16羽:獅子王の城 ★イラスト有り 精霊神官ちゃん
あとがきに『精霊神官ちゃん』ファンアート及びイラストがあります。
あくまで書いた方のイメージです。
個人のイメージを大事にする方は閲覧ご注意ください
「し、城だ・・・」
賑やかな大村の通りを抜け道も少し上り坂になった頃に、“城”は眼前に姿を表す。
その城は小高い山の山頂に築かれ、ここから見えるだけでも道中には大小様々な曲輪や砦が配置され、小山全体が複雑な構えを形成していた。
この麓からでも山頂の城の姿はすぐ目に入る。実際には断崖絶壁に剃り建つ本城に辿り着くまでは、尾根が設けられた何重もの砦の防御陣を突破しなければ辿り着けない仕組みになっていた。
「知恵のない魔獣は本城を目指しこの絶壁を駆け上ろうとして、上からの槍や落石の攻撃に殺られる。また辛うじて知恵を巡らせあっちの山道から頂上を目指そうにも、道中の罠や猛者揃いの城門で全滅だ・・・まあ、天然の要害を持つ難攻不落の城と言ったところだな、ここは」
目を丸くして明らかに興奮していた《魔獣喰い》ことオレに、戦士《流れる風》のオッサン詳しく説明してくれる。さっきの大村でのやり取りから、オッサンはこの城に在籍していた経験があるのだろう。
「本当だ・・・巧みに山の中に隠ぺいしているけど、隠し罠や迷い道が沢山ある・・・凄いな・・・」
「おいおい、初見でここの罠や迷い道を見抜いちまうのか。全く相変わらず可愛げのない子供だな、おい」
そう愚痴りながらオッサンは少し悔しそうな表情を浮かべる。恐らくは何も知らないオレを驚かせようとしていたのだろう。
「ふん、それならお前だったら、ここをどう攻める?」
オッサンは鼻を鳴らし更に意地悪くオレに聞いてくる。その顔はもはや迷路や謎解きを出題して相手を困らせる子供の其の物・・・相変わらずオッサンの方が大きな子供だ。
「いや・・・流石にこの山城に潜入は無理じゃないかな・・・せめてもう少し大人になってからじゃないと・・・」
この森の部族では幼い頃から様々な訓練を課せられてきた。その中にはこの様な難所に潜入する隠密訓練も有り、部族の者は無意識的に難所に忍び込む意識を植え付けられている。
恐らくだが今のオレでもちょっとした砦くらいなら簡単に潜入できるだろう。
その経験を踏まえてもこの山城の要害さは段違いだ。
「そうか、無理か・・・オレがお前の歳頃には一人でここに忍び込んだ事もあったぞ・・・まあ、その後は大人たちボコボコに叱られたがな・・・」
オレの出来ないという返事を聞き、オッサンはドヤ顔でそう答える。
「えっ、一人でここを?」
「ああそうだ・・・おい、そろそろ行くぞ」
あまりの規格外の答えにオレは思わず間抜けな声で返事をしてしまう。その反応に《流れる風》のオッサンは気を良くして山道の城門の方へと進んで行く。
(この山城を単独踏破かよ・・・)
本当かどうか怪しい内容だがこのオッサンなら有り得るかもしれない。何しろ《流れる風》と言えば、この森の戦士では知らぬ者は居ない勇敢な戦士であり英雄なのである・・・・オレは未だに信じられないが。
「ちょっ、オッサン待ってくれってば・・・」
オレは初めて見る山城に興奮しつつ、またもや置いて行かれない様にその後を必死で付いて行くのであった。
・・・・・・・
「門番の者から話は聞いています、どうぞお通りください。偉大なる戦士《流れる風》とそのお伴の方よ」
山頂の城に辿り着くまでの各所に設けられた城門で、屈強な戦士たちは礼の姿勢でこちらを出迎えてくれる。まあ、こちらというよりは一緒にいる《流れる風》のオッサンに対してだが・・・相変わらず戦士系には絶対的な人気を誇る。
それでも厳重な城門を顔パスで、オレは鼻高で気分はいい。何故ならオレもそんな《流れる風》のオッサンの直弟子だからな。
「おい、調子に乗るな」
そんなオレの浮かれ気分を超人的に様に察したのか、きついゲンコツが脳天に落ちて来る。相変わらず予備動作の全く無い避け難い恐ろしいゲンコツだ。
だがそれでも本城までの各所を守る戦士たちの雰囲気は浮かれて様子もない。一目見ただけ歴戦の戦士の気感が半端ではない。オッサンに敬意を払いつつ、万が一にでも敵にでも回ろうものなら容赦なくこちらを取り押さえてくるだろう。
まさにこの城を守る為に徹底的に鍛え込まれた戦闘集団である。
そんな緊張感のある雰囲気とゲンコツに気を引き締めたオレは、オッサンの後を付いて行きながら本城までの道中を観察する。麓から見ても険しい構えであったが、中に入ってみると更にその堅牢さが実感できる。
(さっきはもう少し大きくなったらここに忍び込めるなんて軽々しく言ったけど、こりゃ半端じゃない難攻さだな・・・オッサンは本当にここに侵入出来たのか!?)
断崖絶壁の地形を上手く使い、要所に土塁や柵に囲まれた曲輪に設置し侵入を妨げる。死角となりそうな所には見張り櫓も建てられており、恐らくは目のいい弓戦士が常駐している。
「おい、気を付けろ。その先の道外れには“即死級の罠”が有るぞ」
周りをキョロして進んでいるオレに、オッサンが注意を促す。見るとその言葉通り、その先には対魔獣用の強力な罠が仕掛けられていた。
森に住む獣が突然変異した“魔獣”は人知を超えた恐ろしい能力を持つ。だが、例え崖を駆け上る健脚を持つ異形の魔獣であろうが、その行く先に待っているのは袋小路の罠である。対人であっても同意であり、身体能力の優れたこの森の民であってもここに侵入するのは至難の技だろう。
(まさに攻めるに難し、守るに易しの天然の要塞だ・・・)
うっかり罠に落ちない様に気を付けながら、オレはオッサンの背中を追いかけ更に山頂へと進む。
・・・・・・・
「おい、着いたぞ」
そんなオッサンの声でようやく目的地に辿り着いた事をオレは知る。
道中は山城の各地を観察しながらの移動だったので結構な時間が掛かったが、直線的にはそれ程の距離は無いだろう。だが道中を守る戦士たちの威圧感や罠や城壁の圧迫感は、その何倍もの精神を間違いなくすり減らしていた。
「ここが・・・本城か・・・」
ようやく辿り着いた城の全貌を見つめオレはそう呟く。小高い小山の山頂に建てられたその建造物は、まさに“城”と言っても過言はない規模であった。
基本的に質素で実用的な物を好むこの森の部族で、無駄に大きな建物は少ない。そんな中で自分がこれまでこの大森林の中で見てきた人口建築物の中では、ダントツにこの本城は大きいで。
(城と言っても自分の記憶にある中世ヨーロッパの古城とは少し違うな・・・)
ここの城はこれまでの建造物と同じように、木材を組み合わせて出来た城であった。だが驚くべき事にここに使われている材木も、希少であり頑丈さがウリの“鉄木”が殆どであった。
「おい、半口開けてボーっとしてないで中に入るぞ」
オッサンの声で我に返り、その後を急いで追いかけて城門の中へと進んで行く。
屈強な門番が睨みを利かせる城門を過ぎると、目の前には大きな中庭が広がっていた。山頂部という事だが意外にも敷地内は広々している。本城以外にも小屋や宿舎の様な建物が数か所に有り、この本城の戦士団の規模を表している。
「えいっ!」
「とりゃぁあ!!」
そして丁度のその中庭で多くの戦士たちが実戦形式の稽古をしていた。
その訓練の動きを見ただけでも、彼らのその凄まじい実力の程が伺える。オレのいた辺境の村の訓練では感じられない激しい緊張感だ。全員の目つきというか雰囲気というか・・・強者揃いだ。
「おい、全員、訓練止め!」
オレたちの存在に気付いたこの場の責任者と思われる大男の、その地鳴りの様な号令で全員の動きがピタリと止まる。
そして、その大男は両手に二対の大戦斧を持ったまま、こちらにゆっくりと近づいて来た。その視線と目付きは鋭く、気の弱い者ならその場で腰を抜かしてしまう程の圧力は放っている。
「ふん、どこの誰かと思えば、音信不通の甲斐性無しの“風”野郎か・・・」
明らかに敵意剥き出しだ。
その剃り頭の大男は鼻を鳴らしながら、威圧的にオレの隣にいる《流れる風》のオッサンに言葉を投げつけてくる。
「・・・・・・」
一方でオッサンは無言を貫き、剃り頭の大男の目をジッと見つめている。更に相手も無言でオッサンの顔を睨み続けガンのぶつけ合い・・・この場に一触即発のピーンと張り詰めた緊張感が走る。
(くっ、まさかここまで来て・・・やり合わなきゃいけないのかよ・・・)
オレは腰に下げている愛用の手斧と弓矢の存在を確認する。状況によってはここにいる戦士団の全員が敵に回る可能性がある。
(万が一の時は、今来た山道を戦いながら退避するか・・・それともこの本城の裏の断崖絶壁を駆けおりるか・・・いや、相手の長を人質に取って交渉するか・・・)
幼い頃から訓練されている甲斐もあり、オレは瞬時に様々な逃走経路を想定する。精鋭に囲まれ多勢に無勢、オレ一人なら圧倒的に絶望的な状況だが、今はオッサンが隣にいてくれる。
普段はマイペースで負けず嫌いな子供の様なオッサンだが・・・いざという時の決断力の早さと、戦闘能力の高さは桁違いだ。英雄《流れる風》の名は伊達ではない。
オレは周囲に全神経を集中しつつ、いつでも飛び出せるように全身の筋肉に待機の指令を送る。
「ぷっ」
突然、何の前触れもなく何かが吹き出す様な空気が漏れる音がする。何かの威嚇音か?
「くっくっくっ・・・」
続いて森の蛙が夏夜に鳴く様な声が続く。
(・・・何だよ・・・)
それが堪え切れない笑い声が溢れ出す前触れだという事にオレは気付く。先程まので警戒態勢を解く。
「ぷっ、ハッハッハ!相変わらず冗談の通じない奴だな、《流れる風》よ!」
「ふん、ハゲ。お前の冗談は洒落にならないんだよ」
「ハゲではない、剃っているのだ」と大笑いで答えながら、剃り頭の大男は強引に《流れる風》のオッサンの肩を組みご機嫌な笑みを浮かべる。
「全員、引き続き訓練再開!」
副長らしき男がその光景を見て引き続き訓練の再開を指示する。その様子から上官である剃り頭の大男の、この冗談は日常的なやり取りなのであろう。おかしな上を持つ苦労・・・心中を察する。
「ん?何だこの小僧は?」
剃り頭の大男は今頃ながらオレが目に入ったのか、肩を組みながら一緒に城内に進むオッサンに問い掛ける。小さくて存在感が薄くて本当に申し訳ない。
「こいつか・・・そうだな・・・昔のオレみたいなモンだ。これからオヤジ殿に“顔見せ”に行く」
「こいつが、昔のお前・・・」
さっきまで冗談めいていた大男は、急に真剣な顔付きでオレの全身を値踏みする様に見て来る。筋肉隆々のハゲオヤジに見つめられても嬉しさは皆無だ。
「オヤジ殿は気難しい・・・何とか生きて戻って来な、坊主。それにさっきはいい気迫だったぞ。」
オレが密かに戦闘体勢に入っていた事に気付いていたのか、剃り頭の大男はまた無邪気な笑みでその場に残りオレたちを見送る。
(《流れる風》のオッサンといい、この大男といい、“死”を彷彿させてくれるよ・・・本当に・・・それに“オヤジ殿”って・・・)
城内の大広場で見送られながら、オレと《流れる風》のオッサンは中庭を過ぎ城の中で一番大きな建物に入る。
・・・・・・・
(日本風に言うなら“本丸”かな、ここは・・・)
城内に入りつつ、心の中で《魔獣喰い》ことオレそんな感想を漏らす。
頑丈な鉄木製で各所が組まれ堅牢な城内である。彩光性もあり中は意外と明るく広々としていた。城内の要所には外と同じ様に、屈強な戦士が番兵として外部からの怪しい者がいないか睨みを効かせている。
誰の案内もなく《流れる風》のオッサンはぐんぐん進んで行き、突き当りの部屋に辿り着く。
「ここで待っていろ」
勝手知ったる場所なのであろう、そう言い残しオレをその部屋に一人残し、更に奥の部屋に誰かを呼びに行ってしまう。
(誰かを呼びに行ったのか・・・さっきのハゲ大男との会話だと、“オヤジ殿”と呼んでいた人みたいだけど・・・)
いったい誰がこの部屋に来るんだろう。
そして、そもそも今回オレはこの大村には何をしに来たんだろう?今更ながらそう疑問に思う。
オレの育った村の村長の爺さんとオッサンの会話では、何かをこの大村に届ける簡単な旅だと思っていた。だがこの大村に近付き、城を進みにつれその思惑はどうやら違うようだ・・・いくら鈍感なオレでもそれは薄々気付いていた。
何だか少し緊張してきた。
(それにしても殺風景な部屋だな・・・壁に大きな獣の皮が一枚だけ飾っているだけで・・・)
椅子もテーブルの何もない、ただ壁に毛皮が垂れ下がっているだけの生活感を感じさせない部屋である。
(ん?これは・・・)
何もする事がないオレは、壁のその獣皮に眺めふと気付く。
その獣の毛皮の模様は自分も見た事がある毛柄だ。“森獅子”という種類の獣で、雄が数頭のメスを従え群れを成し、草食獣や時には森の民すら襲う事もある恐ろしい獣だ。だが、大人の狩人なら弓矢や罠を使い、数人で取り囲めばそれほど脅威ではない。
普通の大きさならだ。
その壁に掛けられていた“森獅子”の毛皮の大きさは、明らかに自分の知る常識の範囲を遥かに超えていた。普通の獅子の数倍、それこそ“赤熊”にすら匹敵する巨躯だ。
(魔獣か・・・)
ここまで異様に巨躯なの理由はひとつしかない。それは恐らくは魔獣化した“森獅子”だろう。森の獣に“魔”が憑依すると突然変異が起こり、例外なく巨躯と成り性格も凶暴となる。時には摩訶不思議が能力も備わり、森に住む者にとっては手の付けられない魔獣だ。
更にはその毛皮は脳天から尻尾の先まで一刀両断された跡がある。よく見極めないと気付かないほどの見事な一本の切り口の刃跡だ。
(殺した“森獅子”の魔獣を真っ二つに切ったのか・・・いや、違う・・・この刃跡は生きていて襲い掛かって来た“森獅子”を、真っ正面から一刀両断した跡だ・・・)
狡猾で凄まじい後脚力を持つ“森獅子”を剣で捉え辛い事を、一度は対峙した事がるオレは知っていた。弓矢で狙おうにもこちらの射線を先読みして襲い掛かって来るのだ。
更には別の獣ではあるが《流れる風》のオッサンと共に魔獣化した獣と対峙し、その恐ろしさも身を持って知っていた。“普通”の武器はその固皮を貫く事すら出来ないのだ。
「一刀両断・・・」
その事を思い出し背中にゾッとする様な寒気が走る。この“森獅子”を切り裂いた者は、明らかに自分がこれまでに相対した事が無い程の・・・人外の豪気と狂気の剣技の持ち主であろう。
(《流れる風》のオッサン級か・・・いや、剣技だけならオッサンを上回る戦士だ・・・)
何だかんだ軽口を叩いてはいたが、オレも自分の中でもいつの間にか戦士《流れる風》を誇りに思っていた。何故か分からないが、言い表せない悔しさが込み上げてくる。
「それはいい物であろう」
「ええ、凄いですね」
「三十年も昔にだが“密林の覇王”と呼ばれた“森獅子”が魔獣化し、部族の多くの民を喰らった・・・まさしく最悪の魔獣だった」
「やっぱり魔獣・・・」
「被害を最小限に抑える為に村を代表し、我が一人でその魔獣の眼前に対峙した」
「一人で魔獣と・・・」
「激しい戦いであった・・・そして僅差であった。我は何とか全身全霊の一刀でこの森獅子を倒す事を成した」
「オジサンがこの魔獣を・・・本当に凄いんだね」
まるで村の爺さん婆さんたちが語る英雄譚に出て来る様な、心躍る物語である。
この森の獣の荒々しさを、そして魔獣の恐ろしさを、この身を持って知っているオレは、その話を聞かせてくれたこのオジサンの武勇に素直に敬意を表する。
(ん・・・オジサン?)
そこでオレは気付く。
何時の間にかオレの隣に大柄の年配の男が立っており、この森獅子退治の話を語っていてくれていた事に。あまりに自然過ぎて全く違和感が無かった。
そして驚愕する。さっきまでオレ一人しか居なかったこの部屋に、何時の間にかこの大柄なオジサンが入り込んでおり、しかも一切の気配を感じさせずに自分のすぐ隣に立っていた事に。
(なっ!?気配を消すとはそんなレベルじゃないぞ・・・)
恐らくはこちらの呼吸やら思考やら読まれて、その意識の隙を突かれたのだろう。その気になっていたらいつでもオレを殺れたに違いない。
「やっぱり・・・凄いねオジサン」
桁違いの実力差に諦めがあった訳ではない。素直に相手に敬意を表する。だがそれと同時に何故かこのオジサンにはオレの危険信号が点滅しない。
その大柄なオジサンの全身をチラリと観察するとは、年齢こそは結構いっている感じがする。それこそ野性の獅子の様に髪が逆立ち、無駄なく鍛えられた全身に獣の毛皮や牙爪の装飾品の身に着け、その貫録感が半端ではない。
ひと言でいうならば“王者”の貫録がある。
「オヤジ殿、探しました。ここに居たんですね」
そんな声と共に先ほど誰かを呼びに行った《流れる風》のオッサンが、部屋に戻って来る。数人の森の戦士を引き連れて。そしてなんとオッサンは片ひざを付き、この森の仕来りで言うところの最高礼の姿勢をする。
(マジか・・・)
オッサンに引き続き、後ろの戦士たちも習い片ひざを付く。それにしても唯我独尊のわがままなこのオッサンが相手に敬意を払うのを初めてオレは見た。
「オッサンお帰り・・・ところで・・・その・・・この人は?」
オレは隣に立ち威厳ある気を出すオジサンに視線をチラリと送り、片ひざを付く《流れる風》のオッサンに質問する。
「この人・・・この方こそ、大森林の全部族を総べる王の中の王・・・大族長“獅子王”だ」
いつになく真面目な顔のオッサンはさらりとそんな事を口に出す。その顔はオレを驚かせよう嘘をついている感じは無く至って真面目だ。
「し、失礼しました!」
オレも慌てて真似をして片ひざを付き目線を下に逸らす。
何しろさっきまで気軽に話をしてオジサンが、この武闘派揃いの森の部族で一番偉い人であり強い人なのだ。その名が示す通りにまさに“王様”なのであろう。
下手したら戦国時代の様に不敬罪で処罰、最悪だと打ち首獄門なんかもあるかもしれない。その時は頭を土の地面に擦り付け土下座でもするか。
「気にするな若者よ・・・名は確か・・・」
「《魔獣喰い》だ、オヤジ殿」
頭を下げ緊張のあまり何も言葉を発せないオレに代わりに、《流れる風》のオッサンがそう答えてくれる。
「《魔獣喰い》だと・・・まさかアノ時の赤子か?」
「ああ・・・どうやらそうらしい。だが今はこの通り生意気なただの子供だ」
“獅子王”と呼ばれている王はその名を聞き、始めて動揺してピクリと反応し声のトーンを変える。そして目を瞑り何かを考え始める。
「ここに連れて来たという事は・・・そういう事か・・・」
「ああ・・・そうだ」
何やら意味深な会話を二人でしている。だが“アノ”とか“ここ”とか“そうか”とは隠語が多すぎて意味不明だ。だが最後の“ああ”の言葉には嫌な予感しかしない。
「どれ、試してみるか」
《流れる風》のオッサンとの会話が終わると、王様のそんな呟きが耳に入る。
(ん?試す・・・って何をだ?)
不可思議にそう思うっていると次の瞬間、目に見えない“何か”がこの部屋を覆い尽くす。全身を圧迫する張り詰めた・・・嫌な感じだ。
そしてその直後、この部屋に入室していた屈強な戦士たちが唸り声を上げ、呼吸が止まりながらその場にうずくまる。顔じゅうに脂汗をかいて明らかに苦しそうだ。
(一体何が起きているんだ・・・)
唯一この場で無事でいたのは、歯を食いしばり何かに耐えている《流れる風》のオッサンと、先ほどの穏やかな表情とは打って変わって、“戦鬼”の様な険しい顔つきで仁王立ちしている“獅子王”の二人だけだ。
(・・・どう見てもこの“獅子王”が皆に何かをしているのには違いないが・・・)
オレは片ひざ付いたままそう考察する。だが何事も無かったかの様に視線を下に向けその光景から顔を逸らす。動いてはいけない状況だろう。
「ほう、“これ”受けて正気を保てるのか・・・いや、全く効いていないのか」
その言葉と共に部屋を覆っている威圧的な空気は消え去り、倒れ込んでいた戦士たちも再び呼吸を開始しゆっくりと立ち上がる。
「これで“ただの生意気な子供”か?」
「ああ・・・これ位なら可愛いもんだろう」
「これもまた運命か・・・よし、この城で預かろう」
《流れる風》のオッサンとそんな会話を交わし、“獅子王”はそんな言葉を残し共に立ち上がった護衛の戦士と共に部屋を去って行く。
(さっきの一体何だったんだ・・・)
《流れる風》のオッサンと共にその部屋に取り残されたオレは、深い深呼吸してその場に呆然と立ち尽くす。荒れ狂う台風が一瞬で過ぎ去ってしまった様な脱力感だ。
「そういう事だ。それじゃあな・・・元気で頑張るんだぞ」
「へっ?」
オッサンはオレの肩をポンと叩きそう声を掛けてくる。一方の声を掛けられたオレは、意味が全く分からず間抜けな声を出してしまう。
「今後の詳しい事は担当の教官がこの部屋に来るはずだ。死しない様に・・・精々頑張りな」
「あっ、ちょっと待ってよ・・・」
そう言い残しオッサンは一人部屋を出て行く。
あまりに突然でオレに追いかける隙も与えてくれないまま《流れる風》のオッサンは風の様に去って行く。
オレは訳が分からず、その場に一人放心状態で立ち尽くすのだった。




