28羽:侵入者
新章に入ります。
いよいよ森の部族が、”時代の波"に巻き込まれていく。
「若さま、レオン様……本当にこの“呪われた森”へ入られるのですか?」
「くどいぞ、スザンナ!母上を……そして我らがグラニス家を救う為に、僕は行かねばならないのだ!」
「はい、御意にです」
実戦用の鎧を身につけた近衛騎士スザンナは、まだ若い主に提案を却下され、最後の覚悟を決める。
一方で主である少年騎士レオンハルトは、まるで自分に言い聞かせるようにブツブツと今回の自分の使命を呟く。
「それにしても不気味な森でございますね、レオン様」
「ああ、まさに“魔の森”だ……」
自領グラニス伯爵領の肥沃な穀倉地帯を抜け、丘を越えたところにその深い森はあった。
今は晴天だというのに目の前の森の中は薄暗く、半刻も歩けば別世界であろう。
前の前の深い森と、手前の平野との境界線は左右に一直線に区切られている。まるで天のイタズラで一直線に区切られている異様な情景ではあるが、実際に目にするとその光景は神秘的であった。
「若様……最初に言いましたが、ワシら猟師が案内できるのは、この森の途中まですぜぇ。そこから先は“凶暴な獣”と“人食い蛮族”どもの住処ですので……」
「ああ、お前たちはそこまで結構だ。賃金もそこで払う。後は我々騎士たちで行く」
案内役に雇われた狩人たちの表情は暗く沈んでいた。
それもそのはず、彼らほどこの森の恐ろしさを知っている者たちは、他にいないのだ。
どんな腕利きでベテラン狩人たちですら、この森へ入っていく命知らずはいない。手つかずの森の恵みが目に見えていても、“絶対に入っていけない”と先祖代々きつく教えられてきているのだ。
ここ平野から見える範囲の森の中までなら、まだ危険性は少ない。
だがそれより先の深層部に入って無事に戻って来た者はいない。
「大丈夫だ、スザンナ……この人数ならどんな獣相手でも引けを取らない、頼むぞ」
「はい、我々は栄光あるグラニス家の騎士団であります。この命に代えて若をお守りします!」
生真面目な騎士スザンナは腰の剣を抜剣し、正眼に立て構え自分の若き主への忠義を表す。
「それは心強い。それに記録によると“人食い蛮族”どもは、我々と同じ人語を話すという。この宝石を対価に交渉すれば、何とかなるであろう……それがダメな時は力づくでも“秘薬”を奪い取る!」
伯爵家の若き嫡男であるレオンハルトは握りこぶしを固め、自分の意思を再度口にする。
「では、皆のもの行くぞ。この森に巣食う蛮族どもの集落へ!」
「はっ!」
呼応するのは騎士と従者を合わせた総勢二十名のほどの武装集団。
“呪われた森”と呼ぶ禁忌の場所“大森林”へ、こうして彼らは甲高い金属音と共に侵入して行ったのである。
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「つ、ついにオレは……オレは“戦士”に昇格した!」
年が明け、一つの月が過ぎた。
《魔獣喰い》ことオレは三年の期間お世話になった宿舎を出て、空に向かって歓喜の声で叫ぶ。
波乱の結末となった“卒業の儀”も無事に終わり、今日からオレは晴れて“戦士団訓練生”から“森林戦士団の戦士”となったのだ。
年末年始の“精霊祭”が終わってからの一か月間は、本当にあっという間だった。
年明けには、自分が班長を務めていた“魔獣喰い狩組”は即解散。
その流れとしてその日から、この森の大族長の娘である《獅子姫》の狩組に、オレと仲間は半ば強引に編入させられた。
最初は自分の名を冠する組が消滅し悲しんだ。
だが編入は悪いことばかりではなかった。むしろ自分たちにとっての好条件が、次々と舞い込んできたのだ。
何といっても《獅子姫》ちゃんは、この大森林を総べる大族長の愛娘。
その姫様のお供となれば戦士としての箔もつき、一族の中でも誉れ高い栄誉なのだ。他の兄弟を出し抜き彼女が女大族長にでもなった日には、そのまま側近まで昇進できるのだ。
だが《獅子姫》ちゃんは気まぐれで、何にでも首を突っ込む性分だ。そのお蔭でこの一ヶ月も、かなり危険な任務を割り当てられた。
これからは危険と名誉の綱渡りな人生になるだろう。
(オレは名誉や誇りよりも、自分の命が大切なんだけど……まあ、いっか)
木々の隙間から見える青い空を見ながら、オレは感慨にふける。
とにかくオレは“戦士”となったのだ。
正確には“蛮族戦士”なのかもしれないのだが、それでも昇格は昇格だ。気にしないでおこう。
次の目標の職業である“騎士”を目指して、これからも万進していこう。えっへへへ。
「おい《魔獣喰い》、何を一人ぶつぶつ言っているのじゃ。出発するぞ」
「へっ……あっ、そうか。さっそく戦士団での初任務か……」
《獅子姫》に声をかけられ、オレは妄想世界から現実へと戻る。
「そうじゃ、十人組“獅子姫隊”の初任務。お主も副官として頼むぞ《魔獣喰い》よ。では行くぞ」
「うん、精いっぱい頑張らせてもらいます……って、待ってよ《獅子姫》ちゃんってば」
昇格の感傷に浸っている間に、他の皆は準備を終わらせ出発していた。副官に任命されたのに慌てて追いかけていくオレ。
戦士団の中でも一番小さな部隊の単位である十人組“獅子姫隊”。
その初任務がいよいよ始まったのだった。
・・・・・・・
「《獅子姫》様、この道を進んだ先に“聖泉”があります」
「うむ、分かった。《魔獣喰い》よ、前の警戒を怠るではないぞ」
「はい!気をつけます」
経験豊富な護衛戦士は、その主である《獅子姫》にこの先の道図を報告する。そしてそこから、隊の先頭を行くオレへと指示を飛ばしてくる。機敏に返事をするオレかっこいい。
この十人組“獅子姫隊”には卒業したてのオレたち若手以外にも、彼女直属の手練れの戦士や狩人も組み込まれていた。
(若手組と大人組が半々といったとことか……)
年齢と経験の見えない垣根はあるが、これはバランスがとれている部隊であろう。ベテラン勢はその経験でアドバイスを伝え、若者たちは勢いで行動する。いい部隊だ。
今回の初任務は“聖泉”という場所に向かうことである。
数日前に大村を出発して、途中で夜営を繰り返しながら森の中を行軍してきた。
目的は《獅子姫》ちゃんの一存で、“聖泉”呼ばれる聖域の視察だった。通称《獅子姫》ちゃんのわがままとも言う。
(森の戦士団は規律に厳格だけども、この“獅子姫隊”は自由の効く“遊撃隊”みたいなもんだな……流石は大族長の愛娘、権力はあるな……)
正式に森林戦士となれば長期休暇を除き、その任期中の行動は制限される。
訓練と要所警護、狩りなどの任務が常時割り当てられ、その身を挺してこの森の民の安全を守る。
だが、この“獅子姫隊”別格だ。
頭である《獅子姫》ちゃんの一存で、かなりの自由な行動が許されているようだ。
大森林での移動の自由が許可されているのは有り難い。
だが自由奔放で興味津々、変な事件に首を突っ込む《獅子姫》ちゃんの性分を考えたら、かなり危険性を伴う部隊ともいえる。
(ん?)
オレは“何か”の気配を感じた。
「おい、《魔獣喰い》」
「は、はい」
突然、オレは声をかけられる。
声がする隣を見ると黒い男が立っていた。
黒装束の上に黒革鎧を着込んだ《獅子姫》ちゃん護衛戦士が、オレと並歩していたのだ
(相変わらず……一体いつのまにいたんだ)
気配を感じてから声が聞こえるまでの時間差が、少ししかなかった。
それはこの男がかなりの隠密技術の持ち主だということを示す。
「私はお前を“仲間”だと認めていない。そして《獅子姫》様に馴れ馴れしくするな」
「は、はい…そうですか…」
男は他の者に聞こえないように、だが凄味のある声でオレに命令する。
「厳格に育てられた姫様は同じ年ごろの友人がいない。お前に目をかけているのも歳が近い。ただそれだけの理由だ。“勘違いするな”」
「は、はあ……」
“勘違いするな”の語尾には、殺気がこもっていた。十四歳相手に怖いんですけど。
「警告したぞ…」
そして、音も無く男は隊列の後方へと消えていく。
過保護なのか、それとも王から命じられた任務なのか。《獅子姫》ちゃんといるといつもこの黒装束のオジサンの視線が痛い。
(まあでも、最近は《獅子姫》ちゃんと仲良くなってきたような気がするし……気にしないでおこう……ん?)
オレはまた“何か”の気配を感じた。
今度はさっきのオジサンのとは違う。
かなり遠くから感じる兆行だ。
(これは……“死の臭い”。それにこの金属音は……まさか!?)
オレはその音の正体にハッと気づく。
「ん?どうした《魔獣喰い》よ、何か現れたのか?」
オレの異変に気付いた《獅子姫》が、周囲を警戒しながら訪ねてくる。
勘の鋭い彼女でも、この異音にまだ気付いていないようだ。
「《獅子姫》ちゃん、このずっと先で“戦いの音”がしている……それに人の死の臭いもする……」
哨戒役であるオレは隊の頭に報告する。
「馬鹿な……そんな戦音など聞こえぬぞ」
「それに臭いなどするはずがない……」
《獅子姫》の周囲にいた大人の戦士たちは周囲を警戒し、だが何も異変がないことを察知し嘲笑する。オレの話を信じていないようだ。
「相変わらず班長の“耳と鼻”はでたらめだな」
「オレ、戦いの準備する」
「ケッケッケ、この“大耳”でも、微かに今ようやく聞こえてきたというのにねぇ。勘弁して欲しいですぜぇ、まったく」
一方で昔からのオレの仲間たちは、オレの言葉を信じ戦闘態勢に入る。だが何となくオレを侮辱しているように聞こえるのは、気のせいだよね。
「これはマズイ。人側の……金属音の方が次々と動かなくなっている……オレ、先に行っているから、皆はついて来てね!」
「おい、待て《魔獣喰い》よ……」
《獅子姫》ちゃんは隊列を離れ、先走るオレを止めようとする。
だが急がないと間に合わないのだ。
その戦いの音は急激に変化していた。
“金属音のする側”が、“獣の咆哮を放つ側”に圧倒されいる感じなのだ。
急がないと人側は全滅してしまうだろう。
(よし……あっちの方だ)
焦るオレは獣道をそれて近道で森の崖を駆け下りる。
後は確認していないが、他の皆も遅れてついて来ているだろう。
《獅子姫》ちゃんたちと少し離れてしまったが、自分の軌跡をワザと残して駆けているので、いずれは追い付くであろう。
とにかく今は時間が惜しい。
・・・・・・・
(いた……あそこだ!)
オレは目的地を目視できるところまで到着した。
習慣的に草木に身を隠しながら、その戦況を確認する。
(“森狼”の大群れが人を襲っているのか……動いているのは残り六人か……いや、今ノド元を食い破られた者は助からない。あと五人か)
遠い視線の先では、森狼の群れと人間たちが戦っていた。
正確には人間が森狼の群れに襲われていると言っても過言ではない。それ程までに一方的だ。
慣れない獣の相手に人側は劣勢だ。
このままでは無駄に動き体力を消耗し、全滅するだろう。
人側は頑丈な鎧を着込んでいたが、足首や首元の隙間を森狼に狙われて追い込まれていた。対獣戦闘に慣れてないようだ。
そして音で予想はしていたが、実際に"ソレ"を目にしてオレは驚愕する。
いや歓喜と言っても過言ではないかもしれない。
(金属鎧……騎士だ。本物の騎士だ……)
そう、森狼に襲われていたのは、
この大森林にはいないはずの“金属鎧”を着込んだ“騎士”の集団だったのだ。




