6羽:内臓で一人晩餐会
初めて参加した“狩り”が終わった。
まだ興奮で腕がプルプル振るえている。
今は村に帰る道中で、ふと目をやると組み立て式の手引き荷台の上には、息絶えた森鹿をはじめ数匹の獣が横たわっていた。
(ふう、何とか無事に終えて尚且つ成果も出せたな・・・)
結果として本日一番の大物である森鹿はオレが仕留めた。自分は予備の待ち伏せ係だったが子供を守る親森鹿が予想外の動きをして、こちらに向かって来てしまったのだ。
(ま、マズイ・・・こっちに来た)
今回は出番がないだろうと高を括り油断していたオレは少し気が抜けていた。
そして、そこに突如現れた巨大な森鹿。
(逃げるか・・・いや、ここで逃げたら美味い飯にあり付けないな)
事前に教わった様に雄の鹿に標的に選び、更に狙いを定め心の臓がある部分に狙いを付ける。動物園の檻の中にいた現世の鹿の倍以上はあろう野生森鹿が、こちらに荒あらしく全力疾走して来る。
森鹿と目が合う。オレと隣にいた少年の姿を見て、鹿もここが突破しやすい場所と直感したのだろうか。
その太い前脚で蹴られただけで子供であるオレは即死するだろう。そう考えると恐怖でチビりそうになるが弓に集中すると自然とそんな雑念も消えていく。
(美しいな・・・)
荒あらしい森鹿を見てふとそんな事を思ってしまう。生きる為の必死であるその姿は恐ろしくもあり、そして美しくもあった。
(爺ちゃんが言っていたな・・・食べる為に生きるために“命を頂戴する”と)
何故かその事が思い出される。そしてオレは不思議と落ち着いた気持ちで矢を放つことが出来た。それは幼い頃からの厳しい訓練の賜物だったか、ここが異世界だからなのか分からない。
静かな斉射音と共に、自分の放った矢は森鹿の急所である心の臓に深々と突き刺さる。それでも突進は止まらずオレの隠れていた木に激しく激突する。
森鹿はそのまま倒れ込み、口から大量の血の泡をパクパク出し苦しんでいた。
(楽にしてあげなきゃな)
自然とそう思い、オレは腰の手斧に手をかけ森鹿に止めを刺す。
(ん?)
雌と子鹿は絶命したその雄からしばらく離れようとしなかった。オレは弓を構え森に去るように威嚇する。森の民の掟で余程の事がない限りは雌や子の獣は狩っていけないのだ。
(もしかしたら、この雄は自分を犠牲にして家族の鹿を逃がしたのかもしれない・・・)
そんな感傷に耽けっていると、大人たちが雄鹿を眼下に置くオレの側に急ぎ集まって来た。まさかの森鹿の行動で連れてきた子供たちが心配になったのだろう。
だが、大人達は牡鹿の心臓に刺さった子供用の短矢を確認し、それから信じられないような目でオレを見てきた。
(まさか小さな子供が大きな森鹿を一撃で絶命させとは・・・・)
そんな事が表情から読み取れる目つきだった。因みにオレの隣にいた同年代少年は、先ほどの森鹿の恐怖で未だ腰を抜かしてその場に座り込んでいた。
「目を瞑って、がむしゃらに矢を射ったら、偶然当たったんだ」
大人たちの疑念の反応に困ったオレは、七歳児らしい反応をしてその場を誤魔化す。変な事で目立ってしまうと、静かな異世界ライフを満喫するオレの計画に支障が出てしまうのだ。
結局その日のオレの狩果はその森鹿一頭と森鳥二匹、森兎五匹だった。この“狩り組”の成果の半分以上をオレが仕留めたことになる。
同行した大人の狩人達も「よくやったな!」と口では褒めてくれたが、内心は驚いたようだ。なにしろそれを仕留めたのはまだ七歳の子供で今回が初狩りだったのだ。
最初に森鹿を仕留めたのは自分でも偶然だと思うが、その後の鳥や兎は自分でも意識し狙い澄まし射っていた。感覚的なモノなのだが、森の中に隠れる獲物の場所が“なんとなく”分かるような気がしたのだ。
獲物を見つけたら後は訓練で教わった様に、こちらも気配を消し死角から急所を静かに射る。
(狩りって結構簡単なのに、なぜ同行した大人達は手こずるのだろう・・・)
内心そう思うが声にしない。でも初心者運という可能性もあるので、あまり調子に乗らずに狩り後の獣の後処理を教わり実践する。
仕留めた獣はその場で血抜きをして腐りやすい内臓を取り出し、持って来た組み立ての台車に乗せて村に帰る。持って帰れない程の大物は、木に吊るしたり小川に沈めて後ほど村人総出で回収に来るらしい。
足の早い腐りやすい内臓は狩った者達がその場で食べるのが通例だ。オレも今回は初体験でそれを頂く。
どうやらこの森の住人は胃腸も強く、獣の内蔵はほぼ生で食べる。確か生肉はビタミン鉄分などの栄養価も高かったような気がする。
オレも恐る恐る生で内臓を食す。
(う、美味い!最高だ!)
現世では“生肝臓”とかは禁止になっていたので、生内臓を食べたのは久しぶりだったが、捕れたての内臓はクセも無く本当に美味い。
今回は大型の森鹿もいたので内臓だけでもその量も多い。この世界に来て初めて腹いっぱい食べたような気がする。
気付くと他の大人達が残していた内臓まで全部食べてしまった。
(その小さな身体のどこに入ったのだ・・・)
そのオレの食べる量を見て大人達は若干引いている。
「あー美味しかった、育ち盛りは怖いね、これで暫く食べなくても平気だね」
七歳児らしく、無邪気に笑ってその場を何とか誤魔化す。
そんな感じで今日の狩りも終了だ。あまり多く狩り過ぎると生態系を壊し森に獲物がいなくなる。森と共存する為にはあと少し、を我慢するのだ。
そんな訳で先の通りに、台車に獲物を乗せ村へ戻る。
(あの新鮮で美味い内臓が毎回食べられるのなら、この森での狩猟生活も意外といいかもしれない・・・)
それ程までに新鮮な肉に強烈な衝撃をオレは受けていた。
“早く森を出て大きな街に行って勇者や騎士になる”
その夢の実行はもう少し後にしておこう。