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24ー1羽:旅のお供とお邪魔モノ

 深い森の中を男女十数人からなる集団が北へ進む。


 進む道は往来する者たちにより自然に踏み固められた森道であり、自然な地形を活かしているために起伏も激しい。


 だが集団はまるで苦にした様子はなく、音も立てずにひたすら目的地へと足を進める。それでいて周囲への警戒は万全であり、いつ何時に凶暴な獣の強襲があったとしてもそれに対応できる準備も怠らない。


 それは大森林の民として生まれ育った者たちの習慣であり、また厳しい訓練によって培われた技術でもあった。


“森は我われに多くの恩恵を与えてくれる。だが逆に一瞬で奪われる時もある。温かく厳しい存在なのだ”


 幼いころから格言として聞かされ育ってきたこの森の民たちは、常に畏敬の念と警戒を持ち森の中を進む。それは自然なことなのだ。





「いや~、この辺は初めてきたけど、結構生えている植物とかも違うもんだね」


「…」


 そんな緊張感が漂う集団の中で、場違いな言葉が飛び出す。


 当事者であるオレは、重い場を和ませようとしただけだ。だが返ってくるのは空気を読まない男に対するジト目と無言。人の好意を無下にするひどい対応だ。


「班長、この辺は危険な獣もでる地域だという話だ。大丈夫かと思うけど気を付けて警戒してくれ」


 へこたれそうになるオレに、副班長でもあるイケメン剣士が小声で忠告する。一個だけ歳上ではあるが、気の利くイイやつだ。むしろコイツの方が班長に相応しいのではと常々思う。


(そっか危険な地域か…でも、パッと見た感じは大丈夫そうだけどね…はあ、それよりも、思っていたデートとは少し違うな…《獅子姫》ちゃんが遠いよ…)


 自分たちの狩組から少し離れた所に先行する赤髪の少女の背中を見ながら、オレは心の中でため息をつくのであった。




・・・・・・・




 年の終わりの年の瀬がせまったある日。


 辺境の村で目撃されたという“謎の獣”の調査に、オレたちは向かっていた。普通の凶暴な獣であれば、各森に住む大人たちが優れた狩人であり戦士でもあるこの部族にとっては、それほど脅威ではない。


 だが、目撃したベテランの狩人の報告によると、初めて目にした“異様な獣”ということだった。“新種の魔獣”の可能性もあるために、今回は精鋭が揃う大村からオレたちが偵察に派遣されたのであった。


 目的はあくまでも偵察。可能であれば捕殺もやむえない、とのこと。


 未知の獣ということもあり今回は二班合同による行動だ。新進気鋭のオレたちの狩組だけではなく、もう一班が同行していた。


「《魔獣喰い》よ、この辺で今日は野営するぞ。準備を急ぐじゃ」


「はい、了解しました《獅子姫》様。我々にお任せください」


 適度な場所で停止した《獅子姫》からの指示に、オレは元気よく返事をする。


 同年代だというのに、かなりの上から目線の命令。だが、悪い気はしない。これが王の娘として生まれ育った《獅子姫》のカリスマ性というやつか。恐ろしい。




「命令ばかりしてきて気に食わんな…」


「我慢しろ、相手はあの《獅子姫》だぞ…」


「ケッケッケ…班長を見習って、お偉いさんのために野営の準備でもするか」


 仲間たちも愚痴を言いながらも、手早く野営の準備をおこなう。


 火を起こし、寝床を準備し周囲の警戒網を張る。立場的には同じ戦士団の訓練生だが、相手はこの大森林を総べる”獅子王”の愛娘《獅子姫》様である。無礼はできない。


「《獅子姫》様、野営と食事の準備ができました~」


「うむ、分かった…それにしても今日もやけに早いな」


 オレの手早い準備に《獅子姫》ちゃんが感心する。


 それもそのはず、この為に事前準備をおこない、なお且つ移動中も密かに準備万端で仕上げしておいたのだ。今の時代は家事炊事ができる男が必要とされるのだ。


 いつでも王族である《獅子姫》ちゃんに婿入りして“主夫”になる覚悟も万端だ。




「班長のやつ浮かれすぎではないか…」


「気にするな。いつものことだ」


「その分、オレたちで補佐しようではないか」


 上司が抜けていると部下が真面目に育つという。《獅子姫》ちゃんと一緒のデートということで、ここ数日間は浮かれ気分なオレの代わりに仲間がテキパキと動く。





(次は森の果実で作った甘味デザートでも、《獅子姫》ちゃんに贈呈プレゼントしようかな…)


 夕食も終わり皆がひと息つく。


 確かここの手前に芳醇な甘味の果樹の木が生えていたのを、先ほど確認済みだ。野営地をこっそり離れオレは、暗くなり始めた森の中を戻る。夜目が効く森の部族の特製はこんな時にも重宝する。


「…おい…《魔獣喰い》とやら」


「はい?って、うわっ」


 突然、声をかけられオレは思わず変な声を上げてしまう。見ると黒衣の革鎧を着込んだ森の戦士が暗闇の木々の間に立っていた。


(このオジサンは確か…《獅子姫》ちゃんの護衛の戦士か…)


 その顔を見ながらオレを思い出す。名は…思い出せない。


 若い訓練生だけで編成されたオレたちの狩組とは違い、《獅子姫》の狩組は彼女を以外は大人の戦士や狩人が手練れで固められていた。


(一体いつのまに回り込まれていたんだ…)


 目の前の黒衣の男も気配を感じてから目視するまで、ほとんど時間差タイムラグがなかった。つまりかなりの隠密の手練れということだ。


「あまり《獅子姫》様に馴れ馴れしくするな」


「は、はい…そうですか…」


 護衛の男は凄味のある声でオレに命令する。


「そして、不用意に接触したり、姫をいかがわしい目で見るな」


「えっ…それもですか…」


 そこには、むしろ殺気がこもっていた。


 思わぬ状況にオレは思わず間抜けな返事をする。更にオレの“必殺のチラ見”にこの護衛の男は気付いていたのである。


本当にかなりの手練れだ。オレのチラ見の師匠である《流れる風》オッサン…助けて…手ごわいやつがいた。


「警告を守らなければ…」


 不意に目の前の男の“存在”が薄くなる。そして、そのまま気配は消え、姿は見えなくなる。


「お前を森に“還す”…」


「んっ」


 刹那せつなだった。


 男は一瞬でオレの背後に回り込み、その喉元に鋭利な短剣を当てていた。暗闇の中でなおかつ油断していたとはいえ、その動きは全く見えなかった。


(マジか…自慢じゃないけど“目”はいい方だったんだけどな…)


 これまでに体験したことがない、恐ろしいほどの隠密術。恐らくは厳しい鍛錬を積み重ねて昇華させた、この男の独自の技なのであろう。出来れば自分でも取得したい技だ。


「警告したぞ…」


 そして、また音も無く男は暗闇の森の中へ消えていく。“いつでもお前を殺せる”という宣告メッセージなのであろう。ああ恐ろしい。


「…」


 オレはあまりの突然のことに言葉を失う。


 恐らくはオレがあまりにも馴れ馴れしく《獅子姫》ちゃんに接していたために、護衛の人が激怒したのであろう。それにしても近づいただけで“森に還す”とか怖すぎる。超過保護だ。


“この旅の道中で《獅子姫》ちゃんと少しでも仲良くなれたらな…”と密かに期待していたオレの計画は、これで修正が必要となった。事業計画書の訂正というやつだ。


(それにしても、これから《獅子姫》ちゃんと、どうやって仲良くなればいいのだろう…まあ、何とかなるか…)


 難しい案件を考えることは苦手だ。頑張れば、何とかなるだろう。バカではない、苦手なだけだ。




・・・・・・



 こうしてその後、オレは少しだけ道中を大人しくするとこにした。必殺猫かぶり作戦。目立たないことに関しては、このオレの右に出るものはいないと自負する。



「目的地の村が見えたぞ」


 斥候に出ていたベテランの狩人戦士からそんな報告があった。



 

オレたちは目的地である、“謎の獣”が目撃されたという村へと到着したのである。








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