25-5羽:乙女のはざ間に
※登場人物の口調がこの話以降から随時修正がかかります。お手数ですがご了承ください。
大広場は一瞬静まり返る。
だがその直後、歓声が上がり。
「まさか二組の同時授与とはな……前例はあっかのう?」
「いや、今回はどちらも甲乙つけ難い。妥当である!」
「よし、酒だ、酒。皆でこの森の若き獅子たちに祝いの杯を上げよう!」
広場に集まっていた村人たちは、そこかしこで乾杯をはじめる。未来ある若き二組の者たちの栄誉を称える。
この森の部族の民は、基本的に竹を割ったよう性格をしている。互いを高め競い合うことは三度の飯より好きだが、勝負が終わればみな称賛し合うのだ。
「……」
「班長……やったな……」
「オレ、嬉しい。感謝だ」
「へっへっへ、悪くはないもんですねぇ……称賛の声もというのも」
《魔獣喰い》ことオレは、思わぬ結果に言葉を失う。まさかの大逆転劇だ。
自分の周りにいた同じ狩組の仲間たちは、手と手を取り、肩を組んでその栄誉をお互いに称えあう。オレもその輪にもまれそして、仲間たちに強烈なハグをされる。感極まって涙を流す奴もいた。
「おい、《魔獣喰い》よ、壇上に行くぞ。一世一代の晴れ舞台じゃ」
「う、うん……ありがとう、《獅子姫》ちゃん……」
「な、何を、礼を言っておるのじゃ……今回は引き分けじゃが、次回はこうはいかんからの」
「うん……そうだね」
もたつくオレの右手を、《獅子姫》が祭壇の上まで引っ張って行く。それに伴い両組の仲間たちも登壇する。
「それでは、この若き……」
祭壇の上にあがったオレたち、大神官の婆さんから祝福の言葉かかけられる。そのあとに栄誉の証である短剣を一振り授かった。
これは何でも、森の精霊の力が込められた魔除けの護剣だという。
「一振りだけだから、班長が貰っておけ」
「依存ない」
仲間の勧めもあり、それはオレが所持することになる。
その後は広場の村人を前に、自分たちはこれかも精進することを宣言したり、神官さまに加護の言葉なんかを頂いた。
「終わってみれば、あっという間だったね、式も」
授与式が終わり、オレたちは祭壇の下に降りる
「まあ、こんなもんだろう。大変なのはこれからだぞ、班長……来たぞ」
イケメン剣士の予言は当たった。
降壇したオレたちは、あっとう間に人の波に飲み込まれる。同じ戦士団の訓練生たちが、祝福の言葉をかけるために押し寄せて来たのだ。
「おい……そんなに押すなってば……いてっ、誰だ、どさくさ紛れに平手打ちするのは?」
同期生たちは祝いの品と言わんばかりに、オレたちの身体を叩きまくる。
強靭な身体能力を持つ男たちのビンタである。ちょっとした動物なら致命傷の打撃だ。勘弁してほしい。
「ガッハッハ!まさか“落ちこぼれ第一候補”を言われていたお前が、最後に栄誉を勝ち取るとわな!」
袋祝い叩きに合っていたオレたちに、豪快な笑い声が近づいてきた。
筋肉隆々のハゲオヤジ……オレたちの訓練生の鬼教官だ。厳しい人だったけど、オレたちを祝いにきてくれたのだ。
「よし、お前ら。同期の栄誉を称えて、今宵はとことん飲むのであるぞ。この酒瓶はワシからの祝いだ。お前ら全員で空けるまで、卒業は無しだからな、ガッハッハ!」
その大瓶を見て、先ほどまで興奮していた同期生たちの顔は青ざめる。
強靭な身体能力を持つ森の民は酒にも強い。だがこの酒の量はその許容量を遥かに超えていた。
相変わらず笑えない冗談が大好きなハゲ教官だ。
「……」
「……」
どんな凶暴な獣にも果敢立ち向かってきた精鋭揃いの訓練生たちは、言葉を失っていた。
それを見ながら他の教官や戦士団員は、ニヤニヤと薄ら笑いを浮べている。恐らくは、この大瓶は決して飲みきれない、若い戦士たちへ卒業前の洗礼なのだろう。
「うーん、この位の量ならなら、何とかなるんじゃないかな……オレは卒業したいから、全部飲むよ、これ」
今回賞を授与されたとはいえ、オレの訓練所での成績は底辺ギリギリだ。
この酒を飲むだけで卒業を許されるのなら、お安いもんだ。
勢いよくごくごくとオレは飲み始める。
「よ、よし、みんな!勇気ある《魔獣喰い》に続くんだ!」
「オレたちの同期組の団結力を、今ここに!」
「対魔獣包囲陣で行くぞ!前衛は前に、酒瓶を囲め!屍は後衛が拾ってやる!」
オレの“一飲み”を見て、言葉を失っていた同期生たちは次々と動き出す。
気合いの声と共に大瓶の酒に挑む。この大きさなら強アルコール度数の酒を、一人当たりの分量は何升であろうか。
若い戦士たちの闘いは数刻に渡り続いた。
その後、新たなる伝説が作られた。
空っぽになった大瓶と
その周りに泥酔で倒れ込む未来ある訓練生と共に。
・・・・・・・
「……ふう、なんとかなったな。これで卒業もひと安心だ」
そんな騒動を乗り切ったオレは、大広場を離れひと息つく。
そんな騒動があっても、まだまだ広場では精霊祭の祝いが続いた。
かがり火が焚かれ幻想的な光に人々は照らされ、原始的な楽器の演奏に合わせて踊り狂っている。質素な部族の年に一度だけの祭りだ、その反動で賑わいのひと際だ。
「この森の生活も……悪くないかもな……」
その光景を遠目に眺めながら感慨にふける。
ここの暮らしに文明の欠片は全く無く、時には暖かい羽毛布団や和食なんかも恋しくなる。金属鎧の騎士もなく、革鎧と生肉木の実三昧な日々だ。
だがこの森の暮らしには、人と人の温かみがある。
自然に畏敬の念をもち、生かせてもらっていることに感謝をする。
「森の外の文明の生活は……もうちょっと後にしようかな……」
柄にもなく感傷に浸る。
「ん?」
ふと、誰かがオレに近づいて来たのに気づく。
純白の小柄な神官着の女性が、オレの目の前に歩み寄って来たのだ。
(あっ、前に大神官の館にいた、神官ちゃんだ……)
ボーっとして地面に座り込んでいたオレは、立ち上がり慌てて姿勢を正す。
「ど、どうしたんですか、神官さま」
尻についた土汚れをぽんぽんと払い、身体を清める。
「あなたを、見にきたの……」
「えっ、オレをですか?」
思わぬ言葉にオレは緊張感を高める。
何しろこの子に前に会ったのは、三年前にこの大村に《流れる風》オッサンに連れて来られたとき以来だ。この村で一度だけ。
そういえば、この少女はオッサンと少し親しげに話をしていた。不愛想な子なのに、オッサンにだけは笑顔を見せていたような気がした。
「そういえば、オレの事を覚えていますか?三年前にここの大神官様の館で、一度お会いしましたのを……」
「覚えている、《流れる風》のおじ様と一緒に来た」
「えっ、“おじ様”……」
「そう、おじ様」
緊張のあまり、オレは同じ言葉を繰り返す。
本当は他にもっと大事なことを聞きたのだが。
「あ、あと、間違っていたら、ごめんなさいなんだけど……」
「ん?」
オレは勇気を出して疑問を声にする。
「君は昔、オレの住む森の外れの村に、数日だけ来たことがあるかなと思って……その時にオレは鍋を持って行ったんだけど」
「辺境の村……鍋……肉鍋の人、あなた?」
「うん!そう、猪鍋の。そっか、やっぱり合っていたんだ……よかった……」
オレは長らく喉につかえていた、何かが取れたようにさっぱりする。
やはりこの少女はオレが幼い時に村で一日だけ会った、あの無口で可憐な子だったのだ。
(それにしてもずい分と……成長したな……この子のも……)
この精霊神官ちゃんは、ホントにキレイになっていた。
年頃は自分と同じくらいかな、やっぱり。
透き通るような色白の肌はそのままで、背はスラリと伸び身体の曲線は女性らしく膨らみを帯びていた。
(と、とくに……む、胸の成長が……)
その中でも胸の膨らみは爆発的だった。
ゆったりとした白い神官着の上からでも分かるほど、その胸は豊潤に膨らんでいた。顔付きが童顔なだけに、そのギャップが凄まじい。
(ご、ごくり……)
オレの視線は釘付けになってしまった。そして慌てて視線を逸らす。
この森で最も神聖な精霊神官さまの御身体を、いかがわしい目で見てはいけないのだ。
だが、彼女が気になって仕方がない。何故なら幼い頃にとはいえ、心が惹かれた女性と再会が出来たのだから。
「そ、そういえば、オレを見にきたって言っていたけど、何かありましたか」
ふらちな気持ちをごまかす様に、オレは最初の言葉に質問する事で冷静さを装う。
「そう、近くに見にきた」
神官ちゃんはその大きな碧色の瞳で、こちらを真っ直ぐ見てくる。無表情だけども、その瞳はなにか憂いを含んでいた。
(も、もしかして……神官ちゃんも、オレとの運命の再会に、心をときめかせているんじゃ……)
その視線にオレの鼓動は激しく動き出す。こんな想いは久しぶりに感じだ。
「……やっぱり、普通ね」
「えっ?」
神官ちゃんは何かを小声で呟いた。
だが、遠くから彼女を呼ぶ声に重なり、オレはそれはその言葉を聞き逃す。
「呼ばれたから、戻る」
先輩の精霊神官に呼ばれたのだろう。
そんな言葉だけを残し、彼女は風の様に去って行った。
(最後は、何て言ったのかな……それにしても、可愛く大きくなっていたな……)
まるで幻獣に幻を魅せられていたような、甘いひと時だった。
(特に胸元なんて……この部族は発育も早いのだろうけども……)
オレは茫然とその余韻に浸る。
「おい」
「へっ?」
「おい、と言っているのじゃ」
そのとき、後ろから誰かから声をかけられる。でも呆然としていたオレは、思わず変な声で返事をする。
「この助平が……」
すると突然の殺気と共に、オレの後頭部に激痛が走る。
「痛っ……って、あ、《獅子姫》ちゃん」
後ろを振り返ると不機嫌そうな《獅子姫》ちゃんがいた。
彼女がオレの後頭部を、その剣の鞘で殴っていたのだ。
「いてて……どうしたの、《獅子姫》ちゃん?」
何しろ初対面のオレに、その真剣で斬りかかってきた彼女だ。これくらいの突っ込みで、オレはもう動揺しなくなっていた。
「ふん、なんじゃ。人がせっかく、生誕の祝いに来てやったのに……鼻の下を伸ばして、間抜けな顔をし……このドスケベが!」
「へっ?生誕の祝いって……あ、そうか」
その言葉に視線を空に向ける。
天に輝く月の位置が、日が変わっていたことを教えてくれた。
いつの間にか新年を迎えたのだ。
「誕生日がきたのか……オレ……」
それはオレが十四歳になったことも表す。
拾われ子であるオレは、元旦の今日が誕生日とされたのだ。
今日は一日中バタバタしていて、自分でも全く気づかなかった。前にちらりと言った誕生日を、恐らく《獅子姫》は覚えていてくれていたのである。
「ありがとう……《獅子姫》ちゃん。それに受賞もおめでとう」
「ふ、ふん……礼には及ばぬのじゃ。それに賞はお前も同じだろう……次は負けぬ。この胸だっていずれは、アレを超えるのじゃ……」
《獅子姫》ちゃんは少し顔を赤らめながら、言葉を返す。最後の方はよく聞き取れないほど小声だ。何を超えたいんだろうか。
もしかしたらその顔も、広場のかがり火が赤く反射しているだけかもしれない。そしてなぜか、両手を自分の少し膨らんだ胸元に当てている。
「それじゃあ、お互いにお祝いだね。これからまた広場に戻って、少しだけお酒でも飲もうかな。一応成人になったことだし……」
十四歳といえばこの部族では成人の扱いとなる。
婚姻に飲酒に何でお公に可能だ。
「お、お前は阿呆か……先ほどあの大瓶の酒のほとんどを一人で飲み干して、まだ、飲み足りないのか……」
「えっ、お酒の味はよく分かんないから……」
どうやらこの世界のオレの身体は少しだけ酒に強いようだ。自覚はない。
「ふん、どこまでも人外な男じゃ、お前は……まあ、戻って一献して、一緒に剣舞でも舞うか?」
「できれば剣舞は勘弁して欲しいけど……まっ、今日くらいはいいかな」
少しほおを膨らませて……でもどこか嬉しそうな笑みを浮かべて《獅子姫》は広場に向かう。その横顔はいつもに増して魅力的だ。
「あっ、待ってよ《獅子姫》ちゃんってば……」
オレは置いていかれないようにその後を追う。
(神官ちゃんに…《獅子姫》ちゃん…それぞれの魅力があって、素敵だな……よし、明日からオレも頑張ろう)
十四歳になり、少しだけ大人になったオレは心に強く誓う。
いつか彼女たちのような素敵な女性を、自然と惹きつけられるような漢になろうと。
そして気付かずにいた。
その二人と、この異世界の運命を巻き込んだ自の定めを。
------十三歳の日 終------
広場の大人たち
「おい、《魔獣喰い》がこっちに戻って来たぞ!」
「残っている酒を隠せ!飲み干されるぞ!!」
《魔獣喰い》「ん?みんなどうしたの?」




