15.6羽:大集落
その“城壁”は突如として目の前に現れる。
森の中の街道を進み、左右の深い木々が開けたと思うと眼前に広がる。
城壁は大人の身長の数倍ほどの高さで、緩やかな弧を描く様に左右対称に広がり中の集落を取り囲んでいる。その城壁の上には等間隔で見張り櫓が設けられており、見張りの戦士がいる事が遠目にも確認できる。
「ん?木・・・木製の城壁なのか・・・」
その城壁の素材が判別できる距離まで近づき、《魔獣喰い》ことオレは驚きの声を上げる。
「“鉄木”の城壁だ。頑丈な上に燃えにくい木だ・・・その分かなり希少な材木だがな」
オレの驚きの声に、少し前を歩くベテランの狩人戦士《流れる風》がそう教えてくれる。
「“鉄木”は知っているけど、これが全部そうなのか・・・」
この大森林には“鉄木”と呼ばれる少し特殊な性質の樹が生えている。さっきオッサンが説明した様に、木材の中では密度が濃く燃えにくく頑丈な木だ。
オレの育った村でも精霊神官の住む館が、唯一“鉄木”を利用して建てられていた。この森の建物の中では神官の館は一番重要視され、貴重な物を保管する宝物殿としても利用されていた。
だがそれ以外の建物にはこの木材の使用は一切許されていなかった。それだけこの“鉄木”が貴重で希少な材木である事を表していた。
その黒みのかかった貴重な材木が、左右の端が見えなく成るほどの長さの量で使用されていた事に、オレは驚きの声を隠せなかったのだ。
「この辺は魔獣も多く現れる事があるからな。城壁だけとはいえ、これだけ惜しげなく使われているのは大森林広しと言えどもここと、もう一か所ぐらいなもんだ」
若い頃から大森林中を旅で回っている《流れる風》のオッサンが、詳しくオレに説明してくれる。珍しく丁寧で優しい口調だ。
いつもなら「おい子供、置いて行くぞ」みたいな感じ先に行っていたのに、この大村に近づいてからやけに逐一親切に説明してくれる。
(何かあったのか・・・それとも改心して、これまでのオレに対する不条理な対応を改めようと決心したのか・・・)
「おい、子供。なにまたボーっとしている。城壁の外に置いて行くぞ」
そんな事を妄想していると、いつもの通りにそんな言葉が飛んでくる。
「《流れる風》のお兄様、お待ち下さいませ」
「だから気持ち悪いんだよ、それ」
オレは全拒否されながらも、精一杯の可愛らしい十歳児の表情で、先に城門に入ろうとするオッサンを背中を追いかける。
・・・・・・
「おい、お前たち止まれ」
正門らしき門に近付いた《魔獣喰い》ことオレと《流れる風》のオッサンに向かって、門を警備する戦士らしき男からそんな命令口調の指示が飛んでくる。
「二人とも見ない顔だな・・・どこの村の者だ?名乗れ!」
その声には明らかに警戒と威圧の意が込められていた。地鳴りの様に低く響き、気の弱い者なら腰を抜かしてその場に座り込んでしまう程の迫力だ。
(ただ門番のクセにコイツ・・・出来るな・・・)
身体能力と身体に優れている森の部族の戦士の中でも、この門番は群を抜いて圧倒的な巨躯だ。丸太の様なたくましい太ももや二の腕を見せつけ、隙のない立ち振る舞い、そして凶暴な猛禽類の獣の様な危険な殺気を隠す事なくこちらに放ってきている。
(前にオッサンと退治した“岩獅子”の獣に似ているな・・・髪型を含めて)
そんな感想は言葉に留めておく。
これ程の巨躯を誇る戦士を、オレは同じ村の歴戦の戦士である《岩の盾》のオジサンくらいしか見た事が無く、こうも殺気を前面に出された事は始めての経験だった。
「・・・」
一方、尋ねられているはずの《流れる風》のオッサンは、名乗りも返事もせずに無言を貫く。この若い巨躯を誇る門番を射る様な視線で値踏みし、腕を組んで何も言葉を発しない。
「名乗らないのか、名乗れないのか・・・どちらにしろ怪しい奴らめ」
いっこうに名乗らない怪しい来訪者に対し、門番の大男はその右手に持つ重槍の穂先をこちらに向けて構えてくる。
(くっ・・・)
オレの背中に嫌な汗が流れる。
命のやり取りを行う凶暴な獣の狩り場に似た緊張感が走る。オレは腰にある手斧と右手に持つ弓の存在を確認し、いつでも抜いて射られる態勢をとる。
まさかこんな所で同じ部族同士で殺り合うなんて、夢にも思っていなかった。ん?そういえば森の民や村同士で争いや戦って聞いた事も見た事も無いな。
「おい、その方は通しても構わんぞ!」
そんな緊張感を破るように、城門の奥から渋い男の声がする。その声と共に姿を現したのは初老の戦士だ。口調や威厳ある雰囲気から、恐らくはこの門番の上官であろう。
「隊長・・・ですが、この者たちは明らかに怪しいです・・・自分の勘がそう告げています」
門番の若い大男は納得がいかない様な表情でそうそう反論する。その証拠にその手に持たれた重槍の穂先はまだこちらに向けられたままだ。
「お前の様なヒヨっ子がそういきり立っても、この方・・・《流れる風》には触れる事すら出来んぞ。さあ、さっさと通して差し上げろ」
「なっ、《流れる風》・・・この方が・・・大変失礼致しました!どうぞお通りください」
初老の上官の口から出た名前に、門番は大慌てて礼の姿勢をとり道を空けてくれる。先ほどの威圧的な態度とは打って変わって、直立不動で背筋を伸ばし緊張のあまり足も震えている。
それもその筈、大森林の狩人戦士《流れる風》と言えば各村々でその勇名が鳴り響き、彼の者の英雄譚を村の子供たちは小さい頃からおとぎ話の様に憧れて聞かされているのだ。
この若い門番もそれは例外ではなく、その伝説の戦士に槍先を向けてしまった事に、今更ならがら恐怖と後悔で全身が震えてしまう。
「最近の若い衆はお前の顔を知らん者が多くてな。許してやってくれ、《流れる風》よ」
「ああ自業自得で気にしていないさ。それにしても爺さんこそ、まだ現役で出張っていたのかよ・・・オレが子供の頃から相変わらず元気だな」
「この通り左腕を魔獣に喰われてから前線はから離れておる。今はこうして若い戦士の専ら指導じゃ」
「無茶ばかりするからだ・・・だが、あの“鬼鉞”と呼ばれたアンタが教官とはな・・・若い衆に同情するぜ」
初老の戦士に謝礼に《流れる風》は気にするなといった感じ返事をする。さっきの言葉の通りに、初老の男の左腕の肩から先の服は、風でひらひらと揺れていた。
「怪しい者を決して通さない勇気と良い心掛けだ・・・これからも大村を頼むぞ」
「はっ、はい!ありがとうございます!精進します!」
伏し目がちに震えていた若き門番の胸板を強めに叩き、《流れる風》はそう声を掛ける。それを受け男は先ほどまでの真っ青な表情から、嬉しさの余り目に涙を溜め直立不動で礼の構えをとる。
「さすが英雄《流れる風》・・・」
「くそっ、オレも激励を受けたかったぜ・・・」
先ほどの騒ぎで他の若い番兵たちも駆け付け辺りは騒然とする。英雄《流れる風》の姿を間近で一目見ようと輪を作り始める。
「相変わらずこの森の戦士には絶大な人気だな、オッサン」
「これがあるからこの大村には近寄りたく無かったんだ・・・」
オレの冷やかしに反論もせずに、《流れる風》は面倒臭そうに頭をポリポリかく。さっきの初老の戦士との会話の流れから、オッサンがこの大村を訪れるのは久方ぶりなのだろう。
「さあ、《流れる風》とお伴の若き戦士よ。“王”がお待ちだ。付いて参れ」
片腕の無い初老の戦士に案内されオレと《流れる風》のオッサンは、城門を無事に通り抜け大村の内部へ進むのであった。
・・・・・・
「これは・・・まさに大村だな・・・」
案内役に先導されながら通りを進むオレの口から、そんな言葉が自然と漏れる。
土を踏み固めただけの簡素な大通りを中心に、左右に木製の背の低い建物が乱雑で不規則に立ち並ぶ。その建物と建物の間隔にも余裕があり、所々には広場や樹木が生い茂り圧迫感はまるで無くまさに自然の中の大集落である。
この大森林で一番大きな集落という話だったので、現世のTVやネットで見たヨーロッパの城塞都市を想像していたが、オレのその予想とは大分違っていた。
まさに前述の言葉の通りに大きな村の集合体だ。
だが、それでもこの規模は自分が育った辺境の村はもちろん、通り掛かった事があるどの村とも桁が違っていた。
まだ日の落ちる前だというのに通りのいたる所を人々が練り歩き、荷物や水樽を積んだ人力の荷車がひっきりなしで交差し交通量が多い。
更に進みひと際大きな広場にたどり着くと、なんとそこでは“市場”の様な露店や出店が立ち並び人々で賑わっていた。
「ん?!・・・これは店なのか・・・」
「大森林の中でも、この大村だけは“貨幣”が流通している。物々交換で物を回すには人が多すぎるからな、ここは」
オレの唖然とした顔を見て、《流れる風》のオッサンが丁寧に説明をしてくれる。
よく見ると買い物をする人々の手には金属製の貨幣らしい物が握られている。その貨幣と引き換えに露店に立ち並ぶ工芸品や加工品を購入しており、まさに《魔獣喰い》ことオレも良く知る商店街の光景であった。
「“お金”があるのか・・・これは期待できるな・・・」
そんな賑やかな光景を見ながらオレは、ブツブツと呟きながら通りを更に奥に進む。
それにしても進めば進むほどこの大村は賑やかだ。先ほどの大広場の他にも、各地にある広場には同じように市場が立ち並び活気に満ちていた。
更に、街行く人々の髪型や服装も派手で華やかでもある。
色鳥の羽や明るい色で染めた衣類で着飾り、どことなく道を行く女性たちも美しく見える。この大村は気候的にも暖かい地域であり、薄着で露出度が高い若い女性たちに思わずドキリとする。
「これがあるから大村には近寄りたく無かったんだ・・・」
《流れる風》のオッサンは面倒臭そう呟いているが、その視線は明らかにすれ違う露出度の高い豊満な女性の胸元や腰に向けられていた。
オッサンの周りを護衛として進む歴戦の戦士たちにも全く気付かれない、相変わらず恐ろしいチラ見技術だ。
(さすが伝説の英雄・・・勉強になる)
自称弟子であるオレもそんな師匠を見習いチラ見を満喫しつつ、通り過ぎる村並みを注意深く観察する。
(あるのは食料品や生活品を扱った店ばかりか・・・武器屋に防具屋はどうやら無さそうだな・・・)
異世界ファンタジーの最初の街に有りがちな武器防具屋はもちろん、宿屋や冒険者 組合も残念ながら無さそうだ。色っぽいお姉さんのいる色町も無い。
この大村の集落の規模や貨幣流通に興奮して期待していたが、念願の金属鎧は簡単には手に入らないのかもしれない。だが、この森には剣や槍斧などの金属製の武器はあるのだから、専門の鍛冶職人はどこかに必ずいるはずだ。
(絶対に全身金属鎧を・・・もしくは部分的な金属鎧を手に入れるんだ・・・)
中世的な異世界ファンタジー系に憧れていたオレは、この世界に来てから密かに願っている目標に一歩近づき新たに心に喝を入れる。
「おい子供、早くしないと置いていくぞ」
そんな妄想に浸っているオレを、大人気なく置いて行こうとするオッサンの声で現実に戻りその背中を急ぎ追うのであった。




