65羽:【剣匠ヴァルター・クロンベルク】
足元に気を失っている女剣士が倒れている
彼らの呼び方を使うなら『女戦士』だろうか
・・・年齢はワシの孫娘と同じ位で身体の線の細い女子だ
しかし、その見た目に騙されてはいけない
ひとたび動き出せば猫科の獣のように俊敏で、その細腕から想像も出来ない剛腕は、この王国の重装騎士団の男共よりも力強い
また、その剣技も武の神様に愛されているとしか言えない程気高く美しい
まだ荒削りで経験不足な部分もあるが、女子で有りながら間違いなく大森林の王であるあの男の血を一番強く引いているだろう
そんな予感が今から感じられる戦士だ
ザブン
この訓練の部屋にある汗拭き用の桶水を、気を失っているその女子にかける
「・・・・ううう・・・・」
かなり強く打ち込んだはずだが、その気付け水で目を覚まし起き上がる
大森林の民は森の精霊の加護により強靭な肉体を持つというが、この女子も例外ではない
昔聞いた話では、基本的には加護の副作用である呪いの力により、大森林の中でしかその力を発揮出来ないという事だった
その加護の力によって『魔獣』という、普通の人間なら到底太刀打ちできない人外の獣を長い歴史の間狩っている
『何故彼らはそんな長い間、ひたすら魔獣を狩っているのか?』
大森林以外の大地に住む我々は気付いていない
森の民が魔獣と戦い、狩り続けなければどうなるか
その森から溢れ出した魔獣は、この大地の人里や街を襲い人を食らい尽くすだろう
そうなったら、各国の騎士団や兵士達も反撃はするだろう
しかし、その強靭な魔獣の肉体から繰り出される、あの鋭い爪や牙の一撃は、騎士の金属鎧を切り裂き
大型の魔獣の突進は分厚い城壁や城門さえも貫通する
また、魔獣の毛皮や皮膚、甲羅は異常に硬い
普通の人間の扱う武器では致命傷を与える事がなかなか出来ず、それを感じた兵士達は恐怖に逃げ惑うだろう
『自分達の武器が通じない』
そうなったら人間の世界など脆いものだ
混乱し内輪揉めをはじめ、自滅して滅びゆく
『人が滅ぶ』
それも自然の摂理かもしれない
しかし、そんな運命にひたすら彼ら森の民は抗うのだ
誰かの為ではない
自分自身の為だろう
その為だけに長い歴史の間、ひたすら戦い続けているのだ
(森の民というのはどうして、皆こうも頑固者が多いのだろうな)
目の前で再び立ち上がり、訓練剣を構える女子を見て剣匠はそう思う
「何をボーっとしているのじゃ。まだ終わりではないぞ」
その女子は剣を正眼に構え強がり笑みを浮かべ言う
「しかし、分からんの。何故そこまで強くなろうとする?このワシは別格として、その位の剣の腕があればこの大陸中でもそうそう負ける事もあるまい」
とワシは目の前の女子の目を見つめ真意を問う
「・・・・今のままでは勝てんのじゃ。兄上には。いや、兄上だった者には・・・」
女子はそう答え、目の奥に強い炎を宿す
「・・・・そうか、そういう事か。それは難儀なことじゃ。
しかし、別にお前さんが殺らなくても、他の誰かに任せておけばいいじゃろうに。
あの放浪剣士の奴や、お前が始めてここでのされた時にいた、あの弓の小僧とかでもいいじゃないか」
ワシはその意志をもう一度確認するように再び問う
「あいつらも、もしかしたら兄上を倒せるかもしれん。しかし、これは身内の喧嘩みたいなもんじゃ。他の奴らには譲れんのう」
その女子の意志は揺るぎない
「・・・・まぁ、そういう事ならしょうがないの。なら、今日から本格的に稽古をつけてやろう。
ワシの稽古はキツイから逃げ出したくなったらいつでもいいぞ」
ワシはそう言い、訓練剣を下段に構える
「そう言ってもらえると有難い。では、森の民、大族長が娘、獅子姫いざ参る!」
そう叫びその女戦士は再び斬りかかってくる
☆
こう意気込んでも、一日でいきなり強くなる訳ではない
また、訓練部屋の床で気を失っている女戦士を見てそう思う
しかし、1戦1戦で確実に成長している
森の民のこれも特性か?
・・・・いや、この女戦士の決意を意志の表れだろう
こうしてこの日の訓練は終わる
明日も大使としても仕事が終わった夕方に、この獅子姫またここに懲りずに来るだろう
『剣匠に一太刀浴びせてから森に帰る』
と生意気な事を言っておったが、ワシもまだまだ若い者には負けられない
自分でも久しぶりに型の稽古を一人でする
こうして、日々剣の鍛錬に明け暮れていると、昔の頃を思い出す
若い頃はワシもこの獅子姫の様に、がむしゃらに戦いに明け暮れていた
剣の強さの先に全てがあると思っていた
大陸中を周り、異国や異民族、噂を聞いて大森林の奥地まで入り込み強い者を求めていた
結局強さの先には何もなかったんだが、こうしてあの男の娘がここにいる事に運命というか因果というか不思議な縁を感じる
そういえば、あの男は今頃どうしてるんじゃろう
(この女戦士を仕上げたら、ワシも最後の旅にでも出ようかの)
こんな、感傷に浸る自分に気付き、剣匠ヴァルター・クロンベルクは苦笑いを浮かべ剣を一人振る




