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マタギの孫をなめんなよ!【書籍化】  作者: ハーーナ殿下
【下界と大森林】の章

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29羽:騎士の誇り

「お、女の子……女の人……」


 目の前で兜を脱いだ騎士の顔を見直し、《魔獣喰い》ことオレはもう一度そう呟く。


 無骨な金属鎧を着込み、更には女性にしては長身な方だ。

 それで兜を脱いで顔を見るまで性別に全く気づかなかったのだ。


 落ち着いた雰囲気で大人っぽい印象はあるが、年齢はオレより少しだけ上くらいだろう。

 生き残った騎士の中でもひと際若い。


「我らのグラニス伯爵領では、鍛錬さえ積めば女性でも騎士となれます。森の戦士の方よ」


 オレの呟きが聞こえたのだろう。


 女騎士……スザンナと名乗った者は、武装解除した両手で剣を振るう仕草を行う。先ほどの“森狼”との戦闘でも気付いていたが、この者の剣の腕は基本に忠実でかなりの腕前だ。


「まあ、オレたちも《獅子姫》ちゃん……彼女のように女性でも戦士となり、弓矢や剣を扱い狩りを行います」

獅子姫シシリーナ様……それがあの方のお名前なのですね。“ひめ”ということは……」


 《獅子姫ししひめ》という発音が、下界の者には“獅子姫シシリーナ”に聞こえるのだろうか。若干“名”の発音が違う。

 まあ、気にならない程度だが。


「はい、《獅子姫》ちゃんは、この森を総べる大族長の娘でお姫さまなんです。まあ、見ての通りのおてんば姫ですが……」

「この森を総べる……」


「あっ、オレは《魔獣喰い》っていいます……変な“名”ですが。とにかく、そちらで怪我をしている人の応急処置を行いましょう。オレたちも薬草なら持ち歩いているので手伝います」

「“魔獣喰マジウスい”様……素敵なお名前ですね。治療、それは助かります」


 《魔獣喰い》という名前も微妙に違って聞こえるらしい。同じ言語だろうが、若干こちらになまりでもあるのだろう。気にならない程度だけども。


「おい、スザンナ卿!お主は勝手に蛮族……いや、この者たちと交渉などしおって、何を考えているのじゃ」


 先ほどの大柄な騎士が話に割って入ってくる。

 女騎士ちゃんが彼を無視し、オレと交渉を済ませたこと。恐らくはそれでプライドを傷つけられたのだろうか。


 “騎士は小麦ではなく、名誉で生きている”という言葉を聞いたことがある。

 この大男は典型的な騎士のそれなのであろう。


「卿……そこをどいてやるのだ。この者たちの手を借りよう。この亡くなった者たちを一刻も早く埋葬もせねばならぬ」

「で、ですが若……はい、承知いたしました」


 それまで無言でこちらのやり取りを見守っていた少年騎士が、初めて口を開く。若いわりに威厳のある声で大男に命令する。


 やはり少年はこの集団の中での要人なのであろう。頑固そうな大男が、膝をつきその言葉に素直に従う。


(ん?こいつは……なんか、変な感じだな……まっ、いっか)


 その少年を目の前にし、オレは違和感を覚えた。

 この者は何かがおかしい……雑音ノイズが混じっているような。だがその原因が分からない。


 仕方がないので気にしないことにし、オレは治療と埋葬を始めることにした。





・・・・・・・


「よし、終わった」

「…………」

「…………」


 オレと“獅子姫隊”のみんな、そして生き残った騎士たちは黙々と作業を終えた。

 幸か不幸か生き残った者たちの傷跡は小さく、応急処置で済ますことができた。


 それより大変だったのは、亡くなった十数名の騎士と従者の鎧を脱がせ、その遺体を土葬した作業であった。


 彼ら騎士流の簡易土葬という方法があったので、それに習い死者の魂の冥福を祈る。森の民が亡くなった時は、その遺体を森に還すので少し概念が似ていた。


 後は生き残った者が短剣や勲章を持ち帰り、遺族に遺品として渡すのだという。


「…………」

「…………」


 全ての作業を共同で行いながらも、オレ以外はみな無言だ。


 突然の下界からの侵入者の出現に、他の森の戦士たちはひと言も口を開かない。

 遠目に観察しながらも黙々と作業していた。


『下界の者と口をきいたなら、災いがある』


 オレも含め森の民は小さい頃から、怪談話のようにそう教わってきた。

 その災いの者たちが目の前にいるのだ、誰もが無言になるであろう。



 一方で騎士たちも無言だった。

 “人食い蛮族”と恐れていたオレたちを目の前にし、侮蔑と恐怖の感情を殺しながら寡黙に作業していた。


(こ、この沈黙と緊張感は辛いな……誰か助けてくれ)


 本当に沈黙が辛い時間。

 オレだけの孤独時間だ。



「スザンナとやら、その金色こんじきに輝く髪の毛は、何か染料で染めておるのか?」

「い、いえこれは地毛でありまして、特に手入れはしておりません、“獅子姫シシリーナ”様」


「ふむ、では下界の女子たちは、みなお主のように豊かな胸をしておるのか?」

「そ、それは人それぞれでありまして……小さい者も更に大きな者もおります、“獅子姫シシリーナ”様」

「安心した、なるほどじゃ」



 いや……オレ以外にも、もう一人だけ例外がいた。


 好奇心の塊である《獅子姫》ちゃんだ。

 オレたちから少し離れた所で、次々と女騎士ちゃんを質問攻めにしていた。


 “お前たちはどこから来た?齢はいくつじゃ?剣を見せろ”

 などなど、戸惑う女騎士ちゃんにお構いなく、矢継ぎ早の質問だ。


 この《獅子姫》様にかかったら、部族に伝わる恐怖の迷信も、ただの子守唄にしかならなかったのだろう。


「《獅子姫》ちゃん、こっちは終わったよ……これからどうしようか」


 指示された作業が終わったオレは今後の指示を仰ぐために、上官である《獅子姫》ちゃんのところに報告へ行く。


「ん?そうか、ご苦労であった皆の者よ。さて、ではスザンナに問おう」


 《獅子姫》を覆う気配が変わる。


「お主たちは何故これほどまでの危険を犯しながら、この森へ入って来たのじゃ?」


 先ほどまで冗談半分のような質問をして《獅子姫》ちゃんとは別の顔だ。スッと目を細め、相手の真意を見抜こうとする切れ者の顔だ。


「そ、それはですね……“獅子姫シシリーナ”様……」


 ひと息だけ間をおき、女騎士スザンナが口を開こうとする。恐らくは深刻な事態なのであろう。



「待てスザンナ……その先は僕が話そう」

「若さま……レオンハルト様」


 さっきから無言を守っていた少年騎士が、ゆっくりと《獅子姫》に歩み寄る。


「僕たちはこの森のどこかにあると言われている、“霊薬レイシー”を探しに来た。どんな“心の病”も治す薬だと聞いている。それを是が非でも分けて欲しいのだ。頼むこの通りだ!」


 少年騎士……レオンハルトは決意を決めた表情で《獅子姫》ちゃんにそう懇願する。


 そしてことも有ろうか、

 蛮族であるはずの彼女に対して"膝をつき頭を下げる”という、騎士式の最上位の敬意を表したのだった。








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