154羽:ラスト・ボス
ようやく辿り着いた“そこ”は不思議な場所だった。
広大な大森林の中心部にぽっかり穴が開いた様に、木々は消え地中深くに黒い穴が広がっていた・・・いや、日がきらめく天まで闇の柱が立っている様な・・・そんな不思議な場所であった。
ここは恐ろしい“魔”の瘴気が溢れ出す中心箇所であり、この世の全ての負の要因を担っている空間。普通の者ならば数刻いただけで体中の生気が吸い取られ正気を保つ事は難しいだろう。あまりの魔の濃さに獣や魔獣すら近づく事も出来ず、幸豊かな森では有りえない生の音がしない静寂に辺りは包まれていた。
だが自分はこの場所にいても、生気を吸い取られる事も魔に取りつかれて荒れ狂う事もなかった。
(むしろ不思議なくらい心地よくて、懐かしい場所かもしれない・・・)
目的地である“魔穴”の中心部に辿り着いた『魔獣喰い』マジウスはそんな事を思いながらその深い闇に見入っていた。
・・・・・・
その“魔穴”は数年前に突如大森林の中心に現れた“穴”だ。
いや、もしかしたら遥か昔からここにあったのかもしれない。ただそれが大きいか小さい、見えるか見えないかの差であり、古文書に残るずっと昔からあったのだろう。それが何かの“きっかけ”で大きく広がり浮かび上がり、今回のように大陸中を巻き込んだ騒動に発展したのだろう。
(つまりは世の中は表裏一体という事か・・・)
以前の『魔獣喰い』ならそんな事に気付く事も、思慮を張り巡らせる事もなかっただろう。だが、今の状況なら全ての事を知り理解してしまっていた。
自分が何者であり、なぜ、ここにいるのか。
そしてこの“穴”が何であり、どうしてこう具現化したのかも。
(さて、さっさと閉じて終わらせるか・・・)
『魔獣喰い』は深く深呼吸し、目を閉じ意識を集中して自分の中の“力”を高める。確かに大きく具現化した“魔穴”は深い。だが、まだ完全には開いてはいない。自分の“全て”を注ぎ込めばまだ間に合うだろう。
そう“全て”をだ
《自己犠牲による陶酔に浸っているのかな?それとも相変わらず何も考えてないのかな?》
深い魔穴を目の前にしていた『魔獣喰い』の背後からそんな声が聞こえた。それは耳から聞こえた声でもあり、自分の脳内に直接語り掛ける様な問い掛けでもあった。
(来たか・・・)
「自分に酔っている訳でも、何も考えてない訳でもないよ・・・自分で撒いた種は自分で刈り取ろうと決めただけだ」
『魔獣喰い』はゆっくりとその“声”がした方向を振り返る。自分の腰に下げた手斧に、左手に持った弓と矢筒の存在を確認し向きを変える。不意に腰に違和感があった。見事な細工のされた業物長剣だ。
(そういえば、ずっと前に獅子姫ちゃんから預かったままのこの剣も、ずっと帯剣したままだったな・・・結局のところ一度も抜かず仕舞いだったけど)
何故かそんな事がふと思い出され、この場に似つかわしくない苦笑いを浮べてしまう。
《苦笑とは随分と余裕なもんだね・・・まあ、実際に“覚醒”した今の君に敵うモノなんて、そういないかもしれないけれどね》
それでもその声の主には余裕すら感じられる。距離はそんなに遠くはない。だが、意識を集中し感覚を極限まで研ぎ澄ませた自分に、気付かれないようにここまで接近してきた目の前の男に『魔獣喰い』は最大限の警戒をしていた。
「 だって、笑うしかないだろう。目の前にこんなモノを見せられたら・・・」
薄暗い木陰にいた相手の容姿を目視した『魔獣喰い』は、困惑した自分を見透かされないように精一杯の虚勢を張りそんな言葉を相手にかける。
《こんなモノとは失礼だな。君だって毎日見ていた顔だろう。そりゃ、十八年前に比べたらだいぶ歳もとっちゃったけどね》
木陰に隠れていた相手はそう言いながらこちらの視界にワザと入るようにゆっくりと出てくる。深い森の木々の隙間から日が差し込みその顔がやんわりと照らされる。
相手の歳の頃は三十代の半ば位だろうか。中肉中背だがその身のこなしからよく鍛えている事が分かる。顔立ちはこの森に住む民や下界の民に比べて印象は浅い。だが、その黒く輝く双眼には強い意志が宿っており一度見た者に深い印象を与える。
「ああ、確かによく見ていた顔だな・・・」
『魔獣喰い』は自分の鼓動が早まり混乱で逃げ出したくなる衝動を必死で抑える。
「ふう・・・」
ワザと相手に聞こえる様に深呼吸してそんな心を落ち着かせる。この身体・・・“大森林の民”の体には身体能力の向上の他にも狩りや戦でも精神安定を促す加護作用が備わっており、そのひと息で『魔獣喰い』はいつもの平静を取り戻す。
(予想はしていたが実際に目の前にすると中々厳しい現実だな)
『魔獣喰い』はもう一度相手を直視する。
中肉中背で黒髪の男。着ている服はこの異世界の物であったが、その顔立ちは明らかに“日本人”だ。
十八年前にここに来る前の現代世界で、毎日鏡で見ていた“自分”の顔がそこにあったのだ。




