155羽:らすと・ぼす
“自分の顔”そのものを目の前にした時に人はどんな感情になるのか?人それぞれの反応があるのかもしれないが、誰もが感じるのは間違いなく“嫌悪”である。
それは同族嫌悪の一種であり、またドッペルゲンガーなどに代表される恐怖の現れであろう。
“自分と似た者はいるかもしれない・・・だけれども全く同じ者は存在しない”
知性のある生物なら成長するにつれてその事に気付くだろう。例えるなら獣が初めて“鏡”を見た時に、写るモノが自分であると気づかずに酷く警戒し攻撃色をあらわにする。それがまだ物心つかぬ童ならまだしも、成長して理性が備わった人間なら自分と同じ存在を目視して理解するまで混乱は解けないだろう。
とにかく人は自分と同じ人間を警戒し嫌悪する。ましては、それが背格好や趣味嗜好ではなく、“同じ人間”となれば尚更である。
《驚いたかな?それとも君の事だからある程度は予想していたはずだよね》
自分と同じ顔をした相手は挑発する様に、こちらにそう問いかけてくる。その顔は憎たらしい程に無邪気であり敵意というか悪意は感じられない。だが『魔獣喰い』は動揺してはいたものの相手との距離を正確に測り警戒を怠らない。
「驚いたも何も、ここは異世界のファンタジーの世界だ。何があっても今更驚きはしない。何せこっちは生まれ変わった時から魔獣が闊歩する辺境の森のど真ん中に産まれたんだからな」
『魔獣喰い』は憎まれ口を叩きながら敢えて冷静さを装い相手の言葉を流す。狩りの場において、また戦場において相手の挑発に乗り興奮し冷静さを失うのは命取りだ。この異世界に転生し十八年『魔獣喰い』はそれだけは深く学んでいた。
だが内心では、自分と同じ顔をした相手に対峙し冷静さを保てるほど肝は据わっていない。いや厳密に言うと“今”の自分と相手の顔をまるで別物だ。何しろ今の自分はこの異世界の大森林の民として生まれ変わっており、顔立ちはどちらかと言えばホリが深く外国人系のそれだ。
それに比べて目の前の男は黒目黒髪の典型的な日本人顔だ。最後に覚えている異世界に来る前の自分の顔が原型だが、どちらかと言えば自分の父親にも面影も似ている。男の年齢が三十代半ば位なので父親に近いのだから理屈は合っている。
ただ“過去であり未来”の姿になった自分自身が、目の前のこうもペラペラ喋られると気分はあまりいいものではない。
《ふーん、そうか。あまり驚かないのか。それはそれでつまらないな。こっはようやくこの世界に出てこられて楽しもうとしていたのにな》
相手は自分の手足の肢体をヒラヒラと動かし現実の五感を確かめる様に呟く。その動きは最初に感じた通りに、躍動感溢れるこの世界の住人に比べて、衰退化した現代人の自分の動きではなく、隙の無い優れた身体能力を持った戦士動きであった。
(かなりの強敵だ・・・だが、今の自分では勝てない相手ではない)
『魔獣喰い』は心の中でそう判断し手元にある弓矢の感触を確かめ距離を測る。
《おっと、いきなりその弓矢でこの脳天と打ち抜くとか勘弁してくれよ。“元の器”であるこの身体を見ても容赦なくそう判断するなんて、やっぱりこの森の民は忌まわしい蛮族だね》
そう言いながらも相手は身を隠す素振りはせずに、現代の欧米人の様に大げさなジェスチャーで困ったフリをする。
「分かっている、お前はオレの邪魔をするんだろう・・・だったら例えそれがその身体であっても排除するだけだ」
『魔獣喰い』はそう言いながら弓矢を構え相手に狙いを絞る。
今度は殺意を隠そうともしない。その手に構えた弓は師匠から授かったこの世界での一級品の業物。それに今の自分の込められる全身全霊の“力”を矢に乗せる。例え相手が得体のしれない魔物の類いだとしても、簡単に回避出来る事も完璧に防ぐ事も出来ない一矢である。
《おいおい、そんなのを射られたら例え僕だとしても無事では済まないよ・・・それに今の君の相手はこの僕じゃない》
そう言いながら右手で誰かに合図を送る。だが周囲には他の気配は無かったはずだ。
(ブラフ(はったり)か・・・いや!?)
その瞬間、まるで投石機から繰り出された弾丸の様に『魔獣喰い』に何かが迫って来る。
『魔獣喰い』は辛うじてそれを寸前で躱す。あまりの素早さで目視出来なかったがソレは剣を持った人の斬り込みであった。その剣も柔軟な体術で紙一重で避けカウンターで反撃を試みる。
だが、その異様な鋭さと尋常ではない速さの剣先が瞬時に『魔獣喰い』の喉元に迫る。
「くっ!」
寸前のところで腰に下げた手斧を反射的に抜きその刃を弾く。そして、『魔獣喰い』は相手と距離を一度取り態勢を整える。
恐ろしい程の剣の使い手だ。『魔獣喰い』はその一瞬の攻防でこぼれ落ちた首の汗を手で拭き驚愕する。その手には薄皮一枚切られた首から流れた自分の血がこびり付いていたのである。
(このオレに・・・今の自分に刃を当てられる相手がまさかいるとは・・・)
それは自負でも傲りでもない。
この異世界に転生した自分が避けに徹して当てられた事は、これまで一度もなかったからだ。
それは森の魔獣の鋭い爪は然り、訓練所での森の戦士の剣先は然り、下界の騎士や剣匠の刃や、“敵”と言われた四人の達人が相手であっても刃は自分には直接届いてはいなかった。
例外として幼い頃の風のオッサンからのゲンコツや、悪友レオンハルトとの素手タイマン勝負・・・は別だ。あれは男として避けてはいけないものだと直感的に感じ、避けずに受けていたのだ。
剣の腕はいまいちだが弓矢は達人級の腕前『魔獣喰い』・・・それが世間での評判だが、『魔獣喰い』を相手にした時に本当の恐ろしいのは、その人間離れした回避能力であると対峙した者なら全員が実感していた事だ。
だが、そんな自分が初めて間合いを見誤り、剣を薄皮であるが受けてしまった。その事に『魔獣喰い』は驚愕したのだ。
先ほど斬り込んでき来た相手は・・・自分が知るこの世界での最高の剣士である『流れる風』のオッサンや『剣匠』のジイさんと同等かそれ以上・・・もしかしたら大陸最強と謳われていた『獅子王』様の全盛期と対峙したならこのクラスの剣技であろうと一瞬思ってしまう程の剣速だった。
突如現れた凄腕の剣士の登場に背筋に冷たい汗が流れ『魔獣喰い』はこれまでにない位の危機感を感じていた。
「まさか今の一撃を受け流されるとは。流石は“らすと・ぼす”と言ったところじゃ」
斬り込んできた剣士はそう呟きながらこちらを注意深く観察してくる。
この声を聴き忘れる訳がない。
いや、先ほどの鋭い剣を受けた瞬間に気付いていたのかもしれない。
・・・そう初めて出会った時も大村の大通りでこんな風に突然切り掛かってきたのだ。
その思い出も忘れるはずがない・・・でも、その現実を認めたくない自分がいたのも確かだ。見たくない気持ちを抑えて直視する。
相手は美しい女剣士だった。
腰には森の戦士の証である細工された長剣を下げ、色とりどりの山鳥の羽を装飾した派手な衣装、獣の牙の首飾りを身に着けている。
決してセンスがいいとは言えないがこれが彼女の個性だ。
足元はすらりとした健康的な美脚に、少し控えめに膨らんだ胸元。長い髪の毛をポニーテール風に1本に結った髪形。
その背中を置いて行かれなない様にいつも追いかけていたものだ。
その口元には小悪魔的な笑みを浮かべながらも、好戦的な眼差しでこちらを注意深く睨んでくる美しくも野性的な女剣士。
『魔獣喰い』がここまで助けに来た女性の内の一人である大森林の姫君
森の剣姫・・・“獅子姫”が自分に向かって剣先を向けていたのであった。




