71羽:真の魔素と『敵』
ここは苦しい
ここから早く出たい
周りの世界が憎い
周りの全てが妬ましい
全てを奪い
全てを染める
・・・・・
何かが近づいて来る
また目覚めの時が来た
その悲鳴で我を癒せ
その屍でこの地を埋めよ
☆
森の中を音もなく進む影がある
お互いの距離を等間隔に一定に保ちながら進んでいる
会話もなく手の合図だけで、周りを警戒しながらそのまま進んでいる
恐るべき練度の集団だ
先頭の男が何かに気付き手の合図で全体が止まる
その先には大きな空間があった
むしろ何もなく虚無が広がっているといった方が正解かもしれない
(報告通り普通の『魔素』とは明らかに違う)
周囲にいる魔獣の数も格段に多い
だがこの程度なら今回の本隊の戦力で何とかなりそうだ
周辺の地形と状況を記憶し早速本隊に合流しなければ
男は今回の任務を終え帰還しようとする
ふと後方に目をやると後ろに控えているはずの部下達の気配が無い
部下はいずれも厳しい訓練を積んできた歴戦の隠密衆だ
その直接の戦闘能力はもちろん、何より危機回避と危険察知に優れた者達だ
並の戦士や魔獣相手に気配を悟られことはない
その者達が全員音もなく消されている
その事を理解した瞬間背筋に悪寒が走る
《ネズミかコウモリか、小賢しい者達よ》
突然男の背後から男の声がする
その声は地獄の亡者のような声だ
大森林中から才能が集められた精鋭揃いの大砦
その中でも最高峰の隠密偵察部隊の一つを指揮するのが自分である
正面切っての戦闘なら大隊長クラスの戦士達には引けを取るが、隠密勝負で敵う者は殆どいないだろう
その自分の背後をこうも易々ととるとは
気配すら気付かなかった
その事に絶望の感すらする
(・・・・そういえば、あの『魔獣喰い』。アイツだけは何回、気配を消して近づこうとしても気付かれたな。最初は冗談のつもりだったが、最近では結構本気でやっていたんだがな)
自分の死期が近いのだろうか
これまでの半生が走馬灯のように思い浮かぶ
(いかん!)
諦めかけていた自分自身に気合を入れなおす
相手はその手に持つ武器で自分を殺そうとしていた
(振り向いたら間に合わない!)
男は後ろ向きのまま、自分の左腕でその相手の槍のような武器を受け止める
すかさず男は自分の左腕を切り落とし、間合いをとる
懐から魔の森特製の煙玉を投げ付け、相手の視界を塞ぐ
(この事を何としても姫様に伝えなくては!)
男はがむしゃらに本能のままに走り出していた
☆
魔の森の中を進軍していた
今回の部隊の規模からいって、『軍隊』と言っても過言ではない戦士の数を動員している
『大砦』の戦士団は勿論のこと、『大村』や近隣の砦からも援軍が駆け付け今回の大作戦を進めている
その大部隊も今は少し森が開けた所で停止し、休憩をとっている
その、本陣の更に司令官のいる場所では深刻な雰囲気で報告を受けている
「ならば、偵察部隊は隊長であるお前を残して全滅したのか?」
今回副司令官として同行している女戦士『黒豹の爪』が、偵察から戻って来た片腕の男に尋ねる
片腕を失った以外にも身体中傷だらけだ
何でも崖を飛び下り追手から逃げて、ここまで辿り着いたという
今は精霊神官の特別な薬草と精霊術により止血しているが、この報告が済んだら後方まで移送される
「はい、偵察部隊で例の『魔素』周辺を確認した後に、突如『敵』に襲われ部隊は全滅しました。魔素の場所や周辺配置はそちらの地図に記載したのを確認お願いします」
冷静に報告している偵察部隊隊長だが、その残った腕の握り拳からは部下を全員失った悔しさのあまり血が滲み出ている
その場にいる幹部達に苦しい沈黙が広がる
大砦の偵察隠密部隊は精鋭揃いだ
この隊長『音無き音』は勿論の事、各隊員の背後をとり音もなくその命を消し去ることは、この会議の場にいる大隊長達でも難しいことだ
つまり『敵』は自分たちの背後から襲いかかろうと思えば、いつでも出来る
更に向こうには魔獣だけではなく、やはり『敵』がいる
分かっていた事だが、実際に被害の報告を聞くとその絶望的な状況を認識して暗くなる
「報告ありがとなのね。後はゆっくり休んでちょうだい」
今回の総大将である白猫姫はそう言い、偵察部隊長を下がらせる
「十数年前と同じく『真の魔素』の周りにはやっぱり『敵』がいるようだね。
そいつ等は何人いるか分からないけど、作戦通りワタシ達が直接相手するから、あんた達はいつものように魔獣共の相手をお願いね」
右脇に置いてあった愛用の大戦斧を握り、地面にドンと打ち付け気合入れをして部下に激を入れる白猫姫
その様子を見て、側近の大隊長達も自分たちの武器を握りしめ答える
「別の偵察部隊をまた先行させて本陣も出発するよ。今度は深追いさせないでよね。それじゃあ、行くよ!」
その掛け声で休憩も終わり出発する
☆
会議も終わり進軍する本隊
その中でオレも自分の小隊を率いて進んでいた
今回の持ち場は白猫姫様のいる本陣の更に後方
最後尾だ
魔獣と接する最前線ではないが、もしかしたら一番危険な場所かもしれない
何しろ『敵』は総大将である白姫ちゃんを、直接狙って後方から侵入してくるかもしれないという事だ
オレは森の中を進軍しながら周りを見る
オレの部隊には浄化を担当する精霊神官達や軍師のセリナちゃん、その護衛戦士団と弓戦士が陣形を組みながら注意深く進んでいる
みな今回の作戦の重要性や危険性を知っているので、その顔つきは険しい
ただ一人状況を確認出来ていない男がいた
そんなオレは隣を進む軍師『知恵の実』セリナちゃんに、恐る恐る小声で聞いてみる
「そういえば、確認したいのですが、『真の魔素』って何でしたっけ?十数年前にも現れたと言っているけど・・・しかも魔獣以外にも『敵』がいるんですか?」
聞くは一時の恥 知らぬは一生の恥
今更だが勇気を出して聞く
「な、なんだ!やっぱりちゃんと聞いてなかったんだな!?
ある意味お前は凄い男なのだ
『真の魔素』はこの魔の森に不規則な周期的に現れる大きな魔素の塊なのだよ。
今回のように十数年の周期で現れる時もあれば、100年間現れない時もあるという
魔素と言っても見た目や性質は大きく違い、未だに謎の魔素とされているのだ。
これまでの情報なら真の魔素の周りには、普通の数倍の魔獣達が巣食い徘徊しているという。
前回現れた十数年前の時はその発見が遅れたせいもあり、この森の部族にも甚大な被害が出たというのだ
何でも当時の『大砦』の戦士の約半分が戦死したというから、その危険性は相当なのだ」
下界生まれだがこの魔の森について相当研究しているのだろう
セリナちゃんがオレにでも解かりやすく説明してくれた
(そんな大規模な魔素が現れたんだ。しかも前回は半分が戦死だなんて・・・この屈強な森の民がそんなにコロコロ死ぬなんて余程の危険性なんだ)
オレはその説明を聞き少し青くなる
「でも、今回は大丈夫なのだ。
何しろこの十数年前で獅子王様の元、軍備は増強され対魔獣用の武器や防具なども強化されている
前回まではなかった精霊神官達を今回は同行させ、一時的にであるけど戦士達に対する加護も強くなるからね。
あとなんと言っても、極め付けは今回は私が軍師としてついているから完璧なのだ」
と不安なオレを見て、セリナちゃんは安心させる為に自分の小さな胸を叩き元気づけてくれる
(元気づけてもらって有難いな・・・年下の女の子にこんなに気を遣わせて、オレもしっかりしなきゃ)
オレは自分で気持ちを切り替えて、顔を上げる
「そういえば、『敵』って・・・」
オレは最後の疑問を問いかけようとした
「それについては、お前なら対峙すれば分かるのだ。・・・・どうやら前線は魔獣と遭遇したらしいのだ」
前線の方から喧騒が聞こえてきた
・・・・いよいよ戦いが始まったのだ




