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24ー3羽:魅入られた二人

「《獅子姫》様、この先の泉がある所にが、あっしが“獣”を目撃したところですぜ」


「うむ、案内ご苦労であった。ここから先はわれらに任せるがよい」


「へい、お気を付けて…」


 “謎の獣”の目撃者である村の狩人に案内され、《魔獣喰い》ことオレと《獅子姫》は深い森の中を進んで来た。


 亜熱帯地方に属する大森林とはいえ、冬の準備をはじめた木々の緑は濃い。心なしかいつもよりも森は暗く感じる。


「相手はかなりの鋭敏な獣だという話じゃ。《魔獣喰い》よ、遅れるではないぞ」


「は、はい…気を付けます…」


 少しきつめの言葉と共に《獅子姫》はすうっと気配を消し森の中へ駆けて行く。それを追う様にオレも彼女の後を追いかける。


(それにしても、ツンツンした《獅子姫》ちゃんも可愛いな…)


 軽く踏み固められただけの獣道を、音も無く進む《獅子姫》は軽やかに進む。起伏の激しい森道を速度を落とさず、なおかつ音も無く進むのは並大抵の技術ではない。


 彼女は剣技だけではなく体術や隠密の技術も高く、全てが同年代では群を抜いて優れている。カッコイイできる女だ。




(ん…よく考えたら、この深い森の中で…今回初めての二人っきりではないか…《獅子姫》ちゃんと)


 これまでは彼女の護衛の戦士や他の奴らが邪魔だった。だが今は正真正銘の二人だけの移動だ。


 オレはチラリと前を進む《獅子姫》ちゃんを見る。彼女は注意深く周囲を警戒しながら、カモシカもように軽やかに森の中を駆けている。


(《獅子姫》ちゃんは何といっても、美脚なんだよね…)


 身体の動きを阻害しないように、《獅子姫》は軽装の革鎧を愛用している。細身の身体のラインがよく分かる短いズボンと革ブーツの隙間からは、健康的な美脚が輝いている。


(お尻や胸はそんなに大きくないけど…それが逆にいいのかもしれない…)


 引き締まった形のいいお尻が目の前で、また地形の起伏がある度に微かに胸が揺れるのが確認できる。森の地形と精霊様に感謝だ。


 今は邪魔な黒ずくめ護衛の戦士のオジサンもいないでの、秘技“チラ見”し放題だ。


(…そういえば、《獅子姫》ちゃんは、何で偵察役に名乗り出たんだろう…)


 彼女の後を追いかけながら、ふとそんな疑問が浮かぶ。向こうの反応を見た感じでは、オレの名乗りを受けて急遽変更したのだろう。


(…もしや、《獅子姫》ちゃんも、密かにオレと二人っきりになりたかったんじゃ…)


 みんなの前ではオレに厳しく対応するけど…実は向こうもオレを意識していて…対抗心があったからの態度だったりして…


『《魔獣喰い》よ、今まですまぬ…実はわれはお前のことが…』


(みたいなことに発展したりして…バンバン)


 オレの妄想はどんどん膨らむ。


 もちろん気配を消し、隠密移動も忘れてはいない。これぞオレの特技のひとつ“妄想しながら活動”だ。念のために言っておくが、二重人格とかではない。



・・・



“止まれ警戒しろ”


 そんな妄想をしていると、突然に前を行く《獅子姫》から止まれの手信号ハンドサインが出る。これも森の部族の共通の狩りの意志疎通手段のひとつだ。


 どうやら“謎の獣”が目的されたという場所にたどり着いたらしい。


(ここが村の狩人が言っていた泉のある場所か…あ、獣の気配がする…何かいるぞ…)


 《獅子姫》と一緒に森の茂みに身を隠し様子を伺う。見ると泉の水を舐めるように飲んでいる一匹の獣姿が薄っすらと確認できた。


(これはビンゴかな…)


 遠目で判別しづらいが四足歩行の見慣れない獣である。


“風下から追い立て、仕留めるぞ”


 《獅子姫》ちゃんからの手信号ハンドサインを受けて、オレは感づかれないようにその獣の風下に場所を移動する。その場合止めを刺すのは彼女の方になるが仕方がない。共同戦線で仕留めた獣と名誉は半々という決まりがあるから大丈夫だろう。


 一人で注意深く風下に移動する。それにつれて、その獣の全容がハッキリと目視できてきた。


(“森鹿”か…いやそれにしては巨体すぎる…それに、角の部分が…なんだアレは…)


 見た感じはこの大森林に生息する草食の“森鹿”に近い。だが牡鹿の角にあたる部分が普通の大きく違っていた。


(陽の光の反射か…いや、あの角自体が発光しているのか…)


 獣の大きく広がった角は、鮮やかな七色に発色していた。蒼色、碧色、朱色…これまで見たこともないような色彩豊かに輝く。水晶クリスタルを陽にかざした様な、万華鏡を覗きこんだような、幻想的な美しさだ。


(本当に見た事のない…虹色のキレイな色だな…)


 オレはその輝きに見とれ、素直に心の中で呟く


 てっきり凶暴な魔獣が出てくるかと想定していたが、これほどまでに幻想的な獣だとは思っていなかった。人畜無害の獣で放置しても大丈夫な、むしろ神聖なる生き物な気がする。


思考回路がゆっくりとなり、身体中がダルくなる。手足の感覚が痺れるようだ。




(ん…でもなんか変な獣だな…本当に獣なのか…)


 それまで見とれていたオレの頭の中に、違和感が脳内にバチンと鳴り響く。誰かが静かに警鐘を鳴らしてくれた様な感じだ。


(獣…生き物…そうか、生活感、存在感が全くないんだ!この獣は…)


 目の前で凛と立ち尽くすその生き物には、獣独特の生活感がまったくなかったのだ。全身の毛並みに土煙の汚れがなく、獣臭が全くしないのである。


 それどころか、既にオレの気配を察知しニッコリと微笑んでいるようにも見える。獣なのに。コイツはヤバイ。



「《魔獣喰い》よ…」


「し、《獅子姫》ちゃん…」


 彼女の呼びかけにオレはハッと我に返り、視線を彼女に向ける。


「《魔獣喰い》…コイツは危険じゃ…逃げるのじゃ…」


 先ほどまで茂みの中で待ち伏せして隠れていた《獅子姫》が、いつの間にかふらふらとその獣に歩み寄っていた。


 その瞳には生気がなく、まるで催眠術にでも掛かったように虚ろだ。彼女特有の勝気な生気にみなぎる瞳ではない。声も辛うじて出しているに過ぎない。


あの勇猛果敢な《獅子姫》が信じられない光景だ。


 このままでは無防備なその身を、謎の獣の前に差し出す格好となる。


 助け出そうと思うが、なぜかオレの身体も上手く動かせない。意識があるのに、身体が痺れてしまっているようだ。


「クソッ…どうする…」


 思いもよらない状況に判断を迷う。こちらは自我を失いかけている《獅子姫》と、手足が痺れ身体の上手く動かせないオレだけ。

 

 相手は獣が一匹だけ。だが正体不明の力を有し、まだ何か隠し持っているかもしれない。迂闊に手を出したら二人とも殺られる可能性がある。


今ならオレ一人だけなら逃げ出すことは出来るだろう。


(戦士団訓練所の教えによると、こういう場合は一人だけでも撤退して仲間に救援を求めるのが正解だ…)


 無理に残り全滅というのは一番の愚行である。狩組の仲間を、広い意味ではこの森の民のために私情は捨てる覚悟も必要とされる。それを理解している《獅子姫》もオレに撤退を命令したのだ。



・・・・・・・・


『てめえは、まだ子供ガキだから理解できないかもしれなが、好いた女ができたら時の落とすコツを教えれやる…』


『へっ?何それ』


なぜか、幼いころに《流れる風》オッサンに言われた言葉に脳内に響く。幻聴か?当時はオッサンは酔っ払っていたのだろう、今思うと。


『いいから聞いとけ…いつか使える(テク)だ…』


酔っぱらいのたわごとだと思って当時は気にも止めなかった。


『森の部族の女たちは規律や命令に厳格だ…そんなときはこう言ってやれ…』


だが、その言葉が急に胸に響く。なぜだろう。



・・・・・・・


「でもよ…」


 オレは痺れが残り足に喝を入れながらゆっくりと立ち上がる。杖代わりに地をつく弓を持つ右手も上手く動かせない。だが、オレが幼いころから剣や弓の稽古をしてきたのは、なんの為だ。


「《魔獣喰い》…何をしている…命令じゃ…撤退しろ…」


 何かに誘導されているかのように、身体を操られている《獅子姫》の身体は獣のすぐ眼前までその身を晒しだす。それでいながらも精神力だけで、辛うじて意識を失わず《獅子姫》はオレに命令する。


「命令?…冷静な状況判断?…そんなのは…」


 オレは上手く動かない左手で腰の小袋をまさぐり、一本の針金を取り出す。ほつれた革鎧を補修する時に使う鋭い極太針だ。仲間を見殺しにするために、戦士団の訓練生になったのでない。


「そんなのは…”気になる女の前ではクソッ喰らえだ"…」


オッサンがかつて教えてくれたその言葉を吐くと同時に、オレは自分の親指と爪の隙間に強引に針をぶっ刺す。


言葉にならない激痛が走る。全身にあぶら汗が流れ、涙がこぼれそうになる。だが、それと共に痺れていた手足の感覚はゆっくりと戻り始める。イチかバチかの賭けだったが、まずは第一段階は勝ったようだ。






「獣さんよ…悪いが“姫様”は返してもらうぜ!」


オレは雄たけびを上げながら、獣に向かい駆け出すのだった。



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