49・1羽:研究軍師
魔の森で魔素を浄化したオレたちは、“大砦”に帰還した。
「よし、手分けして魔獣の素材を運び込め!」
大隊長《黒豹の爪》の指示のもとに、砦で待っていた戦士たちが動き出す。
倒した魔獣は貴重な素材の宝庫である。倒したその場で毛皮・角爪牙骨、・健・眼球など使える部位に解体して、大砦まで運ぶ。
魔獣特有の硬皮や甲羅は頑丈な革鎧や盾の素材となり、爪牙角や骨も金属と融合させ武具の材料になる。
また素材の一部は“交易”に使う。これは一年前まではなかった革命である。
専門の輸送戦士団が“大砦”から大村を経由して、下界のザクソンの宿場村まで運び込む。
ザクソンは盗賊団に襲われていたあの宿場村だ。“獅子姫隊”が賊を壊滅させ、その後《獅子姫》の提案で大森林の民の直轄地となっていた。
話によると下界では魔獣の素材は貴重品で珍重されるという。それに目をつけた《獅子姫》の提案で、交易商人と取引しているのだ。
大森林の民は金銭に全く興味なく、交換されるのは主にグラニス産の穀物食糧。
ザクソンの宿場村で交換された穀物食料は、大村を経由して大砦や大森林の各地の村に配給される。
この配給制度も以前には無かった制度だ。
これに関しては今度詳しく説明するけど、交易のお蔭で大森林の村々の食糧難がかなり解決されていた。
「それにしても、こんなモノが装飾品とは下界の好みはよく分からないな」
女戦士《黒豹の爪》の言葉のとおり下界では不思議なものが人気らしい。大きな都では魔獣の毛皮や眼球はもちろん、鱗やこう丸などの素材が、装飾品や秘薬として大人気だというのだ。
金持ちの気持ちは分からないけど、好きな物に情熱を捧げる気持ちは分からなくもない。オレも金属鎧とか大好きだからね。
ちなみに魔獣の内臓と血肉のその場に廃棄してくる。魔の瘴気による猛毒があり、毒に耐性がある森の民ですら死に至る。森に還すことに自然と浄化され土に還るのだ。
「おい《魔獣喰い》。この“精霊石”を研究軍師の所へ持っていってくれ」
「えっ……?」
女戦士《黒豹の爪》がこぶし大の宝玉……“精霊石”をひょいと投げてよこす。オレに"いつもの所”に持って行って欲しいのだと。
「軍師さまの所に……了解しました!」
元気よく返事をしてその任を受ける。何故ならオレは密かに楽しみにしていたからだ。
頼まれた“精霊石”を持ってその場に向かう。
◇
大砦の敷地内にある塔の内部にたどり着く。ここにある一室が精霊石”を保管する重要な場所なのだ。
「失礼します」
無意識のうちにノックをするが、室内から返事はない。だが人の気配はあり、返事がないのもいつもの事。挨拶をしながらそっと入室していく。
「《魔獣喰い》です……入りますよ……」
不審者でないことをアピールするために、定期的に声を出しながら部屋に入り進む。無言だと侵入者だと思って勘違いされてしまうから。
(ん? 壁……? 塔?)
部屋の半ばまで進むと、前には無かった巨大な塔みたな壁が立ちふさがっている。でも室内なのにそんな建造物があるはずがない。
(また本が増えているのか……)
前方を塞いでいるのは“本”であった。本棚から溢れた大小様々な本が積み重なり、壁にようになっていたのだ。
触れただけで崩れ落ちそうな危険な詰み本。ここが地震のない地域でよかったと思うえる危険さだ。
(こっちには“はく製”が増えているな……)
本以外にも色々と乱雑に置いてある。見慣れた獣のはく製や毒虫の標本。
更に怪しげな器具や毒々しい液体の入った壺など。嗅いだことのない変な臭いが鼻を刺激する。大丈夫なのかな、これ。
(気をつけて歩かないと……)
本や器具を倒さないように、慎重に部屋の奥に進む。よく見ると人が乱雑な部屋の中に、一人通れるだけの道がある。部屋の中の獣道みたいだ。
(それにしても、ここは“異質”だよな……)
この塔の部屋は異質である。
大森林に転生してから色々な場所に行った。それこそ秘境や魔境と呼ばれるような場所にも。
だが、ここは別の意味で森の民に相いれない空間だった。
何故ならこの部屋はどう見ても“研究室”なのだ。
森の民に本を書き、集める習慣はない。幼い頃からの教育により文字の読み書きたできて、簡単な口伝の写しはある。
でも、ここまで本格的な本棚や研究資材とどこの村にも無かった。最大集落である“大村”にもない。
それほどまでにこの部屋は……いや、この部屋の主は森の民の中でも異質であったのだ。
「《知恵の実》様……失礼します……」
ようやく部屋の奥までたどり着き部屋の主に挨拶をする。階級的には向こうの方が上なので一応は敬語を使う。
でも返事はない。
本人は目の前にいるのだが、何かに集中しすぎてこちらに気が付いてないのだ。
「《知恵の実》様……《魔獣喰い》です。“精霊石”! を持ってきました」
「ん?」
“精霊石”を強調して再度声をかける。それで、ようやくこちらの存在を気づく。毎回のことで慣れてきた。
「なんだ来ていたのか、“魔獣喰い”。ボクは忙しいから後にしてくれ」
「今回の浄化した“精霊石”を持ってきました」
「!!!? 早くそれを先に言え」
部屋の主はオレの手に持っていたこぶし大の“精霊石”を奪い取り、まじまじ観察しはじめる。特製の虫眼鏡みたいなレンズで。
《黒豹の爪》が先ほど言っていたように、この人は研究軍師だ。
この大森林に一人しかいない重役であり、こういった未知の物体の研究や解析をしている。
「ふむふむ……これは凄いのだ。これまでにないタイプの“精霊石”なのだ。でかしたぞ“魔獣喰い”!」
部屋の主はよほど嬉しいのであろう。表情が一気に明るくなる。
喜びもあまりにオレに腕に抱きつき、今回の“精霊石”の希少性を説明しはじめる。難しい単語の羅列だ。
(う、腕に……胸が……)
抱きつかれたオレに腕に柔らかい感触があった。主は無邪気にくっついているので、その小さく膨らみはじめた胸元が当たっているのだ。
「《知恵の実》様……もう少し離れてください……」
「ん? ボクのことは“セリーナちゃん”って呼んでいいんぞ、《魔獣喰い》」
「はあ……そうでしたね……」
この部屋の主は少女であった。
大森林に一人しかいない重役である研究軍師さま。彼女はなんと下界から来た小さな女の子であったのだ。




