153羽:『魔獣喰い』の名
『魔獣喰い』はようやく目的地である。魔素の溢れ出す"魔穴"へと到着した。
そんな時、その中心で記憶が思い出される。
『魔獣喰い』ことマジウスには謎が多い。
数年に渡る私の研究によって彼ら“大森林の民”について、ある程度の事は解明されてきた。
だが彼だけは未だ謎だらけだ
“研究軍師”といつの間にか呼ばれる様ななった私ですら、彼の存在意義する解明する事は出来ないでいた。
大陸中にある古い文献や口伝を集めて分かった事だが、彼ら大森林の民は元々、私たちと同じようにこの大陸の荒野に住んでいた好戦的な部族だと言われている。その頃の大陸はまだ今の様に王国や都市などは形成されておらず、その他の数多の部族に分かれていたという。
そんな遥か昔に、この大陸に今と同じように“魔”の危機が訪れたのだ。
大陸中に“魔”に取りつかれた魔獣たちが闊歩し、人々はその凶悪な力にただ逃げ隠れする事しか出来なかった。このまま人間たちは滅びるのか?誰もがそう危惧した。だが、各部族に分かれ争っていた人間たちの中に後の英雄と呼ばれる戦士たちが現れ、力を合わせ魔獣と“魔”に立ち向かい始めた。
人間たちはその力と英知を終結し、群れを成して陣を組み、新しい武器を精製し魔獣に真っ向から戦いを挑んだ。その中にも前述の後の世に“大森林の民”と呼ばれる者たちもの姿もあった。元々、弓矢剣技などの武芸に優れ、人間離れした身体能力と鋭い五感を有していた。そんな彼ら部族の中に突如名も無き偉大なる大族長が現れ、他の部族の英雄たちと力を合わせ魔獣と“魔”に真っ正面から立ち向かった。
当初は堅い甲皮と鋭い爪牙を持つ魔獣に逃げ回る事しか出来なかった人々も、多くの犠牲者を出しながらも次第に魔獣たちを大陸の端に追い詰めていく。しかし、それでも魔獣たちが湧き出た中心にある“魔穴”と呼ばれる場所からは、無限とも思われる魔の瘴気が流れ出し次々と新しい魔獣が創り出されていく。
戦線はこう着状態。いや、こう着している状況では命限りある人間たちの方が圧倒的に不利とされた。そこで人間たちは知恵を出し大軍を持って魔獣の群れを陽動し、各部族の選ばれた戦士たちによる“魔穴”に対する強襲をかけた。多くの犠牲と悲しい物語を奏でながら、何とか無事に魔穴を封印することに成功したと言われている。
ただそれでも、穴は完璧に防ぐ事は出来なかった。僅かに溢れる魔の瘴気により、その森の獣たちは徐々に魔獣と化していた。このままでは大陸の人々は一生安住の夜を過ごす事が出来ないのでは、と誰もが思った。
そんな時、穴を封じ込めた英雄の一人が名乗りを上げた。
『我々の部族がこの魔の森に住み残り、信仰する精霊神の力を借りこの森ごと魔獣と魔を封印する』
と。
他の森の部族の英雄たちは大いに驚き、激しく反対した。何しろその名乗りを上げた者は短い時間ではあったが魔獣を倒すために苦楽を共にした仲間であり、最も優れた戦士と部族の者たちだからである。
『ああ、分かっている。自分たちは死ぬまで・・・いや、子のまた子の世代まで魔獣と戦い続ける運命になってしまうだろう・・・だからこそ自分たちの部族がこの魔の森に残るのだ』
そう言い残し、その族長を始めその森の部族全員はかすかに魔素がくすぶる森の中へと消えて行ってという。
彼ら流に言うところの“下界”の古文書で記録が残っていたのはこの辺りの話まである。この内容ですらこれまでの歴史を根底から覆してしまう恐れがある為に歴史ある皇都の図書館の奥に禁書として封印されていた内容だ。
それから“大森林”は魔獣や蛮族が住む禁忌の森として長きに渡り人々の侵入を阻んできた。時には一攫千金をもくろみ森へ挑んだ狩人もいただろう。だがその殆どは獣や魔獣の牙にかかり息絶えた。
月日は流れ、平野には統合され国が興り王国や帝国が各地に起こされた。狭い領土を巡り国同士で争いがおこり戦や大戦が数えきれないほど繰り返されてきた。そうした時の流れでも大森林の中は自然と調和し、森と生き魔獣を狩りながらその暮らしを繰り返してきた。
このまま下界から切り離されて、大森林の中は変わらぬ輪廻の暮らしが繰り返されるのだろうか。
だが、数十年前位だろうか?
その均衡は静かに破られていた。本来なら森の中から平地に出る事が出来なかった大森林の戦士たちが森を抜け出して来たのだ。精霊術の一種でその加護と呪いを解いたと、言われているが未だ謎が多い。ある者は興味本位で、またある者は確乎たる意志と目的を持ち下界を旅していた。
明らかに違う文化と風習の者にとって世界は珍しい物ばかりであり、時には下界の人間とぶつかる事もあった。だが大森林に住む彼らは生まれ持って優れた戦士であり、またその中でも下界を訪れた者たちは選ばれた精鋭揃いでもあった。
確かに下界人の中にも邪な敵意を持った者もいたかもしれない。だが、下界の多くの騎士や戦士たちは、愚直で気さくな森の戦士たちの強さと心意気に心惹かれ意気投合し多くの仲間を作っていたのだ。
「初めて獅子の奴にあった時は、それはもう鼻持ちならない自己中心的な奴じゃったの。だがそれと同時に、あいつら森の戦士の強さに若いワシは心惹かれていたのはも確かじゃがな・・・」
魔に関する古文書を調べる為にベール王都に滞在した時に、酒場で珍しく酒に酔った剣匠からそんな言葉を聞いたのを覚えている。彼こそが下界に下りて来た森の戦士たちと一番多く剣を交え、そして心を通わせていた剣士だったと、後から聞くことがあった。
そんな森の戦士たちであったが、やはりその精霊の制約により長い間は下界に滞在する事は出来なかった。しばらく下界に滞在し旅をした後はまた森へと帰って行った。
その後も下界をたまに訪れる森の民もいた。その中には“風”と呼ばれた男もおり、彼もまた下界の各地にその軌跡を残しながら森へと帰って行った。
そして数年前になる。
皇国の皇女であった私はその大森林の中へ行くことになってしまった。いや、森のど真ん中へ間一髪逃がされたと言った方が正しいのかもしれない。皇都にあった古い書物で大森林に関する記録をかろうじて見た記憶もあったが、実際に皇国の文明から切り離された元始的な森の中に迷い込んだ時は茫然としてしまった。運よく森の民に保護されそこで暫く生活をする事になったが、それもまた毎日が驚きと発見の日々であった。
落ち着いてから下界の皇国や国々に戻る機会は確かにあった。だけどもあの状況で皇国に戻るつもりはなかった。命を助けてもらった恩義もあったけれど、何より彼ら森の民の生活や風習に研究対象として興味がそそられたのが本音であったのだろう。
“大砦”と呼ばれる対魔獣の最前線の砦に席を置き、研究部屋まで与えられ刺激的で研究対象に事欠かない日々であった。時には護衛に守られながら大森林の中を巡回し、大森林や魔獣について調査をしていた。
そんなある日、彼が来たのである。
大砦の中は彼の噂でもちきりとなった。
大森林の才能ある若手戦士が集まる大村の訓練所で優秀な成績を収め、尚且つ天才とも言われていた大族長の愛娘“獅子姫様”と同着でその年の森一番の栄誉を勝ち取った男。
後に大森林の民が下界に繰り出し街を作り交易し、尚且つ大国の橋渡しの礎を作った戦士。
そして、私の後の人生の中でその最優先の研究対象ともなる人物。
遥か昔にこの森に魔を封印した大英雄と同じ名を冠する男・・・『魔獣喰い』と研究軍師セリーナ・ベルガーはこうして大砦で出会ったのだった。




