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【閑話】《魔獣喰い》はん かくせい

「《魔獣喰い》よ、皆と特別な泉へ水浴びに行かぬか?歓迎の儀じゃ」

「う、うん、喜んでお供させていただきます!」


 元“魔獣喰い狩組”班長こと《魔獣喰い》。

 今日から“獅子姫組”のいち構成員であるオレは、一瞬の迷いもなく親分の誘いに即答する。


「ふむ、それではお前の仲間にも声をかけておけ」

「は、はい、喜んで!」


 今日は年末年始の祭り休暇の最終日ということもあり、多くの訓練生たちが出払っていた。それでも中には暇を持て余し居残る者たちもいた。


「オレたちはこれから用事があるから、班長だけ行ってこい」

「オレも行けない」


 オレは仲間でイケメン剣士や牛さんたちは先約があったらしい。それとも自分に人望がないのか。結局オレは誰も掴まえることが出来なかった。


「ふむ……われとお主の二人きりか。まあよい。では泉まで出発じゃ」

「は、はい!」


 《獅子姫》ちゃんの号令で大村を出発する。

 目的地はなんでも小川を上流に少し上った所にある、通称“泉”という場所だ。


「水浴びに出かけるとはいえ、道中は遊びではない。周囲の警戒は怠るのではいぞ、《魔獣喰い》よ」

「う、うん、分かりました……」


 殿しんがりを任されたオレは、先頭を進む《獅子姫》ちゃんに了解の返事をする。

 索敵能力に秀でていた自分を信じてくれての配置である。嬉しいことだ。


 だが、オレの心中はそれどころではない。


(水浴びっていうことはアレだよな……裸の……半裸で水浴びするってことだよね……)


 自分の中で知識を再度確認しつつ、前を進む《獅子姫》ちゃんに気付かれないようにゴクリとツバをのむ。


 前にも言ったかもしれないが、この森の部族の民は露出度が高く開放的だ。


 亜熱帯の気候に属するために、男性などは暑いときには上半身裸状態。

 女性陣も生足やヘソ、二の腕や胸元などを強調するかのような格好で暮らしていた。


 また汗をかきやすい気候のために水浴びも好む。

 普段は各村の近くを流れる小川で、一日に一回は身体を清めており意外と清潔な部族だ。


 そして特筆すべきはその時の格好だ。


 さっきも言ったが、この民は“開放的”だ。


(ま、マジか……女の人の胸とか見えちゃっているんだけど……)


 そう、水浴びは、ほぼ全裸に近い格好でおこなう。


 物心ついた幼い頃。

 その光景を初めて見たとき、オレは興奮というよりも衝撃を受けた。


 何しろ女性は豊満な肉体の持ち主が多いこの部族。

 うら若き村の女性たちが、胸元などをさらけ出しながら、楽しそうに水浴びをしていたのだから。


 更に男女の恥じらいの概念も少なく、男女入り乱れて楽しそうに水とたわむれていた。


(くっ、目のやり場に困る…でも、いい……)


 現代日本で普通の中学生だったオレは、それを直視することは厳しい。

 いつも時間差入水をしながら、遠目でその女の子たちの美光景をチラ見していたものだった。


(まっ、待てよ……泉に水浴びに行くということは……もちろん《獅子姫》ちゃんも、脱ぐんだよな……)


 この森の大族長の娘である《獅子姫》ちゃんであっても、特に王侯貴族な生活をしている訳ではない。他の訓練生たりと同じように食事をして、宿舎に寝泊まりしていた。


 だが、《獅子姫》ちゃんが水浴びをしている姿を誰も見たことはなかった。

 もしかしたら族長一族用の水浴び場が城とかにあるのかもしれない。今向かっている泉も特別な場所だと言っていたし。





「おい、《魔獣喰い》よ、何をほうけておるのじゃ、泉に着いたぞ」

「えっ……もう?早いね」


 近くに寄ってきた《獅子姫》ちゃんの言葉で、オレは妄想世界から帰還した。いつものごとく、意識が飛んでいたのだ。

 その言葉の通りに、オレの目の前には滝水がこぼれ落ちる小さな泉が広がっていた。


「うわ……幻想的な光景だね……ここは」

「ふふふ、ここはわれのお気に入りの場所じゃ。普段は父上を始めとする一族の者しか入る事ができぬ、格式ある泉じゃ。今日はお前の入組を祝っての特別じゃ、ありがたく思え」

「は、はい、光栄に思います!」


 オレは《獅子姫》ちゃんに最敬礼で感謝を伝える。


「ふむ、相変わらずおかしな奴じゃな。われは先に浴びておるので、お主はこの周囲に警鐘けいしょう網の設置が済んだら来るんじゃぞ」

「は、はい!」


 そう言い残し《獅子姫》ちゃんは、木々をかき分け泉の入水場へと進んで行く。


(よし、急ごう。超特急で……いや音速マッハで終わらせてオレも行くんだ!)


 オレは事前の用意してきた“糸罠”の設置を行う。


 これを泉の周囲の要所の設置しておけば、万が一に凶暴な獣が近付いて来た時に即座に対応できる。夜営などの時に普段はつかう。

 周りの全部に設置する必要はない。獣道にだけ気付かれないように取り付けるだけで大丈夫なのだ。


「《魔獣喰い》よ、まだか終わらぬか?雨雲が遠くに見えておる。雨が降る前に来るのじゃぞ」

「は、はい、急いで向かいます、《獅子姫》ちゃん!」


 木々の向こうから《獅子姫》ちゃんの声が飛んできた。

 その水音からして彼女の上半身は間違いなく全裸。下半身は……あっても小さな腰布ていどあろう。

 超鋭敏化されたオレの五感がそう告げる。


(よ、よし、急ぐんだ……光の速さとなれ、オレ!)


 妄想の中の《獅子姫》ちゃんがオレに優しく微笑む。しかも半裸で。運気が、流れが今はオレに流れてきているのかもしれない、


「よし、ここで最後だ!後はオレも水浴びに急行だ!」


 最後の獣道の警戒場所に辿りついたオレは、もはや汗だくだ。

 だがこれからの目に入る眩しい光景に、もはや汗すら気にならない。


「よし、終わったった…………ん?あっ」


 オレは反射的に背負っていた弓と矢を手に持ち変える。身を潜め気配を消す。


 なぜなら自分から少し離れた所に、“悪意ある殺気”を感じたのだ。


(あ、あれは、獣……いや、まて……くそっ!なんてことだ“魔獣”だ……)


 遠目にその漆黒の姿を確認し、オレは心の中で毒づく。


 やや中型の魔獣がゆっくりとこちらに近づいて来るのだ。まだこちらには気付いていない。


(ど、どうしよう……《獅子姫》ちゃんに知らせないと。いや、ここで騒ぎを起こしたら水浴びももちろん中止だ。そうだ、それはまずい……)


 オレは息を殺し、身を隠しながら、その猛禽類の魔獣への風下へと忍び寄る。


(くそっ、どうすれば……そうか!《獅子姫》ちゃんに気付かれないように、この魔獣を追い払おう……仕留める必要はない……そうだ、その後にオレも泉に……《獅子姫》ちゃんの所に行くんだ!!)




 オレは意を決する。


 遠目にいる魔獣の大きさなら、これまでの狩った経験はあった。

 だがその時はイケメン剣士や牛さんを始め、多くの仲間たちとの連携でようやく仕留めたのだ。

 屈強な森の民とはいえ、一対一タイマンで魔獣を仕留めることは大人の戦士でも難しい。


 こちらは完全武装とはいえ、今の自分はたった一人。勝算は少ない。


(だが、だがやるんだ……るしかないんだ……行け、全力を出すんだ《魔獣喰い》。この身に秘められた闘志を開放するんだ、オレ!!)


 頭の中で半裸の《獅子姫》ちゃんが優しく微笑んでくれる。もちろんオレの妄想だ。


 


 そして、その時。


 オレの中で“何か”が弾け、あり得ないほどのパワーが溢れ出した。



 ・・・・




 その後の記憶はあまりない……


 だが、覚えていることは一つだけある。


 自分でも信じられないような力を発揮し、たった一人でオレはその魔獣を瀕死まで追いやり追い返したのだった。





・・・・・・・・・




「い、急ごう……《獅子姫》ちゃんの所まで戻るんだ!」


 小雨が降ってきた。

 オレは森の道を駆け戻る。頭から血が流れているが気にしていられない。

 

 彼女に気付かれないように魔獣を誘導し、そして退治したために離れてしまっていた。




「よし着いた!……《獅子姫》ちゃんお待たせ!ってアレ?」


 草木をかき分け、オレは森の開けた泉の入水場へと辿り着く。


「ん、《魔獣喰い》よ、遅かったの。もう雨も降ってきてしまったから、村へ戻るぞ」

「は……はい……」


 そこで待っていたのは、もう衣類を身に着け変える準備を終えていた《獅子姫》ちゃんだった。

 降雨のために水浴びは終了。




 《魔獣喰い》十四歳……




 だが、春はまだまだ遠いのであった。













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