15羽:〝大村"に辿り着く
目の前に幻想的で荘厳な景色が広がる。
大森林の平均的な高さの木の立ち並ぶ森の中で、ソレだけが異様な光景である。
自分の目はいい方である。
その目測ではあるが高さ三百メートルは優に超えるだろう一本の“老樹”が、天を衝く程の勢いで他の木々を圧倒し森の中に鎮座していた。陳腐な言葉になるが、信じられない程の巨木が天に向かって生えていたのである。
その高さも予測でしかなく、某関東タワーを修学旅行で見た記憶がそれを比較させていた。だが原始的生活をするこの森の中で、この高さは桁外れであり幻想的ですらあった。
「アレがこの大森林の“元始の樹”であり、“大村”の母木か・・・」
《魔獣喰い》ことオレは、小高い森の丘の上からその光景を見つめそう呟く。
自分の育った辺境の村の中心にも母木はあった。いやむしろ母木のある所にこの大森林の部族は村を作るので、それは当たり前の光景であった。
だが、実際にこの光景を目にしてそう呟かずにはいられない。
「おい、子供。いつまでそうやって口を開けてボーっとしている。まだ大村までは距離がある、さっさと行くぞ」
そんな感傷に浸っている《魔獣喰い》の後ろから、実にダルそうな大人の声が聞こえてくる。振り向くまでもなくそこにいるのは、この光景を見慣れた感じで特に感動さえしていない狩人戦士《流れる風》だった。
「せっかく人が感動に浸っていたのに邪魔しないでよ、オッサン」
二〇歳は歳上の大人に向かいオレはタメ口をきいているが、原始的な生活をするこの部族では敬語は強制されていない。特に十の歳になる自分にとってこの戦士《流れる風》は兄であり、教育係りでもあり近しい関係だ。
「ああ、そうか。ならいつまでもそうやっていろ。この辺は昼間でも“魔獣”が出るから気をつけな」
そう言い残し《流れる風》は大村の方向へ向かい、森の中を一人進んで行こうとする。
「《流れる風》のお兄様、待って下さい」
「なんだ、また急に気持ちの悪い奴だな」
幼い子供のこの身で知らない危険な土地で置いてけぼりは死活問題だ、オレは純粋無垢な子どもを演じ必死でその後を追いかける。オッサンも本気でオレを置いていくつもりは無いので、直ぐに追い付く事はできひと安心だ。
(それにしても、あと少しでようやく“大村”に辿り着くのか・・・)
オレは道中を思い出し感慨深く、今度は心の中でそう呟くのだった。
・・・・・
自分の生まれ育った辺境の村を大人の狩人戦士《流れる風》と出発し、この大森林最大の村“大村”に到着するには結構な日数を要した。
森の中を踏み固めただけの道なき道をひたすら徒歩で進んで来た。道中は野宿する事もあれば、途中の村々で世話になり寝床を確保出来た事もあった。
その村々では泊めてもらう代わりに、自分たちが移動しながら仕留めた獣を提供する。宿代代わりの賃料といったところか。
オレも獣の狩りには自信があったが、ベテランで腕利きの狩人でもある《流れる風》のオッサンは段違いであった。オレが獣の気配を感じたと同時に矢を入り巨大な獣を仕留めていた。
「子供がオレと張り合うなんて、十の年は早いんだよ」
そう言いながらオレに仕留めた獣を見せつけてきたオッサンの顔は、明らかに張り合う子供のソレであった。その証拠に絶対にオレより大物を狩るまでは、狩りを止めないのだから。
とにかくそんな感じで土産品を提供して各村に一泊世話なる。
オレとオッサンが張り合う様に仕留めてきた獣を見て、各村人は皆大喜びで歓迎してくれた。
滞在して感じた事だが、どこの村の食料事情は自分たちの村と似た様な状況であり、ギリギリな生活感があった。女子供は木の実や森の幸を採取し、大人たちはその日暮らしの獣を狩る。
日によっては絶対的に少ない食料を皆で分け合い、子供たちは空腹を決して口に出さずに肩身を寄せて夜を過ごし。それでもこの大森林に住む部族は強靭な身体と、前向きで明るい性格をしており、どこの村人たちもみな陽気に暮らしていた。
「兄ちゃん!オレたちとそんな歳も変わらないのに、どうやったらこんなに大物を狩れるの?」
泊めて貰った村々ではそんな子供たちの質問攻めに合いながら、全村人たちと火を囲んでご馳走会となる。
「うーん、何でだろうな・・・オレの場合は・・・師匠がいいからかな?」
「子供のクセにお世辞は気持ち悪いだよ」
オレの言葉に隣にいたホロ酔いの《流れる風》のオッサンが反応する。だが、その表情は満更でもなさそうで嬉しそうに盃を進めていた。
“酒”
この食糧事情が厳しい大森林の村々でも“酒”は普通に存在していた。原材料は木の実だったり果実だったりと、各村の特産物を使い地酒が醸造されていた。
だが現代人の様に晩酌する習慣は無く、月に一度の“感謝日”や年に一度の祭り、そしてこうして他村から来訪者が来た時だけ奮発して大人全員で酒を酌み交わす。
もちろん、まだ子供のオレは水で済ませていたが、成人が十四歳のこの部族では酒を飲む歳も早い。見た目は幼い青年がゴクゴク酒を飲んでいた。
身体能力が優れているこの森の民は、肝臓も強いのか飲酒量も半端でない。それでも夜間の急な獣の襲来などもあるので、一年に一回の祭りの日を除いてはそこまで泥酔する愚かな者もいないが。
とにかくそんな感じで酒を飲みながら夕方の食事をして、他の村からの珍しい来訪者であるオレ達の旅の話をみんな興味津々に聞いてくれた。
とは言っても口下手なオレは話が上手くない。話の中で一番盛り上がる獣の仕留め方の話でも「こんな感じサッと射る」とか「こうして射るとバキューンとなる」とかそんなレベルだ。
(うーん、上手く説明出来ないな・・・)
オレがそう悩む様に、これに関してもしかしたら口下手を通り越して性格なのかもしれない。自分でも上手く説明出来ないが、オレは“感覚”でいつも狩りをしていたのだ。
一方《流れる風》のオッサンは違う。
相手が子供だろうが大人だろうが、いつも理論的に狩りの話をする。
地形を事前に読み取り、対象となる獣の種類や習性を覚え、風向きや季節を考慮しながら自分の腕に合った獣を狩る。
経験が成せる理論なのかそれとも元々そんな性格なのか、とにかく丁寧に狩りの話をして、どこの村に言っても大人気だ。普段は面倒くさがりヤル気の無い素振り見せるが、特に小さな子供相手には力弁する。
「さすがは森の英雄《流れる風》!」
各村の子供たちがそんな感じで目をキラキラさせながら話を聞いているのを見て、《流れる風》のオッサンは照れるように嬉しそうな顔をする。
(やっぱりオッサンは何だかんだ子供好きなんだな・・・オレにはいつも厳しいけど)
その辺はもう諦めていたのでオレも気にしない。
そういえば、そんな和気あいあいとした各村の村人たちの中にも、時々だが幼いオレを値踏みする様にコッソリ見てくる者もいた。
「こんな子供がこれから“大村”に・・・」
「しかもアノ英雄《流れる風》と一緒に・・・」
宴が進み酒が入ってくると大人たちのそんなヒソヒソ話もオレの耳に入って来る。ここ最近で“こういうの”には慣れているから気にしてないけど、想像以上に“大村”と《流れる風》ブランドは凄いのだろう。
オレの場合はたまたま生まれ育った辺境の村にこの《流れる風》のオッサンがいて、今回も有無を言わせず連れて来られただけだった。それ以外は見た目は特に変哲のない、どこの村にでもいる森の民の子供だ。
「いや~、そんな事ないです」
オレは無邪気で無知な子供を演じ、何とかそんな気まずい雰囲気も乗り切る。
「子供のクセに顔色を伺って気持ち悪いだよ」
オッサンには後でそう嫌味を言われるが気にしない。
こんな感じで自分たちの村を出て、前述の様にようやく目的地である“大村”へ辿り着いた。ようやくここまでたどり着いた感が満載だ。
だがその大村の入り口で、オレは思いもしない手洗い歓迎を受ける事になったのだった。




