69羽:【『桃姫』マデレーン王女】
小さい頃から本当に息苦しい毎日だった
物心ついた幼い頃から、習い事や勉強を朝から夕方まで繰り返す
また城で行事がある時は王族の一人としてそれに参加
笑みを浮かべ手を振る
「なんて可愛らしいお姫様ですこと」
と大人の貴族の前ではお人形の様に大人しくしていなくてはならなかった
部屋に帰っても周りには教育係りのばあやや大人侍女しかいなくて、いつも遊び相手は部屋にある人形だけだった
年月が経ち私が子供から少女へ成長していっても、その生活はあまり変わらなかった
舞踏会や晩餐会では重いドレスを着て、いつも笑みを絶やさず、時には国内外の有力な貴族の御曹司とダンスを踊ったり、話をしなくてはいけなかった
みんな自分たちの領地や国の格式がどうだの、親の偉大さがどうなの、つまらない自慢話ばかりだった
それでも、王女として育てられた私はボロを出さないように、彼らの相手を上手にしていた
教育係りの話では、私も将来どこかの貴族か他国の王族の顔も知らない跡取り息子の所にお嫁に行かなくはならないという事だった
それが王家に生まれた女の宿命
でもそんなの嫌!
私だって、片想いや恋愛もしたいし、好きな人に文を書いたり、デートなんかもしてみたかった
そして、何よりこの息苦しい生活から抜け出して世界中を旅して回りたかったの
小さい頃から時々、城を訪れる楽師や吟遊詩人の歌う冒険者や英雄譚
それを聞くだけで心が躍りわくわくする
大陸中を旅し秘境や魔境に潜入して、莫大な秘宝を手にいれた冒険者の話や
奴隷から剣ひとつで仲間達と立ち上がり、祖国を取り戻した建国王の話など、本当にあったというから信じられない冒険談だ
そういう話の中には必ず女騎士や女剣士、身分を隠して旅する姫など女性の冒険談もかかせない
世界の中に旅に出ているお姫さんもいる
『いつかは私も冒険に出てみたい』
それは、物心ついた頃からの私のささやかな夢だった
しかし、伝統と歴史ある王国の王女として生まれた私には、目の前の城下町にさえ気軽に出かけることも出来ない毎日だった
でも、時たま馬車で街中を密かに回る時は、街の人々の活気ある暮らしや、他愛のない笑顔を見ているだけでも楽しみだった
そんな中の私の一番の楽しみは、自衛の護身術の訓練の時間だった
王国といえども今は戦争も有り得るこの時代
女性といえども王家に生まれたからに有事には剣を取り、弓を引く鍛錬も必要とされた
もちろん女性ならそれも最低限なものなのだが、私みたいに必死で打ち込む姫君はそうはいないだろう
私は口うるさい女官に気付かれないように、手の豆を潰しながら必死で素振りや打ち込みの練習に励んでいた
ドレスを着替えて毎日毎日練習した
こう見えて剣の筋はいいみたい
護身術の稽古をしてくれる、最近近衛騎士に入ったばかりのヘルマンにいつも褒められていた
ヘルマンは模擬稽古の時はいつも手加減していたのは分かっていたけど、いつかは彼から1本取るのが目標だった
そういえば、ヘルマン貴族の生まれよく見ると結構男前で、剣の腕も立つ
こういう人が将来の私の旦那さんになればいいなと思っていた時もあった
でも、ヘルマンは厳格な騎士として絶対に私の心を近づかせないようにしていた
真面目すぎる男もつまらないものね
そんな毎日を暮していた私だったけど、いつの間にかお嫁に行ってもいいような年齢になっていた
この頃になると舞踏会や晩餐会で、私に近づこうとする貴族の息子たちは大分減っていた
最近の私はワザとワガママでおてんばを振りかざし、あまり評判のいいお姫様ではなくなっていた
そうすれば、嫌な相手の所に嫁に行かなくてもいいし、無駄な自慢話に疲れる事もない
でも、そんなある日お父様に呼ばれ宣告された
もう少しで私は異国の皇太子の所にお嫁に行かなくてはならない、と
各国との緊張感が高まり、また国境線で小競り合いなどが続き今
婚姻を持って戦線を縮小し、同盟関係を持って王国を有利な立場にしていかなくてはならないのだ
嫁に行く先はまだ決まっていないが、その内に決まるまで城で大人しくしていろという話だった
・・・・・まるで死刑宣告を受けたような気分だった
まだ一度も会った事のない、しかも異国にお嫁に行くなんて
嫁に行ったら知らない城で一生閉じ込められて暮らすのだと
目の前が真っ暗で希望も何もない日々が始まった
そんなある日、この城に近年稀なる来訪者が来ると聞いたの
なんと魔境で秘境の『大森林の民』が我が王国と友好条約を結ぶ為に、この王都に使者を送って来るという
大森林と言えば、凶暴な獣や魔獣が沢山住んでいて、更にそこに住む原住民は野蛮で、原始的、獣の生肉を食らい、時には人間の肉も食らうという噂だった
私の心はドキドキした
だって、そんな冒険談に出て来るような人たちがこの城にもうすぐ来るのだから
しばらくして、この城に来た彼らは想像通りだった
裸に近い恰好の上に毛皮や動物の羽や角をつけ、牙や爪の装飾品で身を飾る
顔には色とりどり化粧で塗りたくる
絵本に出てくる蛮族の恰好そのままだ
でも、その姿は野蛮ではなくむしろ洗練された野性美も感じさせる姿だった
そして、何と驚くことにその友好団の代表は女剣士でありお姫様だという
遠目で見たけど、スラリとした鍛えられた体に健康的に日焼けした肌
腰には剣を差し、整った美しいその顔の眼光は鋭いけれど、流暢に私たちと同じ言葉を話し、更には簡単な宮廷の作法にも通じて謁見していた
周りの貴族たちと同じように私も驚いたわ
そして、心躍った
彼らと話をしてみたい!
私はそう決意した
友好条約の調印式が終わりその後は祝いの夕食会があった
例の森の民のお姫様には物珍しさの貴族達の挨拶の長打の列
とても私がゆっくり話を出来るような感じではなかった
他の森の男の戦士達も強面で他人を近付けずにいた
(アレも無理ね)
そう思っていたら一人の男が目に入った
歳は私より少し年上かしら
影が薄くて気付かなかったけど、アイツも森の民の使節団の一人だ
服装も戦化粧も地味でどちらかと言えば街の民にも似ている
今は他の人たちの目を盗むように、パーティーの料理に食らいついている
・・・・それにしても凄い喰いっぷりだわ
あっという間に、大皿の肉料理を一人で食べている
私は勇気を出して近づき声をかける
(言葉は通じる?冒険の話を聞かせて)
森の民と言えば、きっと毎日が冒険なんだわ
私はそう思い話しかけた
☆
次の日、なんと私はその大森林の部族の村に、お礼の品を持って行く使節団として行くことになった
表向きは相手の姫様に来てもらったという事への返答で、姫である私が護衛の騎士に守られて行くことになった
ある意味お飾り的なお姫様だ
でも、本当はおてんば姫ワガママばかり言う私に、厳しい現実世界を見せて大人しくしてもらい、異国に嫁に行かせようとする考えだったのだ
・・・・でも、甘いわ
私はそんな事で大人しくもならないし諦めない
大秘境の森の中に行くのも大歓迎よ
すぐさま旅の準備がなされ私たちは出発することになった
恐らく前もってこの返礼の使節団も計画にあったのだろう
それでなければこれ程準備万端にはなってはいない
決められたお飾りの旅
それでも私は嬉しかった
生まれて初めて自分の足で、外の世界を歩き回れるのだから
『まだ着かないのかしら?』
待ち遠しい私は、例の森の民の影の薄い彼を呼んで聞いてみる
相変わらず私に対する口の利き方も知らない男だ
でも、許してあげる
そんな口の利き方でさえ今は新鮮に感じるのだった
こうして私の旅は始まった
☆
道中は新鮮なことばかり
庶民の宿を貸し切りにして泊まることもあったし、進路上の貴族の館にもお邪魔した
山脈や森、大きな川や畑や牧場など絵本でしか見た事の世界がここには普通にある
「姫様にこんなご苦労をお掛けして申し訳ありません」
と従者たちは言うけど、そんな事はなかった
楽しい毎日で永遠に続けばいいと思った
しかも、この旅で友達も出来た
歳は私より少し下かしら
セリーナとその子の名前は言ったわ
なんと彼女はこの世界の人間なのに、今は大森林の中で彼らと暮らしているという
しかも幼い少女なのに、その知識や経験の豊富なことに驚いたわ
今は研究軍師という立場で森の中にいて、この世界や森の秘密の解明に人生の全てを注いでいるという
こんな女の子が一体どんな人生を送ってきたのかしら
その辺は詳しくは話してはくれなかった
でも、彼女の話し方や食事の仕方など生活の様子を見ていたら分かった
彼女はかなりのお嬢様育ちだ
それが、理由は分からないけど家を出て、森の中で冒険の毎日だなんて羨ましい事だった
そんなセリーナも私に対して普通に接してくれていた
あの影の薄い男も私に対して無礼なほど普通に接するけど、彼女は自然とその対応が出来ている
生まれてこのかた、こんな女友達がいなかったから本当に楽しい毎日だった
☆
大森林に近づきここからは徒歩で歩いていくと聞いた
ついに本当の冒険が始まるのね
私が歩かなくてもいいように、輿で担いで行くような話もあったけど全力で拒否したわ
冒険者たる者、自分の足で歩かなくてどうするの!?
思っていた以上に辛い道のりだった
小さい頃から体力はあまりない方だったけど、森歩きがこんなにも辛いなんて・・・・
でも、絶対に足手まといだけにはなりたくない!
死んでも、足がちぎれても自分の足で目的地まで行くの
それは、今まで自分の意志で人生を選べなかった意地だった
そんな私を見かねたのか、それとも自分が行きたかったのか
例の影の薄い彼がこの森の癒しの場所に連れて行ってくれた
・・・・不思議な場所だった
岩場に熱いお湯が地面から湧き出ている場所だった
城のお風呂が森の中にあったのだった
しかも、不思議な匂いと白く濁ったお湯で、入っていると不思議と疲れや歩き過ぎた足の痛みが引いて行く
天国の世界とはこういう世界かもしれないくらい、気持ちいい・・・・
そこでもセリーナと一緒に入っていろいろ話も出来た
そこで衝撃の事実が
あの影が薄い男が、何でもこの森では『特別な男』だという
本人は自覚していないみたいだけど、もしかしたらこの森や世界を救うと言われているらしい
そんな馬鹿な!?
確かに森に入ってからは弓矢で獲物を仕留めたり、いろんな森の幸を探して来たりして頼りにはなる
でもパッと見は普通の男だ
森の民が全員そうなのかと思っていたけど、弓矢に関して彼はどうやら凄腕らしい
でもセリーナが嘘をつく訳もなさそうだし・・・・
なんか、この世界を救う『特別な男』って聞いたら何かよく見えてきた
よく見たら顔も悪くないし、背の結構あって逞しいし
いいかもしれない
何より私に普通の女の子と接してくれる同年代の男なんて、今までいなかったから気に入っちゃった
こんな彼氏も悪くないかもね
でも時たま、私の胸とかお尻とかを見てブツブツ言っているのは不気味ね
年頃の男はそういうのに興味がある、と聞いたことがあるけど本当だったのね
☆
その後も森の中を順調に進む
野営とか自炊とか本当に大変
でも『生きている』って気がする
もうすぐ目的地の大村に着いたら後は王都に帰るだけ
王都に帰ったらいずれは異国にお嫁に行かなくていけない
そう考えたら胸が苦しくなる
でも、私は決めたの!
自分の足で進んで、自分の意志で生きていくって
その先に何があるか分からないけど、自分の意志で決めたのなら後悔はないわ
いざとなったら彼に助けを求めよう
世界を救うのなら私くらいもついでに助けてくれるはず
でも、また私の胸をイヤラシイそうに見ている
・・・・・本当にこんな彼が特別な男なのかしら




