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14羽:閑話 《岩の矛》 ガキ大将

 最近“気に食わない”ヤツがいる。


 そいつはオレと同じ村の子供だが、最近やたらと調子に乗っている。


 正直まだ幼い頃は『こんな目立たないヤツいたか?』という位の印象だった。身長も大きくもなく小さくもなく、力も技も大したことはない。


 自分で言うのはなんだが、オレは村の同年代の子供の中ではなんでも一番だった。父親譲りで身体も一番大きく力も強い。


 同じ位の歳のやつで木剣や弓の訓練はもちろん、年上との素手でのケンカだって負けたことはねえ。まあ、ケンカの後は「やりすぎだ」とオヤジに叱られるがな。


 とにかく同年代では敵なしで、村の大人たちですらオレの事を一目置いて対応していた。


「さすがは村の英雄の一角《岩の盾》が息子だ・・・」


「ここままいったら大族長から召集がかかり、いずれは“百人長”、“五百人長”の座も夢ではないな・・・」


 そんな感じでオレは七つの歳までテングになり成長していった。




 だが、そんなある日ヤツが急に出てきた。


 いや、厳密に言えば“目立ってきた”であろう。何しろソイツはこれまでも同じ村で暮らしていたはずだからだ。だが前述の通りに特に目立たないヤツだった。


 あれは今でも覚えている。


 ソイツは七つの歳の“初狩ういしゅ”の時に何といきなり“結果”を出してきたのだ。大小様々な数頭の獣を自分で狩り、意気揚々と村に帰ってきた。


 普通オレたちの村での七つの歳の“初狩ういしゅ”は、大人の狩りに同伴して、ただ何もせずに見て経験する為に行う。訓練とは違い森の荒々しい獣を実際に目の当たりにしたら、大抵の子供は足がすくんでビビッて何も出来ないで一日が終わる。


 このオレですら初狩の時はなにも出来ずに、闇雲に矢を打ち大人たちに叱られたもんだ。


 それをヤツはいきなり“結果”を出した。


 その日の晩飯時の一緒行った大人たちに話だと、獣の心臓を一撃で仕留めたという。数頭全てをだ。一匹ならまぐれだかもしれないが、数頭全部というのは大人の狩人ですら至難の技。


「“初狩ういしゅ”で成果を出したのは《流れる風》以来じゃな・・・」


「あの時の拾い子がこうも結果を出すとはな・・・」


「こりゃ、森の精霊が宿った子かもしれんな・・・」


 その日から村の大人たちはそんな話で密かに盛り上がり、ソイツは村中で注目される事になった。





 更に数日経ったある日、ソイツはこの村の出で森の英雄《流れる風》と一緒の狩組に入る事になったのだ。


 《流れる風》と言えばこの村で一番の戦士・・・いや、この大森林一の英雄である。


 今は自分の身を癒す為にその力は全て発揮する事が出来ないという話だが、それでも森中の若者の憧れの的である事は変わりない。誰もが彼と同じ狩組に入りたい為に日々鍛錬を重ねる。


 基本的には成人した腕利きの狩人戦士で結成されており、依頼を受けて森中を駆け巡っていた。


 それなのにソイツは子供ながらにして仲間入りしたのだ。


・・・・・・


 数日経ち《流れる風》の狩組が近隣の村から帰って来た。もちろんソイツも無事だった。その日の夕飯会の話では何と彼らは“赤熊”狩りに行っていたのだという。赤熊と言えばこの大森林に数多いる獣の中でも、最も凶暴で危険な獣の部類に入る巨大な熊だ。


 さすがは《流れる風》とその仲間たち、そしてオレのオヤジ《岩の盾》だ。オレも自分の事の様に誇らしく話を聞く。


 その時の夕飯会の話ではソイツは特に活躍はしてないようだったが、やけに親しそうに《流れる風》と他の大人たちと親しそうにしていた。それだけで何となく気に食わないヤツだ。



「内密の話だが・・・」


 そのあと自分の家に帰ってきたオヤジはオレだけにそう静かに話をしてくれた。口数の少ないオヤジは珍しく饒舌に語った。オレは息を殺しその時の話を静かに聞く。




―――設置した全ての罠を破壊し突破した見た事も無いような赤熊。驚いた事に“魔が混じって”いたという。腕利きの狩人の矢を受けながらも全く効かず、《流れる風》の鋭剣や《岩の盾》の重戟ですら致命傷を与えられない怪物の様な巨躯―――



 オヤジたちは長期戦を覚悟し撤退すら視野に入れていた。それ程までに“魔が混じった”赤熊というのは歴戦の戦士たちにとっても厄介な相手なのである。


 だが一本の矢が放たれ呆気なく決着つく。


 なんとアイツが、まだ七歳のヤツが、荒れ狂う赤熊の豆粒ほどの目に短弓を打ち込み勝負を決めたのだという。


「アイツはもしかしたら、《流れる風》さえ超える、凄い狩人になるかもしれない・・・」


 寡黙なオヤジ《岩の盾》が最後に笑顔で呟く。



・・・・・・



 それからオレはヤツがどんな“男”なのか真剣に観察し始めた。


 剣や弓の訓練の時、朝夕の食事、村での仕事など。


 ハッキリいって普段はボーっとしていて前述の通りに印象の薄い男だ。子供たちが一番はり切る対人訓練の剣や格闘技の腕は大したことが無い。力も弱々しく技術も拙い。


 しかし、観察し続けて気付いた事がある。不思議な事に対人訓練ではヤツにはダレも“勝つ”事が出来ないのだ。だが負ける事も無い、時間切れで引き分けに終わるのだ。


 観察をし始めてから意識をしてヤツとの対人訓練に臨む。成る程、こちらの攻撃が一切ヤツに当たらないのだ。終始こちらが攻めており、ヤツはかわし逃げているだけだ。攻めている方は時間切れとなっても勝ち気分で訓練を終える。


(一撃を喰らわせるどころか、かすりもしないのか・・・)


 本気の連撃を全て躱されオレは驚愕する。前述の通りオレの剣技格闘技は同年代では抜きん出ていた。


 そのオレが本気で何度打ち込んでも一度もかすりもしないのだ。更に木剣を踏まえて体当たりや足技も組み合わせて相手を崩そうとする。


 だが、ヤツは息も切らせずに、木の葉のように涼しい顔でヒラヒラと躱すのだ。もし、躱し際にヤツが攻撃していたら、オレを含めて相手は全て倒されているだろう。


(なぜ反撃して来ないのだ・・・)


 何か腑に落ちないまま、ソイツの観察をオレは続ける。


・・・・・・


 一方、純粋に度肝を抜かれるのはヤツの弓の訓練の時である。


 これまでは気付かなかったが、ヤツは人目を忍んで弓の訓練を行っていた。いや、元々影が薄い特性もあったが、実戦形式で気配を消し集中しているヤツの存在に、誰も気付いていなかったのであろう。


 オレは自分の訓練もしつつヤツを観察し続ける。


 ヤツは毎日、弓と剣の稽古を欠かせない。


 晴れの日も、風の日も、雨の日もだ。


 月に一度の感謝日で他の子供や大人達が休んでいる日でも、ヤツは弓の鍛錬を欠かしていなかった。弓は機械的に黙々と射り続けこなしていた。


 まあ、剣の自主訓練は稚拙で酷いものだが、一番ヤツが楽しそうな顔をこぼしている。



 ああ、ヤツの弓の鍛錬だったな。


 多くの者は気付いていないが、その矢はまるで嵐の稲妻の様に激しく突き刺さる。子供ながらにも大人の狩人の訓練場と同じ距離で行い成果を出す。


「す、凄ぇえ・・・」


 ヤツの弓の技術と究極までに研ぎ澄まされた集中力に、オレは一瞬見とれてしまい言葉を漏らす。



・・・・・・



「オヤジ、オレは悔しい!」


 八の歳を間もなく終えようとしていたある日、オレは村を代表する腕利きの戦士である自分のオヤジに相談した。


 アイツ・・・今では《魔獣喰い》という名を指導係の《流れる風》に貰っていたが、とにかくアイツにオレは勝ちたかった。


 この歳になるとオレも大人の狩組に混じり一緒に狩りに出て、結果も出していた。だがヤツはそれの更に上をいき、手の届かない様な錯覚に陥っていた。


 寡黙なオヤジは静かに言う。


「悔しければ鍛錬せよ。才能がなければその何倍も鍛錬して《魔獣喰い》を越え。それが戦士だ」


 オレはその言葉通りに、毎日これまで以上に厳しい鍛錬を自分に課した。狩りでも自分の非を認め積極的に大人達から学ぼうとした。


(ヤツに勝ちたい)


 それだけがオレの原動力だった。


・・・・・・


 オヤジに相談してから二年が経った頃だった。


 ある日、オヤジから聞いた。


 ヤツ、《魔獣喰い》は今の年の終わりにこの村を離れ“大村”に行くのだという。


 “大村”へ呼ばれる。


 それはこの大森林に住む若者たち全ての憧れである。各村で素質がある者が大村に行き、そこで専門的な訓練を受け、危険な魔獣からこの大森林の民を守る戦士になるのだ。周りの大人たちの噂ではオレもいずれは“大村”には呼ばれるだろうという話だ。だが、それよりも一足早くヤツは行ってしまうのだという。


(まさかヤツが・・・)


 オレは驚いたがそれと同時に、「やはりそうか」と納得もしていた。


 この数年間観察して気付いた事だが、は根本的に同年代のオレ達とは違うような気がした。単に腕がたつとかではなく、何か遠い先を見つめている大きさというか・・・


「よし、やるか」


 オレは決心した


 明日、ヤツに最後の勝負を申し込む。


 この数年オレも必死で鍛錬した。


 勝つことは出来ないかもしれないが、最後にはヤツに本気を出させてやる。



・・・・・・・


 そして、次の日の木剣の対人の時・・・オレは完敗した。


 木の手斧で一撃である。


 注意をしていたが全く《魔獣喰い》の攻撃が見えなかった。強烈なのを脇腹に喰らい悶絶しながら、それでもオレ納得はしていた。


(《魔獣喰い》・・・お前は本当に強い戦士だ)


 片足を引きずりながらオレは《魔獣喰い》の勝利を称えた。



・・・・・・



 その決闘後、《魔獣喰い》がこの村を離れるまでの間、オレは奴と行動を共にする事が多くなった。


 狩りに訓練に飯の時間に。


 腹を割ってみると気さくで意外といい奴だった。狩りの時の異様なまでの大食いには驚いたが、それ以外はどこにでもいる普通の男だ。


「どこかオレたちは似た者同士かもな」


 ある時、《魔獣喰い》がそう呟く。


「ああ、そうかもな・・・」


 しばらくして、《魔獣喰い》の奴は《流れる風》と二人で大村へ旅立って行った。


 大村での訓練は想像を絶するほど厳しく、次にこの村に帰って来るのはいつだろうか。


 数年後か、もしくは一生会えないかもしれない。


 それでも、オレも悔やんではいられない。これからまた鍛錬を繰り返し、オレはヤツを超える戦士になるのだ。


「オヤジ・・・大村に行く以外で、強くなれる場所を知っているか?」


 意を決したオレは歴戦の戦士である《岩の盾》に尋ねる。


「・・・厳しい場所だぞ」


「望むところよ」


 するとオヤジは家の倉庫に行き何か持って来る。


「これをやる」


 渡されたのはオヤジが若い頃に愛用していた大盾だった。寡黙なオヤジは目を細め少し嬉しそうな表情を浮かべる。


 その大盾は魔獣の甲皮を何層に重ね持つだけでも一苦労だ。こんな物を果たして実戦で使いこなせるのか。だがオレはそのズシリと重い大盾を握りしめ、森の精霊に祈りを捧げる。




(《魔獣喰い》・・・次は負けない・・・)


 ガキ大将・・・《岩の矛》はそう心に誓うのだった。





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