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7羽:狩人がうける眼差し

 「ふう…何とか帰って来られたか…」  


 オレにとって初めての狩りが終わり、無事に村に戻って来た。


 予定していた時間よりは早い帰還だったので、村での出迎えの女子供たちも驚いていた。

 不測の事態がおきて狩りを中断してきたのか、それとも別の理由があるのかと。


 オレも以前まで迎える側だったので、その気持ちは良く分かる。


 「おお、“森鹿”の群れを仕留めてきたのか」

 「見て、あの牡鹿はかなり肉付きのいいわ」


 最初は怪訝な顔をしていた村人だったが、荷台上に乗っていた大量の獲物を見て歓声を上げる。子供たちは間近でひと目見ようと群がり、女衆は男の狩人たちにねぎらいのの言葉をかける。


 「これでしばらくは美味い肉が食べられるわね」

 「流石は村でも期待の若者衆だ」


 狩組の大人たちは盛大な歓迎を受けていた。どうやら村人たちはこの獣の大部分を、幼いオレが仕留めたとは夢にも思ってはいないようだ。


 (…まあ、いいか)


 オレは村の皆に褒められることを期待していただけに、少しガッカリだ。

 だが新鮮な獣の内臓を腹一杯に食べられたので、今日のオレは寛大だ。


 「さあ、みんなのんびり眺めてないで動きな。小屋に運び込んで夕飯の支度さ」


 女頭おんながしらのいつもの指示で皆が動き出す。

 出迎えも解散、村人総出で仕留めた獲物の解体と保存の処理を行う。相変わらず見事な連携作業だ。


 「さあ、今日は久しぶりの大猟だから宴だな」

 「村長の秘蔵の果実酒を、皆に振る舞うように頼んでおくか…」


 普段は質素な生活をしている分だけ、こういった日は皆の心は浮かれ陽気になる。

 日が暮れはじめ、一日の一番の楽しみである夕食の時間となった。村人たちは続々と村長の屋敷の大広間に集まる。


 この森の部族の食事の時間は、基本的に村で一番大きな“村長の屋敷”に集まり、焚き木を囲みながら全員で食事をとる。


 それ以外でも皆で炊事洗濯をし、お互いの子どもの世話をする。寝る時も長屋の様な部屋で、いくつかの家族が一組となり夜を明かす。

 食料や生活物資も皆の共有物であるという観念であり、村一つが一個の生命体に近い。

 

 「さあ、みんな腹いっぱいお食べ。今日ぐらいはさ」


 女衆が腕を振るった“鹿鍋”が村人に振る舞われる。

 今宵の主肉メインはなんといっても、オレたちの狩組が仕留めてきや“森鹿”だ。

 久しぶりのご馳走に村人たちも皆笑顔がこぼれる。


 年がら年中、“鍋”ばかりを食べているような気がするが、ご馳走はご馳走である。

 昼に食べた生の内臓も美味かったが、香菜・キノコや芋と煮込んでダシが出た鍋もまた格別だ。


 「“お前”はもっと食ってもいいぞ。その資格がある」

 「は、はい…それでは」


 初狩りで成果を出たという事で、今宵はオレもお替わりを許される。だが、他の同年代の子供たちの目もあるので、少し控えめにお替わりだ。いつもより。




・・・・・・・・・



 「ねえねえ、今日の狩りの話をして!」

 「どんなんだったの!?」


 夕食の片付けも終わると、子供たちは狩組の大人たちに群がる。たき火を囲みながらいつもの狩りの武勇伝会が始まるのだ。


 この時間は子供たちにとっては特別な時間だ。

 いや娯楽のないこの村で、女衆や村に残った者たちにとっても最高の楽しみの時間であろう。


 「かの森に深い茂みに潜めし狩人がおった…」


 口が上手い語り部が饒舌に語り出す。

 それに合わせ太鼓や打楽器だがっき、笛などの演奏が自然とはじまる。獣の皮や筒枝などを使った原始的な楽器だがその音色は心地良い。


 「よし、一緒に踊ろう」

 「う、うん…喜んで…」


 今日は酒も入っているので、その音に合わせて踊り出す若者たちもいた。


 見たことも無いような獣を命懸けで倒した話、狩りの途中で秘境と呼ばれる神秘の場所に辿り着いた話。また罠を張り賢い獣の裏をかいて仕留めた話など、村に伝わる英雄譚を交えての語りは心高ぶる。


 この森で優秀な狩人は英雄だ。

 未婚の女性たちはうっとりとした目で彼らの武勇伝を聞く。ここではどんな風貌の男でも狩りが上手ければ女性に好意を持たれる。

 

 「そこでまだ幼きこの者が、果敢にも牡鹿に立ち向かい…」


 いつの間にか語りも佳境へ。いつの間にかオレたちの話になっていた。


 「こんな小さな子供が、あの森鹿を仕留めたなんて…」

 「将来が楽しみじゃの…」

 「まさにアノ男の再来かもしれんな…」


 宴にざわつきの音色が混じる。

 多くは称賛の声である。

 この辺境の村で、数年に一人は狩りの才能がある子供が産まれるらしい。森の精霊に愛され、幼いころか獲物を仕留めるという。


 (まあ…オレの場合は半分まぐれなような気がするけどね…)

 それも合わせて実力なのかもしれないが、地味な自分には身の丈に合わない代物だ。


 「あいつ普段は目立たないのに…」

 「意外と有望株かもしれないわね…」

 「今のうちに手を付けておいた方がいいかしら」


 同年代の女の子たちはオレを羨望せんぼうの眼差しで見てくる。まだ七歳のこの身体だが、こんな熱視線も悪くはない。


 「けっ、生意気な奴め…」

 「まぐれに決まっているさ」

 「明日の訓練でいっちょ遊んでやるか…」


 だが、同時に逆の意味で気になる視線もある。

 同じく同年代の男子も、オレに熱視線を送ってくる。まあ、にらんでいると言っても過言ではないどうろう。これは見なかったことにする。


 「では、皆の衆。明日も朝早い。語りもここまでじゃ」


 村長のジイさんの言葉でもお開きとなる。

 村の朝は早い。今宵も早寝だ。



 オレも長屋にある共同の寝床に戻る。

 (明日の狩りも楽しみだ…どんな獲物を仕留められるのだろう)


 身体を横にして休む。

 だが興奮してなかなか寝付けない。


 (というか、相変わらず固いベッドだよな…というか床だけど…)


 この部族には布団やベッドという概念はない。

 固い木板の上に、毛皮を敷いのが寝床の基本だ。最初は気持ち的に慣れなかったが、今はこれが当たり前だ。慣れとは恐ろしものだ。


 (でも、気持ち的には“ふかふか羽毛布団”が恋しいな…もしかしたら、森の外の世界にはあるのかな…)


 そんなことを夢見ていると、いつの間にか自分のまぶたをも閉じる。

 今宵見るのは、中世風な天蓋てんがいベッドの夢であろうか。



 そう思いながらも、オレが毎晩見るのは“食い物”の夢だった。







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