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17羽:《流れる風》その3.

「ん?もう終わったのか・・・今回は早かったな」


 先ほどと同じ様に中庭で若い訓練生をしごいていた剃り頭の屈強な戦士は、本城から出て来た戦士《流れる風》の姿を見かけて声を掛ける。一人でいるところを見ると、先ほどの少年は城の中に残して来たのだろう。


「ああ、“獅子王”のオヤジ殿もあの子供ガキを気に入ってくれたみたいだ。教官としてお前にも世話になるな。後は好きな様に煮るなり焼くなり好きにしろ」


「そんな事をしたら新人は三日も持たないで“森鍋の具”になっちまうぜ、ガッハッハ!」


 教官でもある剃り頭の戦士は、心底面白そうに地鳴りの様な笑い声を上げる。一方、戦士《流れる風》は相変わらず笑えない旧友の冗談に、軽く口元に笑みを浮かべる。


「《流れる風》よ、そう言えばお前はこれからどうするのだ?折角だから大村ここで少しゆっくりしていくのだろうがよ」


「ああ、そうしたいのは山々だが、最近になってまた森が少し騒がしく成ってきている。《岩の盾》とアイツ等に声を掛けて、大森林の奥地の様子を見に行こうと思っている」


 《流れる風》は南の方角を見つめながらそう呟く。


 ここが見晴らしの良い小山も設けられた山城とはいえ、この距離では目視出来るはずはない。だが、不穏な空気というのは時に目以外で感じる事もある。


「ふむ、大神官の婆様もそんな事を言っていたな・・・何かあればワシも駆け付ける、用心せいよ」


「危なくなったら逃げて来るさ・・・じゃあ、またなハゲ野郎」


「ハゲではない、剃っているのだ」と、またもや大声で笑いながら、剃り頭の大男は強引に《流れる風》と固い別れの抱擁ハグをする。


 「相変わらず暑苦しい奴だ」そう言葉では心底嫌そうな返事をしつつ、《流れる風》もその抱擁ハグを軽く返す。




・・・・・・




 「何だい“風”の坊やが日に二度もここを訪れて来るとは、こりゃ天変地異でも起きるんじゃないか」


 「婆さんが死ぬ前に、もう一度くらいは顔を拝んでおかないとな寝付きが悪くてな」


 “元始はじまりの樹”のふもとの精霊神官の館を再度訪れた《流れる風》は、この館で最高位にあたる老女と軽口を叩き合う。彼がまだ幼い頃から数えて二十年近く、こんな感じで付き合っているのだから今更丁寧に接する方が難しい。


「それにさっきは急いでいたからな。折り入って婆さんに頼みがあって来た」


「頼み?随分とお前さんらしくない物の言い方じゃの」


 長年の付き合いで《流れる風》の表情がいつもと違う様子に、老女は声の質を変え尋ねる。


「婆さんも感じているかと思うが、最近また森の奥が騒がしい」


「ああ、そうじゃの・・・精霊たちが何かを訴えようとザワついている・・・」


「そんな訳でこれから昔の仲間ダチを集めて、森の“最深部”に一度様子を見に行こうと思う。まあ、そんな顔をするな婆さん、何もアレを掘り起こそうって訳じゃねえ。少しだけ様子を見に行くだけだ」


 柄にもなく目を細め心配そうな表情をした老女に《流れる風》はそう答える。


「そうか・・・無理はするな。それから“魔”に魅入られてはならんぞ。ワシもお前を“浄化”して消したくはないのでの」


 大神官である老女は自分の愛用の精霊の杖に手を掛けそう呟く。この杖で浄化された“魔”は、次の時代でも生まれ変わる事もなく永遠の“無”となるのだ。


「ああ、戦う事より逃げる方が得意だからな、その辺は任せておけ・・・何しろ“風”だからな、オレは・・・じゃあ、行くぜ」


 《流れる風》は要件が済んだとばかりに、出された水に口も付けずにそう言い残し席を立つ。これ以上残っていても婆さんの口うるさい小言が続くだけだ。


「オジ様、お気を付けて・・・」


 部屋を立ち去ろうとする《流れる風》に、老女の後ろに控えていた少女が小さな声で言葉を掛けてくる。透き通る様な白い肌と大きな瞳が印象的な神官見習いの少女だ。


「ああ・・・お前も早く一人前になって。この婆さんを心残りなく精霊界に逝かせてやりな」


 《流れる風》は目元に笑みを浮かべ少女の頭を撫でてやる。少女は「うん」と返事をし、不器用ながらも喜びの表情を浮かべる。


「ふん、ワシはまだまだ死なんぞ。ところでお前さんの“頼み”はまだ聞いとらんが、何じゃったのじゃ?」


 扉を開け部屋から立ち去ろうとする口の悪い男に、老女は意地悪く尋ねる。


「ああ、そうだったな・・・何かあった時は子供ガキたちの事を頼んだ」


「勿論じゃ。最初からそう言えばいいのに、捻くれ者め」




 ブツブツそう呟く大神官に背を向けつつ、《流れる風》は右手を上げ返事をし、その部屋を立ち去って行く。




・・・・・・・・・・・・・





(さてと、これでこの大村にはもう用はねえ)


 戦士《流れる風》は人目を避け、大村の裏通りを進みながら出口となる村の城門を目指す。顔見知りに会えばその分だけ挨拶をする面倒が増える。特に戦士団に所属する連中は話が長く、尚且つ暑苦しいので本当に困る。


 城門が近付きふと後ろに目をやると、先ほどまで自分がいた山城がある小高い丘が見える。


(あの子供ガキの奴、今頃はきっとハゲ野郎の暑苦しい歓迎を受けて、悲鳴を上げているだろうな。ご愁傷様だ)


 戦士《流れる風》が《魔獣喰い》と名付けたあの少年の面倒を見るようになってから、三年間ほどの年月が経った。元々のきっかけは自分の育った村長の命令で仕方がなくだ。


 狩りや獣退治があれば一緒に連れて行き、村に帰って来た時は弓や剣の稽古で動けなくなるまでしごく。それ以外の時間は面倒も見ずに放置。ただそれだけの事だが《魔獣喰い》もよくもった方だ。


 何しろ自分と行く狩り、そして稽古の厳しさは半端ではない。


(まあ、よく続いたもんだ)


 歴戦の大人でも狩りの途中で命を落とし、剣の訓練の途中で根を上げる者もいた。


 何しろ自分たちの狩組は手の付けられない凶暴な獣や魔獣が専門であり、また依頼されて行く先も険しい山岳地帯や森の最深部に近い秘境なんかもある。


 連日連夜に渡り強行軍で深い森を越え、水や食料を我慢し息を殺して潜み獣をひたすら狩る。屈強な身体と何事にも屈しない鋼のような意志がなければ続かない。


(自分で言うのも何だがまさにここは“ハズレ”の狩組だ)


 それをあの子供ガキはまだ子供ながらも、何とか懸命にこなし後ろを付いてこなしていた。獣に襲われ崖に落ち危ういことも何度もあったが、執念みないなもんでそれを乗り切っていた様に感じた。


(馬鹿な奴だが狩りの才能“だけ”は有る方だったな)


《魔獣喰い》が獣を狩る時には大人でも目が覚めるよう強烈な矢を放ち、キツイ狩り場の形勢を一気に決める。この三年間は同じ組のアイツを意識して、珍しい獣や凶暴な獣などが生息する地域を訪問し種類の獣と対峙した。


(そう言えば、“魔獣”もな・・・)


 “魔獣”は本来なら自然界にはいない獣だ。


 大森林の獣に“魔”が憑依し、個体が突然変異し凶暴になり人を襲うとされていた。魔獣化すると獣の身体が格段に大きくなり、皮膚も金属の様に硬質化し牙や爪も大きく鋭くなる。


 魔獣を狩るにはその奇怪な動きを先読みし、強烈な一撃を急所に的確に打ち込まないといけない。この部族の歴戦の狩人でも苦労する相手だ。


 だが、あの子供ガキいつも通りに何事もない様に的確に当ててやがった。


(まぁ、実際に弓技だけなら大したヤツだ)


 最初はお荷物なだけだったが、三年経った今では同じ狩組の奴らもあの子供ガキを認めていた。年頃もあってか自分の息子のように可愛がりながらも、一人前の狩人として認めていた。


(オレにとってはクソ生意気で気味の悪い子供ガキだがな)


 いつも気を抜いて何かを考えながらボーっとし、ブツブツ独り言を言っていやがる。


 更にはその食欲と貪欲さは尋常ではない。森で狩った獣の内臓とかの腐りやすい部位はその場で食っちまう。そんな食事の時はいつも目をキラキラさせて、アイツは大人顔負けの量を食っていた。


(本当によく食う・・・しかも実に美味そうに)


 そしてオレが一番度肝を抜かれた事もあった。


 なんとあの子供ガキは“魔獣”の肉をこっそり食っていたのだ。魔獣の肉の見た目は普通の獣と同じで美味そうに見える。


 だがそれには毒となる“魔素”が含まれている。とてもじゃないがともて食えた物ではない。その証拠に果敢に食ったヤツを昔見た事があるが、その後は三日三晩に渡り苦しみ転がっていた。


 そんな危険なん肉をオレたちの目を盗んでコッソリむさぼり食っていたのを、オレは見逃さなかった。そして次の日には何事も無かったかの様に元気にしていたのだから、驚くなと言う方が無理な話だ。


(マジか・・・どういう身体の構造をしてやがるんだ)


 呆れて精霊神官の婆さんにも“見せて”みたが、特に特異な事は見つからなかった。まあ、この子供ガキに関しては常識で考えない方が、自分の為だとオレも学んでいった。

 

《魔獣喰い》って名前も冗談半分でそこから自分が命名してやった。後からになってその由来に軽く後悔はしていたがな。




 その後も色々とあった。


 いきなり村での酪農開始を提案してきたり、村の同年代の子供ガキたちに目をつめられたりと、何かと忙しい奴だった。まあ、たまには手伝いもした。


 本当なら放っておきたかったが、そうしたら更に面倒になりそうだから、仕方がなくだ。


(そう言えば剣の才能は皆無だったな・・・なのにいつも必死に鍛錬してたな)


 自分と同じ狩組になり実践の経験もあってか、弓術や隠密術は村のガキ共の中では群を抜いている。いや実際には大人顔負けなモノもある。


 だがそれに比べて“剣術”はパッとしない。


 気合いや努力とかの問題ではなく“才能が無い”の一言に尽きる。


 まあ、剣技の才能が無くても、接近戦なら斧技や槍技なんかもあるから、そちらを鍛錬しれみればいい。だが何故アイツはたすら自分に剣技を請い不器用に鍛錬を行う。


(よく分からないが、他人には分からない剣技にこだわりがあるんだろな)


 それ以外の稽古も言いつけ通りに毎日はサボらずに行っているようなので、その辺は放置しておいた。




 そんな《魔獣喰ヤツい》も十歳になり、いよいよ大村に連れて行く事になった。


 大森林の部族では村の中で才能のある子供はこの年頃になったら、大村の城に連れて行きそこで数年間は専門的に訓練を受けさせる。大森林の次世代の守り手として育てるのが目的だ。


 訓練が終わったら元の村に戻ってくるヤツもいるし、そのまま大村や要所の砦警護に残るヤツもいる。アイツの場合は“拾い子”なので育った村に執着はなさそうだし、丁度いいのかもしれない。


 表面上は優等生を気取ったクソ生意気な子供ガキだから、どこに行っても生きていけるだろう。


(面倒を見てやるのも“今日”が最後だ)





 《流れる風》は背中に嫌な気配を微かに感じつつ、大村の城門を出て行くのだった。






・・・・・・・・・・・・・・・・・




「さて、この辺でいいか」


 《流れる風》は辺りを見渡しながらそう呟く。


「ったく、何でオレはこんな面倒臭い事をしているんだか」


 数刻前に大村の外周を覆う外壁の城門を通り過ぎ、本来なら森の奥深い所に進みている頃だろう。時間も手間も惜しいので、当初から面倒な子供ガキは王城に置いて、自分はさっさと次の目的地へ進むと決めていたはずだった。


「歳か・・・オレも甘ちゃんになったもんだな」


 普段は独り言を呟く習慣は無い。《流れる風》は珍しく自分自身を愚痴りながら、大村の外れにある人気の無いの開けた場所に辿り着く。


 周囲に民家や人の気配はなく、あるのは自然のまま生えている木々だけだ。この周囲には人の気配はなく、野鳥や虫の鳴き声のさえずりがうるさいくらいだ。


「さて・・・そろそろ出て来たらどうだ」


 《流れる風》は誰もいないはずの“空間”に向かって、キツイ口調で言葉を投げる。彼に同伴する者がいたとしたら、「この周囲には誰もいないぞ」と進言するだろう。


 それは身体能力に優れ気配に敏感な森の民なら誰でも思う事である。更にそれ以上に人の気配を事嫌う野鳥たちの鳴き声が途切れない事がそれを証明していた。


「前から“気配を消す”の得意だったな、お前は」


 そう言い終わると共に《流れる風》は木々の間を狙い矢を放つ。予備動作が一切ないまさに奇襲の一矢である。最近は弓術だけには自信を持ち始めていた《魔獣喰い》が、こっそり真似して未だに習得出来ない達人の一撃である。


 だが何も無い空間でその矢はピタリと止まる。まるで一時停止映像の出来の悪い魔術マジックでも見ている様な違和感である。


『・・・いつから僕に気付いていたのかな。それよりも気付いていたのなら、そのままこの大村を離れて行けばよかったものを』


 それまで誰もいなかったはずの木々の木陰から、そんな言葉と共に人の気配が湧き出る。突然の人の気配の出現に、森の木々の鳥たちは一斉に逃げ出す。


 その者の手には先ほど《流れる風》が放った渾身の矢が握られている。信じられない話だが“素手”で英雄《流れる風》の強矢を受け止めたのだ。


 歳はそれ程はいってはいない。木陰から音も無く現れたのは、《魔獣喰い》と比べても数歳しか変わらないだろう青年であった。


「面倒な事は嫌いだが、中途半端はもっと嫌いなんでね」


 《流れる風》手に持つ弓矢を地面に放り投げ、代わりに腰に差す剣を抜く。どのみち“コイツ”が相手だと遠距離からの攻撃は有効打にならない。この剣ですら当たるとは思えないが。


『相変なひねくれ者だね、貴方は。ん?もしや、この僕に刃向かうつもりかな、その様子だと』


 剣を構えこちらにジワリと近づいて来る《流れる風》に、その青年は問い掛ける。


「怪しい奴に刃向かっちゃ悪いのかよ。さっき大村に入る前に、あの子供ガキを襲ったのもお前だろうが」


 《流れる風》は辛口の言葉を飛ばしながらも、その顔はかつてない程に真剣だ。よく見るとその額には小さな汗が浮かんでいる。


『ああ、そうだよ。貴方が新しい弟子をここに連れて来るという情報が耳に入ったから、どんな子供か試したくなったんだ。そんな顔をしないでよ、“兄弟子”としての親心みたいなもんさ』


「"人”みたいな台詞を吐きやがって。それで、どうだった?」


 挑発しながら相手の言葉を引き出し、少しでも隙を見つけようとするのは《流れる風》の常套手段だ。だが相手は動揺した様子すらない。更に問いを続ける。


『うーん、少し勘はいいみたいだけど、それ以外は凡庸以外の何者でもなかったね・・・あれは弟弟子として相応しくないね』


 まるで買った動物の血統の出来が悪かったかのようにサラりと少年は呟く。冷淡な言葉とは裏腹に、その目には冷酷で残忍な炎が宿る。


「成る程・・・相応しくないね。だったらどうする?」


 少し声を変え、《流れる風》は相手に気づかれない様に距離を縮める。


『いらないモノは“消す”に限るね。玩具おもちゃは・・・』


「人は玩具じゃねえよ!」


 相手の言葉が終わる前に一気に間合いを詰め、《流れる風》はその青年に斬りかかる。反射神経に優れた腕利きの戦士であっても、反応すら間に合わない神速の一撃だ。


『珍しいね・・・貴方が一人の子供にここまで固執するなんて』


「ちっ、化け物め!」


 必殺の一撃が“素手”で受け止められ《流れる風》は眉をひそめ舌打ちをする。


 そしてそれを予測していたかの様に、更に気合いの声と共に激しい剣の連撃を繰り出す。だが、その全てを青年は何事も無かったかの様に全て素手で受け流し、余裕の笑みすら浮かべている。


『“化け物”とは失礼だね・・・この樹闘術ガイアークだって貴方が僕に教えてくれたのに・・・』


「ああ、そうだったな、後悔しているぜ、全くよ」


 教えたのは基本と理論だけだ、それをここまで自由自在に操れるのはこの青年の“力”の所以だ。それを打ち断つべく、《流れる風》は更に剣の回転の速度を上げて攻撃を増す。剣速もそうだがその一撃一撃は信じられないほそ重く鋭い。


「ちっ!」


 傍から見ていると異様な光景である。


 目にも止まらぬ剣速で連撃を繰り出す英雄《流れる風》の攻撃を、相手の青年は全て“素手”で受け流しているのだ。


「ふう、やっぱり“この剣”では無理か・・・止めだ、止め」


 自分の剣術が全く通じない事に《流れる風》は見切りを付け動きを止める。このまま打ち込んでも自分の体力を無駄に消費するだけだ。腕利きの戦士として諦める勇気も彼は持ち合わせていた。


「何でお前みたいな危険な存在を“獅子王”のオヤジや、ハゲ野郎のいる戦士団も見逃しているんだか・・・」


 《流れる風》は少し距離を取り、先ほどの攻防ですら息一つ切らしていない目の前の青年に問い掛ける。半分諦める掛けている様子にも見える。


『それは決まっているよ・・・この状態の僕に誰も勝てないからね。まあ、基本的にはこうして手を出して来ない限りは、僕は“人森無害”だという事もあるけどね』


 青年は自信に満ちた表情で、尚且つ天真爛漫な少年の様な無邪気な笑顔で答える。


「人森無害、確かにそうだよな・・・だったらオレも何でこうやって掛かっていってんだか」


 自問自答するかの様に《流れる風》は自分の無謀な行動を自笑する。天に向かって唾を吐く、自分の愚かな行動に対してだ。


「くっくっく・・・ああ、そうだ・・・思い出した。あの子供ガキに手を出されたからだ・・・」


 いつもの冷静さを失っているのか、それとも演技なのか《流れる風》は支離滅裂な言葉で自分自身に話かける。彼を知る者なら気が狂ったとも思える事だ。


「たかが三年間だけ面倒を見ていた見習いの子供ガキに手を出されて、尚且つそれを“消される”と宣言され、こうして敵わない存在の相手と対峙しているのか・・・」


 自問自答・・・というよりは自分に言い聞かせ、何かを宣言するかの様に呟く。


子供ガキを預けてきて、自分自身にこう言ったんだ『面倒を見てやるのも“今日”が最後だ』と・・・」


 先ほどまで諦めようとして雰囲気を醸し出していた《流れる風》の様子が変わる。その右腕から・・・いや、全身から何かが揺らめき湧き出てくる。


「まだ、“今日”という日は終わっちゃいねえよ」


『ま、まさか・・・あんな凡庸な人に固執するなんて・・・まさか奴は!?』


 先ほどまで余裕すら感じさせていた青年は気配の変った《流れる風》に恐れおののく。そして自分の推測に言葉を最後は詰まらせる。


 この気配だけはマズイと本能が知らせる。彼自身もかつて教えを乞いた師匠《流れる風》が、これ闘気をみなぎらせたのを見たのは“一度”だけだった。


 そう・・・自分の肉体が消滅させられた“あの時”に一度だけだ。


『“精霊剣”も無しにそれは無理だ・・・また力を失うぞ』


 無意識的半歩下がりながら青年は《流れる風》に助言にも似た命乞いをする。


「馬鹿か・・・オレが“剣”を持ち歩いていたら、お前が警戒して近付かないだろうが。いくぞ」


『まさか・・・最初から罠だったのか・・・』


 その言葉を最後まで言う事も出来ず、青年は自分が誘い込まれて嵌められた事に気付きながら再び“無”へと消滅していくのであった。





・・・・・・・




「痛ってて・・・くそっ。指一つ動きさえしねえ・・・」


 深い森の開けた草むらに仰向けに成りながら、《流れる風》は言葉通りに動けずにいた。


 全身の力を・・・全身全霊を使い切り、まさに渾身必殺の一撃を繰り出したのだ。


「前の時は寝たきりで一年間・・・女を抱ける様に動ける様になるまで一年・・・剣を振るえる様に成るまで・・・どうだったけ?」


 細かい事は覚えてはいないが、とにかくこの“全力”は消耗が激しい。激しいだけならマシな方であり、普通の人なら耐え切れず自滅だ。


「ったく、オレも森の英雄だか何だかんだ知らねぇが・・・軟弱で情けねぇぜ・・・」


 身体を全く動かせないまま、《流れる風》は自分を卑下する。だが、この男でなければ先ほどの青年を倒す事は勿論傷、ひとつ負わす事すら出来ないのだ。


「さっきの様子だど、また完全には消す事は出来なかったみたいなだ、オレには・・・」


 先ほどの青年を全身全霊の正に渾身の一撃で消し去りながらも、《流れる風》は完全な手応えは感じていなかった。


「また、数年後には奴も蘇って来るんだろうな・・・ったく、本当面倒臭い・・・」


 完全に肉体と精神を消滅させ、精霊神官が封印しようしても復活する相手なのである。まさに人外の存在となった相手だ。


「数年後・・・だが、その頃にはあの子供ガキも成人だ・・・」


 身体が全く動かない《流れる風》は勝ち誇った様にそう呟く。


「くそ生意気で、頭の悪い馬鹿で、うす気味の悪い子供ガキだ・・・だが、不器用で愚直で自己鍛錬を惜しまず、奢らず例え相手が誰だあろうと屈しない・・・子供ガキだ、《魔獣喰い》は」


 本当なら今後も自分が師匠として付きっ切りで修練を課してやりたかった。だが、今回の様に“運命”が強い自分といても、何かと悪い奴らに目を付けられ色々とマズイ。


 あの甘ちゃんのままで、最後の“詰め”の決断出来ない大人に成るかもしれない。だがその時は、自分自身が“壁”になってやってもいいだろう。





「ああ、くそっ、痛ぇえな・・・大村の精霊大神官の婆さんあたりは、この騒ぎに気付いているんだろう。早く誰か助けを寄越してくれよな・・・このままじゃ、森の狼の餌になっちまうぞ」


 自分でも笑えない冗談を呟きながら、戦士《流れる風》苦笑いを浮かべるのであった。





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