28-5羽:人食い蛮族 叫ぶ
“金属鎧と騎士”
異世界ファンタジーの物語に憧れる青少年なら、誰もが憧れる言葉であろう。
頭の上から足先まで煌びやかな鋼色に輝き、どんな攻撃にも耐える金属製の鎧。
そして鍛え上げられた身体は、それを軽々と身にまとう。
騎乗では騎上槍を巧みに振り回し、地に降りたなら礼節を重んじ騎士道精神に則り、優雅に日々を暮らす騎士。
現代日本からこの異世界へ転生してきた《魔獣喰い》ことオレも、もちろん好きな……いや大好きすぎる言葉と存在であった。
その二つがなんと同時に、自分の目の前に現れたのだった。
だが、状況はそんな優雅な感じではない。
(くそっ、どう見ても騎士たちが劣勢だ……姿勢を低くして迫ってくる“森狼”相手に、その剣筋じゃ当たるものも当たらないよ……)
その騎士たちは森の凶暴な獣の群れに襲われ、全滅の危機にあった。
彼らは頑丈な金属鎧を身につけているとはいえ、徒歩でこの森の中に侵入して来ていた。
そのためなのだろう、簡易式な鎧だ。頭や胸、手の甲などを覆う部分が対人間様に作られた軽装の金属鎧だった。
(あれじゃ、人が相手なら有効だけど、獣相手じゃ意味がなかったのか……)
どうやらオレの推測通りだった。
彼らの今の相手は、自分の膝下よりも低く狡猾にその牙を向けてくる森狼だ。無防備なアキレス腱や脇腹などを波状攻撃で狙われ、致命傷を負っていた。
立っている者たちは五名。
他の十数名は既に地に倒れ込み、息をしていない。
腹を空かせた狼の中には、その死骸に喰らいつくものもいた。彼らからしたら同胞を冒涜する行為であろう。
だが残っている騎士たちには仲間の遺体を守る体力すら、もはや残ってはいないようだ。
(どうしよう……)
その光景を少し離れて茂みから観察し、オレは苦慮する。
出来れば騎士たちに加勢したい。
だがこの森の部族には厳しい"規律”があった。
決して破ってはいけない言い伝えだ。
“下界の者。平野の民には関わるな”
それはこの森の者なら誰もが幼い頃から、戒めのように各村の長老から教わる。
また大村の訓練所でも厳しく禁じられてきた。
下界の者は時おりこの大森林に迷い込むこともある。
だが彼らと交わることは禁忌であると、この森では教えられてきた。
今の自分は森林戦士団の一員だ。
その戒律を勝手に破ることは許されない。更には自分の上官である《獅子姫》ちゃんも迷惑がかかるだろう。
(よし……このまま見過ごそう。あっ……)
残った五人はかなりの腕利きの騎士なのであろう。健闘はしている。
だがその内の一人はまだ背の低い少年騎士であった。
要人なのかもしれない。
その者を中心に他の四人は円形に陣を組み、剣と盾で狼の群れをけん制している。
だが、防御力が高い分だけ金属鎧は体力の消耗も激しい。その動きはだんだんと鈍くなり、森狼の群れに追い込まれていた。
(くそっ……このままだと全滅。見殺しだ……)
早くなんとかしなければ、彼らは死に絶え森に還る。
オレは無い思考回路を全開にして、打開策を考える。
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『おい、子供。“下界”に興味があるのか、お前?』
『べ、別に興味なんてないよオレは、オッサン』
なぜだろうか……幼いころに《流れる風》オッサンに言われた言葉に脳内に響く。
最近たまにある、“幻聴”だ。
『相変わらずウソが下手なんだよ。まあ、下界の奴らは欲深くて、傲慢で鼻持ちならねぇ奴らばかりだ。近づかないに限る』
『へえ……禁忌なのよく知っているね、オッサンは』
オッサンと一緒に旅をしていた時の、オレの記憶のひとコマだ、これは。
『まあ、オレも若いころはだいぶ無茶をしたからな。とにかく奴らは気に食わないのが多い。だがよ……』
『だが……?』
『だが、面白い奴らも沢山いる。このオレと同等の戦士に、大陸中の知識を頭に詰め込んだ才人……あと金色の髪を持つ絶世の美女もな……』
『えっ、オッサンと同等の強さって……ただの人なのに?』
オレは知っている。
森の英雄と呼ばれる戦士《流れる風》は無類の負けず嫌いだ。その人間離れした英雄が本心から言う“下界戦士”の強さは、恐らくは本物なのだろう。信じられないことだが。
あと美女の基準は微妙だけども。
『ああ、奴らは年がら年中……それこそ寝ている時も、剣の鍛錬の事ばかり考えている奴らもいる。身体能力が足りない分を伝承による“剣術”で補う……あれこそ本物の“剣術馬鹿”なんだろうな』
オッサンは西の空を眺めながら、懐かしそうな顔をする。
どうやら目の細め、自分の昔を思い出しているようだ。こんな感傷に浸るオッサンも珍しい。
『だからよ、お前にだけは言っておく。きっとこの魔獣が巣食う森に挑む下界の奴らが、これからも後を絶たないだろう。そんな奴らを見かけたら、こうして、こう言ってやれ……』
《流れる風》オッサンの言葉が、今となって急に胸に響く。
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茂みに身を隠していてオレは、スッと立ち上がる。
左手に持っていた短弓の張りを確かめ、矢筒の矢の数を確認する。矢の数と森狼の数はちょうど同じ。
一矢もしくじれない。
右手に五本の矢を握り、連続で射る準備を行う。
「よし……いこう。助けに行くんだ」
オレは身を隠していた茂みから飛び出す。
そしてスッと息を吸い込み、カッと目を見開く。
「ゔぉおお!!」
騒がしい雄叫び上げながら、オレは騎士たちを取り囲み森狼の群れへ突撃する。
普段の狩りなら決してしない奇行だ。だが、今は獣たちの注意をからこちらに向ける必要がある。
「いち……に……さん!」
それと当時に狙いをつけ連続で矢を放つ。
走りながらの“駆射”と、連続で矢を射る“連なり射”の併用だ。
命中精度が下がるので、本来なら腕利きの狩人でも併用しない技である。
だが今は一刻を争うのだ。オレは無我夢中で駆け矢を射る。
「よん、五!よし、初弾は全部命中だ……こちらにも何匹か向かって来たか、獣め!」
自分の放った最初の五発は、見事に狼たちの急所に中りその命を奪う。
そして突然の咆哮と共に現れた小賢しい人の命を奪い取ろうと、群れの半数の森狼がこちらに駆けてくる。
「よし、のってくれたか」
それにより騎士たちを取り込んでいた数は半減していた。
あれならば彼らはもう少し時間を稼げるだろう。
「よし、次いくぞ!」
オレは矢筒から次の五本を取り出し、移動しながら構える。
木々と地面の地形を利用しながら、自分も周囲を囲まれないように陣取る。
「六っ……七っ……八っ……九ぅ……十。次!」
次から次へ森狼は湧いて、こちらに襲い掛かってくる。
本来なら森の民も一人で、これほどの数の狼たちを決して相手はしない。
安全を持して罠使い、木々の上から徐々にその数を減らし殲滅していくのだ。
「さあ、どんどん来い!エサはここにいるぞ!」
だが今はその時間が惜しい。
危険を承知ながらも全力を尽く片付け、まだ息のある騎士を助けねばならない。
「十一……十二……十三……十四ぃ、十五。よし、次っ!……ん?……くっ、まずい、騎士たちの防御陣が破れている……くそっ、四人の内の一人が持たなかったのか……」
自分から少し離れた所で奮闘していた騎士だったが、その陣形が大きく崩れてしまっていた。
四方を守っていた内の一人が膝から崩れ、そこに穴が開いてしまったのだ。
恐らくは気力のみで剣を振るっていたのだろう。だが、限界についにきたのだ。
「どうする……くっ、助けにいきたいが……十六、十七!くっ、向こう援護したら、こっちが持たない」
オレはまだ十数匹の森狼に狙われていた。
その動きは素早く、一撃でも牙を喰らったら、オレ自信があっとう間に肉片と変わるだろう。こいつらも決してザコではない。
接近戦で……いや、今の自分の剣の腕では部が悪い。こいつらとて、この獣が闊歩する森の中の生態系で、勝ち抜いてきた獰猛な獣なのだ。
「おい、お前ら。諦めるな。必ず助けに行く。絶対にだぁ!」
森狼を牽制しながら、オレは大声で彼らに叫び伝える。それに気付いたのか何人かは気力を取り戻していた。
《流れる風》オッサンの話では、彼らとの言語は共通していたはずだ。
通じるならば意志が伝わったのだろう。
(くっ、だけども実際問題どうしたもんだ……)
強気な言葉で彼らを鼓舞してやったが、だが現状は厳しい。
自分一人ならここから逃げるなら容易い。
森狼が相手だ。
上の木々に飛び乗りやり過ごしながら移動すればいいのだから。
だが逃げ出すのなら、最初から飛び出していない。全力で彼らを助けるのだ。
「あっ……」
その時だった。
一匹の森狼が向こうの陣形の穴を潜り抜けた。
そして大きく飛び跳ねる。
その中心にいたひ弱な小柄な少年騎士の首筋に、飛びかかったのだ。
他の護衛騎士たちは自分の目の前の森狼たちの相手に必死だ。そちらに反応することはできていない。そしてそこから残った者たちも崩れるだろう。
まさに絶体絶命。彼らは終わりだ。
「ふん!」
だが次の瞬間、その森狼の胴体は、空中で真っ二つに割れる。
自然に割れたのではない、鋭い剣で切り裂かれたのだ。
人が……少女が、野生の森狼よりも素早く飛び込み、斬り込んで来たのだ。
「次じゃ」
少女はやや赤みのかかった長髪を結い上げていた。
そしてその者の手に持たれた剣は、更に周囲にいた狼を次々と両断する。
「《獅子姫》ちゃん!」
オレはその少女の名を叫ぶ。
獣の返り血を一切浴びない程に鋭い剣技と、剣舞のような体捌きの持ち主の戦乙女の名を。
「《魔獣喰い》よ、随分と面白そうなことをしておるな……どれ、我も交ぜるのじゃ」
天賦の剣の才を持つ少女は口元に悪戯な笑みを浮かべ、そう呟くのであった。
・・・・・・・
そこから先は一方的な展開だった。
騎士たちを取り囲む獣たちを、次々と切り裂く《獅子姫》ちゃん。
そしてそれに遅れること少しの間。
呪いの祭祀のような恐ろしい角笛の音ともに、残りの“獅子姫隊”が登場し一方的に森狼たちを殲滅したのだ。
森狼は数が多いとやっかいな獣だ。
だがある程度の人数と弓矢があればなんとかなる獣だ。
半数以上を仕留めると、奴らは遠吠えと共に素早く退いて行った。
「ふう……なんとかなったか……」
オレは周囲を警戒しながらひと息つき、すぐに残った騎士たちに近づく。
絶命している者は無理でも、怪我をしている者なら応急処置で対応できる。
とにかく今は怖気づいている暇はないのだ。
「お、おい、近付くな!」
残った中で一番大柄な騎士が、息を切らせながらオレに剣を向け牽制してくる。
恐らくは自分たちを助けてくれたものの、どう見ても蛮族なオレたちを警戒しているのだろう。何しろ“人食い蛮族”とも、オレたちは噂されているみたいだから。
こちらは弓矢に手斧に剣に完全武装で、人数も多い。
更に今は行軍中のために、自分たちは全身に“戦化粧”を施していた。
自分の戦意を高揚させ、相手を委縮させる効果があると言われている。
ああ、まさにそれの効果がてき面なのだろう。間の悪いことに。
(ああ、こんな時に《流れる風》オッサンが言っていた"アレ”をやるのか……)
恥ずかしいが、ためらってもいられない。
オレはオッサンから伝授されたことを実行する。
「敵意はない……そしてオレたちは"人は食わない”」
オレは小さな声で話しかける。
弓と矢筒を地面に置き、腰に巻いていた革紐を外し、剣の鞘と手斧を投げ捨てる。
そして、上半身の革鎧と服を脱ぎすて、下着である腰布一枚になる。
「オレたちは仲間だ……」
両手を天に向け、こちらに敵意がないことを表す。
「くっ、小賢しい……蛮族め……」
それでも大柄の騎士は、オレに剣を向けてくるのを止めない。
先ほどまで自分たちを苦しめた凶暴な狼たちを、オレたちは瞬時に圧倒したのだ。警戒して当たり前なのだろう。
「待って下さい、卿……彼らに敵意はないと思います……」
「スザンナ……お前……」
その時、オレの目の前にスッと騎士が歩み出てくる。やや小柄で、その声質は先ほどの大柄の騎士と違い高く澄んでいた。
(アレ……この人は……)
その騎士は自分の剣を地に刺し置き、金属鎧の胸当てを外す。
頑丈に着込んだ金属鎧のために、全てを脱ぎ去ることはできない。
だが、オレに習って自分には戦う意志がないことを明らかに表していた。
「助けてくれて礼を言う。私の名は騎士スザンナ。あなたたち森の民を探してここまで来ました……」
その騎士は金属製の兜を脱ぎ、透き通るような声でオレに言葉を返す。
キラキラと滑らかな金色の髪を結い上げ、形の整った目鼻立ち。また唇には軽く赤く紅を差していた。
鎧を外した胸元を見ると、服の上からでもその豊かな形が膨らんでいた。
「お、女の子だったんだ、君は……」
オレの前に名乗り出てきたその騎士は
“女騎士”だった。




