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2.5羽:運命との邂逅

「よし、お前ら、採ってきたものを分別して食糧小屋へ持っていけ。あと腐りやすいものは下処理も忘れるなよ」


 オレたちは森の恵みの収集から村へ戻って来た。

 休む間もなく大人の女頭おんながしらの指示の元に次の仕事にかかる。


 収穫した物は直ぐに下処理を行い、長く保存できるようにそれぞれ分別し保管しておく。

 岩塩漬けや天日干し、不猟などに備えてなるべく日持ちする様に加工を行う。

 先日の雨季のように獣の肉や植物の収穫量が減る季節を前に、こうした保存食は多いに越したことはない。


 採取後の作業がひと通り終わると、昼の食事を済ませ各班に分かれ午後の仕事に入る。もちろん昼飯の配給も質素だ。


 まず今日オレが行ったのは、前に大人たちが仕留めた獣の毛皮をなめす作業だ。

 なめしとは、獣の生皮から不要な肉や脂肪を取り除き、処理して耐久性・耐熱性・柔軟性をもたせる事だ。


 獣から取れる皮は鎧や衣類・日用品に使う一番重要な素材だ。

 また毛が長い獣毛で糸を作り、衣類に織り込んだりする。羊毛みたいな感じだ。


 それ以外にも学ぶことは多い。

 木の加工や植物のつるの編み物などは、狩りに行けなくなった年配者の手伝いをしながら多くを学ぶ。

 なんと繊維質の多い樹皮を加工して、通気性の優れた衣類まで編むのだ。木製産業は奥が深い。


 (このなめしや木細工の時間は、学校の工作の時間みたいで結構好きだな…)


 単純作業が好きなオレはツル編みをしながらそう思う。

 この森の民では自給自足が基本であり、皆が小さな頃からこうして手伝いし手に職を付ける。

 成人し狩りが出来るようになっても、人は必ずいつかは衰える。また怪我などで獣を得られなくなる時が必ず人には訪れる。

 そういった老後のために幼い内から手に覚え込ませるのだ。


「よし、子供衆は作業を中断し、村長の館の大広間に集合しろ」


 午後の内職作業をしばらくしていると、女頭おんながしらから召集がかかる。

 

 次は“勉学”の時間だ。

(勉強か…苦手じゃないけど、好きじゃないんだよな…)

 

 なんと、この森の部族には"勉強をする”という概念があったのだ。

 この部族では幼少期から、文字や簡単な計算を大人から教わるの。


(文字の読み書きに、足し算引き算…簡単な掛け算と割り算まで教えるのか…蛮族なのに)

 最初にこの制度を体験しオレは内心驚いた。

 

 何しろ獣を狩り、木の実を食べて暮らす原始的な部族に、小学生レベルの教育が施されているからである。

 大人たちの話では、この制度は数十年前から行われているのだという。

 この大森林に数多ある村を統治する先々代の“大族長”から指示だったというと。


 (その先々代の大族長っていうのは何者なんだろう…まあ、とにかく文字があってオレは助かるけどな…)


 日本語と全く違う古代文字ルーンは新しく覚える必要があったが、この幼い体の脳はあっという間に文字を会得した。

 日本の義務教育を一応受けていたこの頭脳をなめないでほしい……いや、実は他の同年代よりオレは少し遅れてだけど。


 さて、眠くなる午後の勉学の時間だ。


「次は訓練所へ行け…って、言う前から行ってしまったか…」

 女頭おんながしらの指示がある前から、勉学の時間が終わると子供たちは大喜びで村の端にある“訓練場”に集合する。

 

 ここではベテランの教官から短弓や剣槍術を教わる。

「的をただ狙うのではない。動きを予測してその先を射るんだぞ」


 特に糧を得る狩りの実践的な訓練が中心だ。

 獣の形を模した遠くにある的に、様々な状況で矢を射る訓練をする。

 ほふくしながら、木の上から、強風降雨など、どんな状況からでも獣を狙う鍛錬だ。


「よし、次は対人訓練だ…って、そこ。勝手に始めるな」


 また槍や剣による対人訓練の時間もある。

 訓練用なので木製だが、当たり所が悪ければ命さえ失う。

 だが勇敢な部族の子どもたちは物おじせずに、ぶんぶんと木剣を振り回している。

 これは何より朝から根気のいる仕事が多かった子供たちにとって、一番人気の時間だ。


 オレはまだ五歳児がだ、もちろんぶんぶん振り回す。

 将来はこの森を抜け出て、外の世界にあるという王国で剣士や騎士になるのだから。


「ぷぷっ、君って本当に下手よね、剣は」


 同年代の対戦者にオレは苦笑される。

 あまり上手く剣は振れないけど、五歳児だから仕方がないだろう。



「おい、お前」

 

「ぼ、僕ですか」


「ああ、この午前にお前が採取したこの猛毒のキノコを、精霊神官様の館へ持って行ってくれ」


「はい、わかりました…」


 楽しかった木剣の訓練が終わると、女頭おんながしらにオレは呼び止められる。

 何でもあのキノコを神官に献上するから、当人が行ってこいというのだ。



「確か…ここの辺だったよな…」

 村の中央部にある“精霊母樹マザーツリー”の根元にオレはやってきた。

 相変わらずの巨木だ。枝が天空に向かってそびえており、根が大蛇の様に大地をっていた。

 この樹を中心にこの村は興され、森の精霊の母なる加護を受けてきたという。


 こういった“精霊母樹マザーツリー”がこの大森林には点々とあり、その麓に他の村も興されているのだという。


「よし、あったここが入り口だ…」


 太い幹を回り込みながら目的地であるこの村の精霊神官の館に辿り着く。

 館といっても一人暮らし用の小さな小屋だ。

 地表に荒々しく飛び出した“精霊母樹マザーツリー”の根の隙間に保護されるようにその館は建てられていた。


「す、すみません…失礼します…」


 大自然の草木のつるが絡まり、ようやく玄関だと認識できた扉をこっそり開ける。

 このつるのおかげで毎回場所が分かり辛いのだ。


 返事が無いので無断で中に入る。窓も草木でおおわれているので中は薄暗い。

 何度かお使いで来たことがあるが相変わらず不気味な館だ。お化けとか出てきそうだ。


「…ん?」


 暗闇に慣れて自分の目の前に誰かがいることに気づく。

 精霊神官の婆さんかな? いや違う、もっと小さな子だ。


「あなた、だれ…」


 その子は消える様な小声でオレに問いかけてきた。


「ぼ、僕ですか…僕はこの村の者で、今日は精霊神官さまにこのキノコを届けに来ました。女頭おんながしらさんに言われて…」


 そこにいたのは女の子だった。この村では見た事が無い顔の子だ。

 年頃は自分と同年代くらいだろうか。

 この部族では貴重な真っ白な生地な神官着を身につけていた。

 恐らくは見習い神官か何かであろうか。


「そう…わかったわ」


 表情を変えずにその子はうなずく。

 無表情で愛想がない……でも、どこか気になる。


(変わった子だな…これまでにこの村で見たことがないような…)


 同年代の少女というだけなら、この村にも何人か女の子はいる。

 基本的にはオレたちと同じように採取に勉学に訓練と男女の差はなく育っている。


 だがこの少女はこの世界に来て…いや、現世も合わせて初めて見るタイプの女の子であった。


(微かな照明に照らされて…透き通るような…白い肌の子だな…)


 第一印象で思わず目を奪われてしまった原因はそこだった。


 暑い地域に属するこの大森林で、日焼けした健康的な素肌は標準装備だ。老若男女を問わずにだ。

 だが目の前の少女はまるで生まれてから一度も、日の下に出たことが無いと思ってしまう程に透き通った白い肌をしていた。


(か、可愛い子だな…)


 そして目を奪われた最大の理由・・・オレの率直な感想はソレだった

 少し伸びた髪を二つに結い、大きな瞳でこちらをジッと見つめている。

 深い森の碧色みどりいろのつぶらな瞳だ。


「あなた…なにか、へんね…」


「えっ、ぼ、僕ですか…」


 その子はオレを見つめながら小さく呟く。

 初対面で失礼な言葉だが、この子が発するとなぜか心地良い。


「…………」


「…………」

 この薄暗い部屋の中で微かな光を浴び、雲ひとつない闇空に幻想的に輝く月の様に…そんな神秘的な趣きさえ醸し出している。



「なんじゃい、またお前か。何用じゃ」


 そのとき奥の扉が開き、しゃがれた老婆の大きな声が響く。


「あっ、精霊神官さま。このキノコを届けに来ました、女頭おんながしらさんに言われて…」


 神官の婆さんに不意をつかれオレは急いで用事を伝える。無断侵入ではないことを。


「ふん、“熊殺王茸くまころす おうのきのこ”かい…相変わらず、希少種を見つけてくるの…森豚か、お前の鼻は。ほれ、そこの棚にでも置いておけ」


 老婆は遠目でオレの持ってきたキノコの品種を鑑定し指示をだす。

 相変わらず偏屈で口の悪いバアさん。オレは少し苦手だ。


「……」


「ん。用が済んだら帰れ、小僧」


「こ、この子は、神官様のお子さんとかお孫さんとかですか…」


 こんな子は前までいなかったはずだ。どうしても気になるオレは控えめに尋ねてみる。


「ふん、小僧のくせに、もう色づきかい。残念ながらそうじゃないね。この子は知り合いに頼まれて、少しの間だけ預かっているのさ…さあ、用が済んだなら、帰った帰った。お前にいると“精霊”が乱るんじゃ」


 まるで塩でもまかれる勢いでオレは精霊神官の館から出される。

 オレが何をしたというのだろうか。最初から特に厳しい。


(それにしても…変わった…可愛い子だったな…また、会えるかな…)


 先ほどの邂逅かいこうを思い出す。この村の子じゃなかったのか。それに少しの間だけだって言っていたな。

 思い出すだけで胸がじんじんする。

 

 もしやこれは初恋だとでもいうのだろうか。


 五歳児のオレは、高まる胸を押さえながら館を後にするのであった。





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