26羽:十四歳の休日 ~前編~
深い森にある大集落“大村”の朝は早い。
だがそれよりも少しだけ早く起き行動を開始する。
それこそ日の昇る前から《魔獣喰い》ことオレは、毎朝目を覚ます。
(よし……今日も頑張るか)
一年で最大の祭事である“精霊祭”に皆が浮かれていても、オレは毎日の習慣を欠かさない。
「精霊祭も今日で最終日か……」
同室の訓練生を起こさないように宿舎の外に出たオレは、まだ薄暗い空を眺めながら感慨にふける。
年末から数日間行われた“精霊祭”も、いよいよ今日で終わる。本日は特に祭事や宴もなく、祭りの片付けと明日からの通常業務への準備が主な内容だ。
「それにしても、今朝は特に静かだな……」
昨夜は祭りの最終夜ということもあり、多くの村人たちが遅くまで飲み明かし、歌い踊り祝い合っていた。大人たちは昔話に花を咲かせ、若い男女は踊り狂う。
いつもは早起きなこの部族では珍しい、本当に静かな早朝の光景だ。
オレは大村の宿舎を出て、静まり返った村の大通りを進み大広場までたどり着く。
(ん……?)
広場には何人かの男たちが地面に倒れ込んでいた。何か不測の事態でもあったのだろうか。
だがよく見れば皆幸せそうな寝顔で、いびきをかいている。
恐らくはこの村の若者や訓練生たちが、昨夜から酔い潰れてそのまま寝ていたのであろう。大量の空の酒瓶も転がっているし。
(そういえば、昨夜は『決着をつけるぞ《魔獣喰い》!』とこの人たちに、酒の勝負を挑まれたような記憶があったような……ないような。まあ、いっか……)
広場に転がる酒瓶のほとんどを空にし、ここに倒れる全員を飲み倒した記憶は、自分にはもうない。きっと夢だったのあろう。
オレは寝ている者たちを起こさないように目的地へと向かう。
村の城壁を出た所にある自分専用の“訓練所”だ。
「よし、じゃあ、今朝も弓の稽古をはじめるか」
目的地へとたどり着いたオレは、自前の弓矢を構え修練を開始する。
静かな村外れに、矢音だけが静かに響き渡る。
“訓練所”といっても、ここはオレ専用の稽古場だ。
“普通”の弓の稽古場なら、この大村の城内にちゃんとある。もちろん訓練時はオレも真面目にそこで弓の鍛錬をおこなう。
だがそれだけでは、自分が《流れる風》オッサンに課せられた修練は足りない。
(くっ、相変わらず変則的な“風の精霊”たちだ……)
ここは少し特殊な場所だ。
大村を囲う鉄木製の城壁と、森の合間の空白地帯。城の弓場よりも的までの距離が更に遠く、しかも壁からの返し風が変則的に吹く場所だ。まるで風たちのイタズラな遊び場ある。
普通に射った矢はその風に流され、明後日の方向へと飛んでいく。本当なら稽古どころか何の練習にもならない。
「よし、今日もまずまずの中たりだ」
そんな不規則な風の中でも、オレの矢は遥か彼方に設置した的の真ん中に的中する。先の“流れ”を読むのだ。
幼いころの師匠である《流れる風》オッサンには、こうした実戦的な鍛錬をいくつも教わった。それを全てこなした日に、一人前の“森の戦士”になれるのだという。
それを日々実践するためには、普通の訓練場は小さすぎた
この場所は数年前にオレ発見し、それから毎朝利用している自己稽古場である。元々は他の誰かが使用していた形跡もあったが、今はその的跡も朽ち果て放棄されていた。そこで自分で設置し直して、利用していたのだ。
「よし、次は“駆射”の練習だ」
遠い中ての稽古を終えたオレは、次の鍛錬に移る。
「よしっ」
城壁沿いの弓場を離れ、森の中へと一人駆け出す。まだ薄暗い森へとだ。
深い草木をかき分け、木々や避け段差に注意しながら走る。全力でだ。
「そこっ」
木々の隙間から“赤胡桃”の熟した木の実が落ちるのを見つける。自由落下だ。足を止めないように、その小さな実に狙いをつけて矢を射る。
「つぎっ」
矢じりが実の硬い種を貫通する。それを確認し、すぐに次の標的を探すために森の中を駆ける。
“駆射”は森の中を走りながら矢を射る、この部族独特の弓術の一つである。
自分の居場所を常に変えることにより、相手にこちらを察知させない。普通の射方よりは命中精度は下がるが、木々が生い茂るこの森で友好的な実戦技である。
「よし、最後っ」
それを数射ほど繰り返し、最後に“落ち葉三枚抜き”を終えてオレはひと息入れる。
目標は《流れる風》オッサンのように“四枚葉抜き”であったが、まだまだである。
腰の革水筒の温くなった水を飲みながら、朝日が照らしはじめた朝霧の森を眺める。野鳥と虫の音だけが響き渡る幻想的な光景である。
「よし、そろそろ戻るとするかな……」
ひと息入れて大村に戻る。途中の矢の回収を忘れないように。
この早朝の弓の稽古は、幼いころから欠かしていないオレの日課だ。
・・・・・・・・
「おっ、みんな活動を開始しているな、さすがにこの時間だと……」
早朝の稽古を終え、近くの小川で汗を流したオレは村の中へと戻る。
先ほどまで寝静まっていた村の人たちも、だいぶ起き始めていた。
各区画の家事場からは朝食の準備の煙が立ち上り、食欲をそそる香りが鼻孔を刺激する。女衆は手際よく炊事場で働き、子供たちは水汲みの仕事を手伝い朝の準備をおこなう。
この森の各村ではよくある光景だ。
(ああ……腹が減ってきたな……)
炊事場の香りで自分の腹の虫が盛大に鳴き散らす。オレは宿舎へ急ぎ戻る。
(おっ、さすが訓練生はみんな起きてきているな……)
大村の宿舎の食堂に戻ると、訓練所の仲間たちは既に席についていた。
見た感じで二日酔い気味の奴らもいたが、身体能力と肝機能が強い部族だけあって朝から皆元気だ。
「「森の精霊の恵みに感謝を……」」
全員が揃ったところで配給された糧に感謝の祈りを捧げ、皆で朝食を口にする。
「おっ、汁麺か…これ好きなんだよね」
今日の朝食は“汁麺”であった。
汁は獣骨と山菜、キノコから出汁をとったものに岩塩を加え、麺は木の実を粉にしたものを打ったコシのある太麺だ。
コクがあり腹にたまる、この大森林の西部地方の郷土料理だ。
(うどんというか、ソバというか……その中間かな)
この森の部族は質素な生活をしているが、食事には意外と創意工夫を施す。配給の量が少ない分だけ地方により特色がある。
「うーん、飲んだ次の日の朝には腹に染みるな……」
「ああ、精もついてありがたい……」
「今日の奴らはいい腕をしている」
周りの訓練生たちからも声が上がる。
この宿舎での給仕は、訓練生たちが交代で行う。今朝の係りの者は料理自慢の西部地方出身の奴らだった。
きっと昨夜は遅くまで飲みすぎた仲間の為に、気を利かせて汁麺にしてくれたのだろう。
ありがたい。
「ガッハッハ!お前らちゃんと食っているか」
食事時間がちょうど終わるころに、食堂に豪快な笑い声が入って来る。いや、笑い声ではなく、剃り頭で筋肉隆々の大男が入室してきたのだ。
「「はっ!」」
泣く子も黙る戦士団の訓練教官だ。
オレたちは食事を中断し、立ち上がろうとした。だがそれを手で制され、また食事に戻る。
「冷めないうちに食っとけ、卒業生は特にな。お前らは明日から“一番楽しい”訓練が始まるから、ちゃんと精をつけておくんだぞ、ガッハッハ!」
鬼教官の冗談とも本気ともとれない言葉に、食堂の卒業生たちの顔を青ざめる。
これまでの“楽しい”訓練ですら、死に物狂いな鍛錬ばかりだったのだ。それを超えるとなると、もはや想像すらつかない。
恐怖で彼らの手も止まるというものだ。
(まあ、オレも場合はいつもギリギリだったから……何とかなるでしょう……)
オレのこの訓練所での成績は毎年落第ギリギリだった。
実戦はともかく座学は最低基準。前世では現代日本で最先端の義務教育を受けていたはずなのに、おかしい。
「そういえば《魔獣喰い》よ。お前と《獅子姫》様たちが幻獣退治に行っている間に、《流れる風》の奴がこの大村に来ていたぞ」
「えっ、オッサンが……」
誰よりも早く食事を終えたオレの席の隣、にハゲ頭の教官が座り話しかけてくる。
「特に用事はなかったみたいだが、内心ではお前のことを心配していたぞ、訓練死してないかだがな、ガッハッハ!」
「はぁ……」
相変わらずこの教官の冗談は笑えない。
だが《流れる風》オッサンが話に出てきて、オレは少し心が動く。前に会ったのは三年くらい前か。そうか、オッサンがこの村に来ていたのか。
「ガッハッハ!《流れる風》といえば、そういえば……」
教官の昔話が始まる。もう何回同じ内容を聞かされただろうか。
この教官とオレの幼い頃の師匠《流れる風》は腐れ縁の仲らしい。
若い頃は同じ狩組で大森林中を探索し、様々な凶暴な獣や魔獣を退治したという。当時の戦士団の精鋭を集めた猛者集団だ。
「ガッハッハ!その時のアイツの顔といったら傑作でな……」
くだらない冗談と豪快な笑い声の教官であるが、その巨躯は森の戦士の中でも群を抜いている。
丸太のような太い腕や、岩のような厚い胸板を見れば、この男が歴戦の戦士だというのは一目瞭然だ。
オレたち訓練生なら持ち上げるもやっとな大戦斧を、両手に二個も握りしめ軽々と振りまわるのだ。
大型の獣を一刀両断、魔獣すら一対一で仕留めたこともあるという噂もある。
その時の功績で今の訓練教官という役職に就いているが、まだまだ“現役”だ。
純粋な戦闘能力ならばこの森の全戦士の中でも十指に入ると言われており、有事には自ら先頭に立ちその双斧を振り回すであろう。
本当に頼もしい存在だ。
ふだんは暑苦しくて、笑えない鬼教官であるが。
「という訳でお前たち、明日からの訓練を楽しみにしておれ、ガッハッハ!」
いつの間にかオレと教官の周囲に訓練生たちが群がっていた。教官の武勇伝を聞くためだ。この森の男たちは本当に闘いの話が大好きだ。脳筋そろいだ。
だがその脳筋たちに”座学"で負けているオレって一体……
(まっ、いっか……)
オレはほとんど内容を聞いていなかったが、特に前回からの変更点はないだろう。
(よし、じゃあオレも明日の準備でもしてゆっくりするか……)
教官の武勇伝に未だ興奮冷めやらぬ仲間をかき分け、オレは食堂を後にすることにした。
《魔獣喰い》「あの~、麺のお替りってできますか?」
給仕係「……お前だけはダメだと、言われている」
「《魔獣喰い》「なんでだろう……」
給仕係「お前がお替りをしたら、この村の食糧庫が尽きる。諦めろ」
《魔獣喰い》「えっ…………」




