24-6羽:幻獣狩り 評定会
「いや~、ようやく戻って来たのか、大村に」
久しぶりに大村へ戻って来た。
《魔獣喰い》ことオレは、村の頑丈な“鉄木”製の城門を通り抜け感慨深く呟く。
今回はそれほど長期間の行程だった訳ではなかったが、いつもの狩りとは違い精神的にも疲れていたのかもしれない。大自然あふれる森の旅もいいけど、やっぱり我が家が一番だ。宿舎だけど。
「何が我が家じゃ。《魔獣喰い》、さっさと城へ“ソレ”の報告に行くぞ」
「あっ、待ってよ《獅子姫》ちゃんてば…」
“ソレ”である背中に背負った猿人“幻獣”の死骸を落とさないように、オレは先に行ってしまった《獅子姫》を必死で追いかける。
・・・・・・
「こりゃ、間違いない…“猿王”の幻獣じゃ」
質素な大広間に大神官のしゃがれた声が響く。ここは大村の奥にある小山の上に築かれた、難攻不落の山城内にある大広間だ。
オレと《獅子姫》ちゃんが”獅子王”に献上した幻獣の正体を、この大森林一の知識を誇る精霊大神官の婆さんに鑑定をしてもらっているのだ。
「“猿王”…猿人の獣が“魔”を浴び魔獣と化し、更に数百年の時を経て境地に達するという幻獣か…」
「語り話には聞いたことがあったが実在したとはな…」
「くっ、死骸とはいえ、見ているだけで心が病む、禍々(まがまが)しい雰囲気だ…」
「だがその幻獣を射止めるとは、流石は《獅子姫》様だ」
その鑑定の結果を聞き、緊急に集められた各戦士団長たちはざわつく。
それもそのはず幻獣というのはその存在自体が謎であり、ある意味で神格化もされる獣なのである。警戒心が強く人里にも滅多に近づかないのだという。狩るどころか目撃すら困難な存在だ。
「言い伝えじゃと、“猿王”は気まぐれで小さな集落を襲い、そこの住人を幻覚をもって従わせる。なんでも“人の脳のミソ”を食して魂魄の源にするという…恐らくは目撃された泉の近くに巣穴があり、行方不明になっている、その村の狩人たちもいるじゃろう…まあ、生きてはいないと思うがな」
ざわつく者たちを制することもなく、大神官は目をつぶり静かにそう語る。勇敢にも森に召された同胞に祈りを捧げる。
(“人の脳のミソ”って脳味噌のことか…なんかグロテスクだけど、人も獣の弱肉強食のこの森の中では仕方がないことかもな…)
大神官の婆さんや他の知識ある戦士たちの説明を聞きながら、オレはそんな事を考える。
この大森林では人々は自然と獣に畏敬の念で食料を頂き、また逆に獣よって人が狩られる時もある。そして、死によって生き物は大地に返り、またその魂が森を作り人と獣に恵みを与えるのだ。
(“生態系”というやつか…前に《流れる風》オッサンに教わった…)
森の民、草食獣、肉食獣、森の木々などこれらがお互いに尊重し調和することにより自然が守られてきたんだろうな。森の民は最低限の伐採や狩猟しか行わない。
それは生まれ持ってこの生態系の大切さを、そして本能で森の民は知っているのかもしれない。
「…ときに《獅子姫》に《魔獣喰い》よ。この“猿王”を仕留めたのはどちらだ」
ふいに大広間に威厳ある声が鳴り響く。
それまで沈黙を守っていたこの城の主、《獅子王》が口を開いたのだ。
「……」
「……」
だが、オレと《獅子姫》ちゃんは言葉が出てこない。この森では狩りの一番手柄の報告は自己申告制なのだ。
結果としてはオレの矢が、“猿王”の眉間を貫いたことによって仕留めたのであろう。
だが、その前に《獅子姫》が捨て身の剣技で一撃を与え、その残像幻術を打ち破ったのも事実だ。アレが無かったらオレは矢を射られなかった。
「……」
「……」
沈黙は続く。
この森の部族では獣や魔獣、そして幻獣などを仕留めた手柄は、基本的には止めを刺した一人の者にだけ与えられる栄誉であった。そして、幻想級ともいえる幻獣を仕留めたとなると、その栄誉は大森林中に鳴り響き末代まで語られる。
その栄誉さえあれば“大精霊祭”で表彰されるもの確実であろう。それは近日に開催されるこの森で最大級の感謝祭である。まさに誰もが喉から手が出るほど欲しい手柄だ。
「どちらかと聞いているのだ」
《獅子王》の声の質が先ほどとは打って変わる。
「くっ…」
「むむっ…」
屈強な戦士でさえも逆らうことができない、圧倒的な王の命令だ。
大広間にいた各戦士団長たちは、王の圧力に歯を食いしばり必死で耐える。見ると額には脂汗が浮かび、なんとか意識を保っているのだろう。
「あの…《獅子王》さま…」
そんな圧力に気付かないオレは、右手をスッと上げて発言する。空気を読まないのは昔から得意だ。
「この幻獣を…、“猿王”を仕留めたのは《獅子姫》ちゃん…《獅子姫》さまです」
「なっ、何を言うのだ《魔獣喰い》…」
オレの突然の発言に《獅子姫》は声を荒げる。
何しろ誰もが喉から手が出るほど欲しい最上級の手柄を、人に譲るというのだからだ。それは成果主義のこの森の民では、絶対に有りえないことだった。
「確かにオレも《獅子姫》さまと一緒に、この幻獣を撃退するために協力しました。でも、やっぱりこの“猿王”を仕留めることが出来たのは、《獅子姫》ちゃんのお蔭なんです。オレ的に」
「お、お主…」
本音を言うなれば手柄はオレも欲しい。
でも《獅子姫》ちゃんの身を削っての奮戦があったのは事実だし、何より人を押し出してまで手柄は欲しいとは思わない。“仁”と“和”の心といったところかな、元日本人なオレ的に。
「よし、分かった。それなら“猿王”狩りに一番手柄は、我が娘《獅子姫》とする。《魔獣喰い》よ、二番手柄のお主は何か褒美の希望はないか」
先ほどまでの圧力は消え、少しだけ穏やかな声で《獅子王》はそう宣言する。大広間の張りつめていた空気も和む。よかった。
「手柄ですか…」
少し、そして慎重に考える。
「それならこの幻獣の肉が欲しいです。あっ、体内にある貴重な“幻石”とかじゃなくて普通に…どんな味なのかな…っと思いまして…」
「なっ…」
「幻獣の肉じゃと…」
せっかく和んだ空気がまた一変する。
普通の獣ならともかく、魔獣や幻獣と呼ばれる特殊な獣の肉には魔素や毒素が含まれている。それは悪食の森の獣です避けて通る、普通の人ならば即死の危険性もある。
「相変わらずでたらめな奴め。うむ、分かった…調査が終わりしだい、お主に贈呈しよう。では、本日はこれにて解散。お前たちもご苦労であった。本日はゆっくり休め」
再びざわつき始めた空気を《獅子王》がひと言でしめる。そして、オレたちの幻獣狩りの報告会は終わることとなった。
・・・・・・
「いや~今日はこの後、まるまる一日休養だなんて嬉しいな…」
報告会が終わり、大広間を出たオレは軽い足取りで宿舎へ戻る。
何しろ諦めかけていた幻獣の肉をもらう許可が下り、なおかつ一日休養までもらったのだ。これで浮かれない奴がいたら、頭がおかしい。
「《魔獣喰い》よ…」
「ん、どうしたの《獅子姫》ちゃん」
「お主は本当に馬鹿じゃの…」
「そ、そうかな…普通だと思うけど…」
言い訳するつもりはないけど、オレは平凡な森の民の十三歳だ。少し地味で食いしん坊だけど、どこにでもいる少年だ。あれ、もう青年か。
だが、そんなオレの言い訳も聞かずに、《獅子姫》はスタスタと一人先を進んで行ってしまう。
「本当に…大馬鹿者じゃ…まったく…」
背を向けたオレに気付かれないように口元に笑みを浮かべる。《獅子姫》はもう一度そう呟くのであった。




