもいた。
「イーリス! ハル!」
彼女達に駆け寄ると、イーリスは既に絶命していた。
「おい……返事をしろよ……返事を、してくれよ……」
揺さぶっても動かない。無理に動かすと、手が千切れた。
「ッ‼︎」
目は見開き、瞳孔も開き、目の前のことから逸らそうとする。
「れい……び……」
ハルの声が聞こえると、正気に戻り、彼女に近付いた。
「良く聞いて……あの黒いのは一般兵じゃ倒せない……あれは、邪神の一部」
「邪神……だと」
「それも途轍もなく大きな邪神……」
「私達が敵うわけがなかった……。だけど、魔王様に近付けさせないためにはこうするしかなかった」
「もっと俺が早く来ていれば……」
「……邪神の本当の狙いは魔王様じゃなかった。貴方よ……私達を葬り去った後、突然消えた。つまり、この状況を貴方に見てもらうことに意味がある」
「ふざけるな……!」
「……もう、時間がないから私の最期の願い、希望を貴方に託します」
「何言ってる……おい、何を、んぐっ⁉︎」
ハルは彼の頭を引き寄せ、接吻した。血の匂いが交じり、気持ち悪くなる。
「ッ……もっと早く言えば良かった。イーリスもきっとそう……でも、これで良い。口移しした意味はわかるよね」
「魔力供給……まさか」
「ええ、私の残っている魔力を全部あげたわ……これで、眠れる……」
「待てよ……待ってくれよ‼︎ 勝手に死ぬんじゃねぇよ‼︎」
「次は……ちゃんと助けに来てね……さよなら、王様」
握っていた手が、力を失ったのを感じた。
「次なんて……ないんだ……また、俺の目の前で喪った……俺は……助けることが……できなかった……救えなかった……」
ゆらりと立ち上がった彼は、目の焦点が合ってなかった。
「次も、また、助けられない……こんなんじゃ……」
彼は自身の弱さを責めた。
「どうせ……誰も……助けられない……救えない……なら」
弱さを責めるだけならそれで良かった。だが。
「……全員殺すまで」
焦点が合った瞬間、彼の体の周りに黒い霧が出てきた。それはたちまち身体を蝕み、鎧となる。全身が包まれると、オッドアイが輝き出す。
俺の中で永遠に生かせてやる。
「ォォォォォッッッ‼︎‼︎‼︎」
大きな咆哮を上げ、魔界から姿を消した。
次回予告
俺はもう嫌なんだ。誰かが俺の目の前で誰かに殺されるのを見るのは。そんなことになるくらいなら俺の手で殺してやる。どうせ救えもしないんだから!!!
暗黒神という殻に閉じこもった彼は、デグラストルを襲い掛かる。その時、帝国軍もまたデグラストルを襲撃する。デグラストル軍は総出、二つの勢力に対抗する。この混沌した戦場に救いはあるのだろうか。
次回、DARKNESS LEGEND 第十二説 繋ぎ止める者