2羽:五歳児 仕事に精を出しながら、文明を想う
(ばぶー……って。ここはどこ、あなたはダレ?)
現代日本で平凡な中学生だったオレが、この異世界へ転生したのは五年前のことだった。
気がつくと赤子状態だった自分を抱きかかえた男と視線が合う。
男=筋肉隆々の怪しい大男
よく日焼けした顔には禍々(まがまが)しい呪いの戦化粧が施されており、オレの反応を見てニィと笑みを浮かべる。
(ひ、人食い蛮族!?)
そう声を出そうにも泣き声しか出なかった。
無力な赤子状態のオレは、そのまま男に抱きかかえられ薄暗い木造の住居から外に出る。
(んっ……森の中?)
そこで目にしたのは原始的な集落。周囲から湿った森の香りがする。
見渡す限り周囲には密林が生い茂り、頭上から野鳥の鳴き声が響く。
(もしかしたら現代地球の未開の密林の村とか……かな?)
ここが中南米や東南アジア辺りのジャングル地帯。そんな希望的観測もあった。
だがこの森は“普通”では無かった。明らかに地球上の環境とは違う森の雰囲気。
(なんだ……この超巨木は……)
それを決定的にしたのは巨木の存在であった。
村の中央部には鎮座する“精霊母樹”と呼ばれる超巨木の事実が
“精霊母樹”は天を突き刺すように上に向かって生え、その高さは目測で百メートル以上はある。
形状的には明らかに地球上にはない代物だ。
(ハッハハ……こりゃ“異世界”確定だな)
その真実に衝撃を受け唖然とする――――だが一方でオレの心は躍った。
“異世界転生”
その言葉に心が躍らない者は少なくないであろう。まして自分のような思春期の中学生ならなおさらだ。
どんな冒険が待ちかまえているのか!? 想像しただけで興奮した。
(とにかく、この身体が大きくなるまでは、目立たないように気をつけて生きていこう……)
こうして決意を決めたオレは、異世界の子どもとして生きていくことを決意したのだった。
◇
しばらくしてから理解したが、ここは“大森林”と呼ばれる広大な森の中だった。
そしてオレたちは森の中だけで生活をしている部族だ。。
“オレ”……
そういえばオレにはまだ《名》が無い。
これは自分だけではなく他の同じ年ごろの子どもたちも皆そうである。
これは幼い頃は未熟者として“名”を付けない、この部族の習慣だ。
名が無い間の呼び方は“○○の息子・娘”といった感じで、親の名を頭に付けて呼ばれる。
だいたい七歳くらいで親から認められ、それに相応しい“名”が与えられる習慣だ。
ちなみにオレは“拾われ子”でそれすら無い。
転生して気づいた時には、例の大男に抱きかかえられていた。
それでも親がいなくても飯以外の不自由は無く、“拾われ子”として村の大人たちの共同育児にここまで育てられてきた。
あっという間な五歳ともなれば、この部族ではもう立派な半人前の扱い。
先の通りに水くみなどの多くの仕事が割り当てられるのだ。
『働かざる者は食うべからず』
前世での自分のマタギな爺ちゃんは、よくそう言っていた。
そんな訳で五歳児であるオレは、村の仕事に従事する毎日を過ごしていた。
いつの日か美味い飯を腹いっぱい食べるために。
◇
(おっと。ボーっとしていないで、次の仕事に行かないと)
思わずこの異世界へ転生した時のことを思い出していた。いつの間にか水くみが終わったので次の仕事だ。
「よし、森へ行く準備をしてこい。急げ!昼飯を抜きにされたいのか」
水くみが終わると女頭から次の指示が飛んでくる。
次は森の恵みの採取のために村の外へ出かける準備をする。
(毎回なことながら、この準備はドキドキするな……)
粗末な共同部屋に戻り、心躍らせながら村の外へ出る準備をする。
朝の半裸状態から通気性の良い衣類に着替え、子どもには似合わぬ大きな籠を背負う。
この籠は採取した山菜・キノコ・木の実・樹皮などを入れるためだ。
革製の腰帯に小刀の鞘と手斧をくくりつける。小刀は万能道具としてこの村の子どもたちには配布されていた。
(相変わらず変な紋様の手斧だよな……)
“手斧”――――それはなぜかオレだけ長老から渡されていた。
なんでも赤子で拾われた時に自分の側に置いてあった物だという話だ。
形状的に手斧と呼んでいるが、実はコレには刃がない。
切断するはずの刃は丸く削られた指を当てても少しだけ感触があるだけだ。
実用面では全く使えない。だが手元にあるだけで不思議と落ち着く。
現代でいうところの“守り刀”みたいな感じてオレはお守り代わりにしていた。
(よしこれで完成だ)
最後に手斧を腰帯に下げ準備万端だ。
(へっへ……やっぱりかっこいいなよな、オレ。こうしたら立派な戦士にも見えなくないぞ)
鏡で自分の全身を見ることが出来たなら、かなり勇ましい姿であろう。本当は蛮族だけども。
(おっと危ない、早く集合場所に行かないと)
自分の勇姿に見とれている場合ではなかった。
もたもたしているとあの女頭のお姉さんに叱られてしまう。
飛び出すように部屋を出て集合場所へ向かう。
「お、お待たせしました」
「相変わらず遅いぞ、お前は。まったく……」
村の門の隣にある広場にたどり着く。
そこにはオレ同じように装備を整えた数人の子供たちと、弓矢や山刀で武装した大人の女性たちがいた。
彼女たちは子供たちの引率者であり万が一の護衛でもある。
「よし全員が揃ったか…行くぞ」
女頭の号令と共に一団は門を出て深い森の中へと進む。
道中は周囲に警戒しながら目的地までやや急ぎ足だ。
武装した大人の女性たちが前後を固め、オレたち子どもは真ん中だ。
大型の肉食獣に襲われないように警戒し無駄口を叩かずにひたすら歩く。
体感的に三十分くらいであろうか。この日の目的地へたどり着く。
この場所は村から比較的に近い場所にある手頃な採取場だ。
地形的に危険も少なく木の実や薬草・山菜が多く自生している。
「よし、行け。だがムリはするなよ、お前ら」
集合時間と笛の合図を再度確認し、子供たちは森の恵みを求めて数人一組で森の中に散って行く。
採取というと気軽に聞こえるが、ここでは皆が生きる為には必死に勤しむ。
朝に村を出た男衆の狩りが不猟だったときには、森の恵みが村人全員の生命線と成りえるのだ。
「あ、あった」
「こっちにも、あったよ」
採取をはじめてから少し時間が経つと、深緑の森の中に子どもたちの声が響く。
見つけた森の恵みは色と匂いを確認し、大丈夫なら背中の籠放り込む。
生息物の中には有毒な植物も多くこの部族では小さい頃からそれ身をもって厳しく学ばされる。
更には危険な場所や肉食獣に遭遇した時の対処法など覚えることは沢山ある。
「見て、こんなに採れたよ」
「僕も…今日はついているね」
ふと周りを見ると同じ組の子供たちが必死で採取に励んでいる。五歳なので外見は幼稚園児くらいだろう。
こんな幼い子供を働かせるなんて幼児虐待だと最初は思った。
だが何度も言う。この部族では“働かざる者食うべからず”だ。
誰もが生き残る為に必死で働く姿、それは美しい光景だ。
「よし、このぐらいにしておこうか…」
「そうだね、あんまり取り過ぎるとまた怒られちゃうから」
ある程度の量の森の恵みを採ると終了だ。
村での昔からの決まりで過度に採取はご法度だ。
山の幸や植物の若芽、また子どもの獣も禁猟とされる。
森の生態系を守るために、自然とそう取り決められたのであろう。
最初の頃はオレも食い意地全開で過大に採取してしまった。
女頭に痛いゲンコツで森の掟を教えられたものだ。
「さて、そろそろ集合場所に戻ろうか」
「うん、そうだね」
ちょうどその時、遠くで集合の笛の音が鳴る。
オレも同じ組の子供たちに声をかけて集合場所に急いで戻る。
森での行動は数人一組が基本だ。大人も子供も。
欲を出さずに決して無理追いはせずに集合場所へ急ぐ。
集合場所へ戻ったオレはたち、背負い籠の中身を大人の女性たちと確認する。
毒で食べられない植物や危険な植物は大人たちの籠に入れる。
何でも村の“精霊神官”と呼ばれる呪いを取り仕切る婆さんが、何かの薬の調合に使うのだという。
「おい、お前……この茸は何だ」
「いや~、なんか美味しそうだと思って……」
「どう見てもこれは猛毒性があるだろうが。どれ、私が預かろう」
オレの籠の一番底に隠していた茸が見つかってしまった。
七色に輝く禍々しい見た目に女頭も目を細める。
見た目が派手な菌類は間違いなく毒性があるのだと。
だがオレは知っている。この毒キノコは実は美味であることを。
あまりにも美味しそうな色合いをしていたので、前回の採取で隠れて食べてみたキノコだった。
特に体調の悪化もなく快調そのものだった。
だがその茸が食べられることはその後も誰も信じてくれなかった。哀しいものだ。
「おい、村へ帰るぞ。戻ったら次の仕事だ」
妄想に浸ってオレの頭にまたゲンコツが落ちてきた。
怒られたのもだいぶ慣れてきたが痛いものは痛い。
そんな感じで引率者の号令でオレたち子供衆は村へと戻る。
森の部族もいろいろと忙しいのだ。
【登場人物&用語 紹介】
"オレ"
現代から異世界に転生した。現在の年齢は5歳(男)。特技:特に無し
部族の風習で名前はまだ無い。文明都市や騎士に憧れる。
何故か猛毒キノコを食べても無事?