15.4羽:見えない襲撃者
「この街道の先が“大村”だ」
「いよいよか・・・」
森の中の道を先に行く狩人戦士《流れる風》の説明に、幼い少年《魔獣喰い》は笑みを浮かべて頷く。
“街道”と言ってもそれほど大層な道ではない。
木々の合間を結び踏み固められただけの簡単な森道だ。だが原始的な生活が営まれているこの森の中で、この様に整備された道を《魔獣喰い》は生まれて初めて見たのであった。
自分の育った辺境の村と近隣の村を結ぶ道は、人一人が歩ける簡単な獣道程度であった。自給自足の生活を各々の村で行っており、基本にそれほど他の村を訪問する事は無い。
そういった事もありこの大森林の中では、それほど“道”は重要視されていなかった。
だが今自分が歩いているこの道は、間違いなく人の手により整備された街道であった。《流れる風》のオッサン話だと、大村と近隣の村や“砦”を狩人や戦士たちが行き来する事により、自然と形成されて出来たきのだという。
「ほっほー、それは“文明”に期待できるな・・・」
《流れる風》のオッサンのそんな説明を聞きながら、《魔獣喰い》ことオレは小さく呟く。
この街道の整備状況からこの先にある大森林最大の集落である“大村”には、何かしらの文明があるではないかと期待ができる。森の民の文明といってもたかが知れているが、されど文明である。
これまで自分が育った辺境の村では、木の実を拾い野性の獣を弓矢で狩り、毛皮や植物繊維を織った衣類を半裸状態で着込み生活していた。住居も森の中の開けた場所に倒木や老木を使った簡素な家を建てそこに暮らし、木製や土器の皿なんかで食事もする。
(最初はアウトドア感覚で満喫していたけど、毎日だとやっぱりね・・・)
現代日本で生まれ育った中学生が、この異世界でそんな蛮族真っ青な原始生活を十年間もしていれば、文明の香りに飢えるなというのが無理な話だ。
(石造りの二階建て以上の建物や金属製のナイフやスプーン、商館や宿屋そして冒険者 組合なんかもあれば中世風異世界に転生したという実感もあるんだけど・・・)
出来ればエルフやドワーフ、獣人なんかの亜人的な種族もいたら最高なんだが「なんだそれは?森の外の他の部族の奴等は見た事があるが、そんな人外の種族は見た事はない」と、この大森林から出た経験がある《流れる風》のオッサンに以前そう教えられていたので、それは諦めよう。
とにかく最大の集落“大村”といよいよ対面、という事でオレは期待に胸を膨らませ鼓動が早まる。ヤバイ少し緊張してきた。
「《流れる風》のお兄様、あの・・・先に行っていてください」
「ん、なんだ?大便か?」
「いや、小さい方です・・・」
「ちっ、しょうねえ子供だ・・・その辺で適当にしてこい。オレは先に行っているからな」
年頃の少年を前に《流れる風》のオッサンはデリカシーの無い言葉連発だ。狩人戦士としては優秀だがこういう所は見習わないでおこう。
「ふぅ・・・緊張してきて催しちゃった・・・」
オレは街道を少し外れ草木の茂みの中で用を足す。大自然満載な自然トイレだ。
緊張で我慢していたせいか思いのほか小便は長く掛かってしまった。直ぐに街道に戻り《流れる風》のオッサンの後を追いかけよう。あのオッサンならオレの事を置いてきぼりにして、先に大村に着いてしまう何てことも有り得る。
「ん?」
街道に戻る途中でオレは“何か”を感じた。
いや、厳密に言うと、この近辺に近づいて来た時から感じていた妙な視線であった。さっきまでは特に害もなく、森の中の獣や鳥の視線かなと放っておいた。
だが、その気配は急にオレに牙をむき襲い掛かって来たのである。
「っ!?」
とっさに腰の手斧を右手に持ちその殺気の塊を切り払う。
(これは矢か!?という事は襲ってきたのは“人”なのか)
その殺気の塊を辛うじて切り落とした先にあったのは“矢”であった。自分が知る限りこの森の獣は弓矢を射ってなど来ない。しかもこの矢の形状は、自分も良く知るこの森の民の使う一般的な矢であった。
「くそっ・・・今度は後ろからかよ」
そして更に恐ろしい程に鋭い第二射が襲い掛かって来る。
しかも相手は先ほどの場所を移動し、こちらの死角から射ってくる。感じる気配は今のところ一人だけ、という事は相手は凄まじい速さで移動し射っているのだ。
(ちっ・・・移動速度と隠密技術だけならオッサン以上か・・・)
オレはまたもや辛うじてその二射を切り払い、相手の位置を特定しようする。先ほどより反応が遅れてしまう。何故なら相手は物音一つ立てずに森の中を高速移動し、尚且つ正確にこちらに射撃して来るのだ。
発射時の微かな気配さえなければ、自分が矢を射られた事すら気付けないで即死であろう。明らかにこれまで対峙した事がない圧倒なまでに各上の相手だ。
(まずい・・・次は防げるかどうか・・・)
見えない相手の静かだが圧倒的な技と力に軽く絶望すら感じる。このままではいずれ自分は、森の獣と同じように追い詰められ狩られてしまうだろう。
(どこだ・・・どこに隠れている・・・)
オレは意識を集中し周りの気配を感じ取ろうとする。相手は弓矢を射ってくる、という事は幽霊などでは無く必ず実体がある相手なのだ。
(追い詰められた獣・・・森の中で気配を消して移動する獣・・・)
更に意識を集中し両手をぶらりと下げ意識を外に向ける。森の獣は意識さえせずに相手を認識し気配を消す生き物だ。
(・・・そこかっ!)
何かを感じ、無心で弓を引き条件反射で矢を射る。身体が勝手に動いた感じ、幼い頃から一日も欠かさずに鍛錬し身体に染み付いた自然な動作だ。矢は木々の隙間を縫う様に飛んで行き何かに突き刺さる。
(やったか!?・・・いや、アレを避けられたのか・・・)
今のご自分が放てる最上で渾身の一矢であった。今の自分ではあれ以上の射は出来ないだろう。
「だが、オレもこのままでは終われない!」
更に意識を集中して相手の次手に備える。
“ピィーイ、ピッピッ”
すると少し離れた所から鳥の鳴き声にも似た笛の音が聞こえる。
「これは・・・オッサンの森笛・・・」
森笛は森の民が持つ笛であった。
その音色は遥か遠くまで鳴り届き、音程や吹き方を変える事により様々なサインや暗号を遠く離れた相手に伝える事が出来る。同じ狩組である《流れる風》のオッサンのこの笛の音を自分は確かに聞き覚えがあった。
「・・・大丈夫、味方だ」
「オッサン・・・」
しばらくして音も無く木々の木陰から《流れる風》がスッとその姿を現す。鍛えられた身体は息さえ乱れていないが急いでここに来たのだろう、その表情には珍しく少し焦りの色が見えていた。
(あっ・・・)
すると、さっきまでオレを襲っていた相手はいつの間にかその微かな気配を消し、どこか遠くに離れて行く。歴戦の勇者である《流れる風》の存在に恐れおののき去ったのだろうか。
「オッサン助けに来てくれたのか・・・それにしてもコイツは・・・」
オレは切り落とした相手の矢を拾い上げオッサンに見せる。改めてよく見るとやはり森の民がよく使う矢だ。
「気にするな・・・森の精霊の気まぐれだ」
その折れた矢を一瞥し、興味無さそうにオッサンは元の街道へと戻って行く。
「ちょっ、ちょっと待ってよ・・・」
オレは離れない様に必死でその背中を追いかける。今度離れ離れになったら何があるか分かったもんじゃない。
「ねえ、オサッサン。さっきの矢って・・・それにあの森笛の暗号って・・・」
その後もしつこくオレが聞いてもオッサンは「知らん」の一言で終了。仕方がないのでオレもそれ以上は深く追求せずにトボトボとその後ろを付いて行く。
(それにしても一体何者だったんだろう・・・殺気はあったけど殺意は無いようにも感じたけど・・・)
オレは思慮を巡らせ周囲を警戒しながら街道を進む。オッサンは“味方”だと最初に言っていた。しかも笛の音はオレに分からない様に、知らない暗号で出していた。
(その内分かるかな・・・)
考えるのは苦手だ。オレはあまり深く悩まずにそう結論つける。いちいち悩んでいたらこの大森林の中では生きてはゆけない。
「おい、着いたぞ」
「ん?・・・おぉぉお・・・」
森の中の道をしばらく進んでいるとオッサンの呼びかけが聞こえる。オレは前に視線を向け、そして声にならない感嘆の声を上げる。
「じょ、城壁だ・・・」
その言葉通り、森の街道の終点で少し開けた場所には、巨大なで堅牢な構えの見事な“城壁”があったのであった。




