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13羽:変化と前進と転機

「おい子供ガキ共、遅れているぞ。急げ」


「・・・オッサン、十歳のこんなか弱い子供を相手に無理は言っちゃいけないよ」


「どこの世界にそんな可愛げの無い子供ガキがいるんだよ。無駄口を叩いていないで走れ」


 《魔獣喰い》ことオレは先を行く腕利きの狩人戦士《流れる風》にそう言われながらも、決して遅れまいと森の中を進んで行く。


 身体が小さい分一歩あたりの進む距離は短いが、この小さい身体を生かして木々をかき分けて行ったなら追い付く事も可能であろう。


「おい《魔獣喰い》、少し待ってくれ」


「ん?」


 だが、更にオレによりれている大男から助けの声に、足を止める。


「《岩の矛》・・・出発前にも言ったけど、そんな長物(ながもの)は森の中での行軍で邪魔なだけだぞ」


「これは親父から受け継いだ大事な大矛だ・・・置いてはいけねえ」

 

 子供にしては規格外な巨躯を持つ“ガキ大将”こと《岩の矛》は誇らしげに右手に持つ大矛をかざし見せつけてくる。だが、まだ身体が完全にでき上がっていない子供とっては、木々の枝が邪魔をする道なき森の中は無用の長物の何物でもない。


「そうか、それなら先に行っているからな」


「だから少し待てと言っているだろう、《魔獣喰い》」


 仕方がないので歳の近い《岩の矛》をオレは待ってやる事にした。恐らくこれで後から《流れる風》オッサンからゲンコツの刑が待っているだろうが、悪い気はしない。何故ならこっちの世界に来てから初めて出来た“友達”である《岩の矛》の奴が一緒だからだ。


 あの日の一対一タイマン勝負以来、オレたちは頻繁に行動を共にしていた。最近では《流れる風》のオッサンに誘われて同じ狩組にも組まれる事も多くなり、自ずとこうして一緒に狩りに出掛けている。


 性格も体格も正反対で、得意な得物ぶき技術スキルも違う・・・だがどこか馬が合うのだった。


(あの時の一対一タイマン勝負の時に気付いたけど、オレは素直にならずにどこか森の子供たちを“年下”だと見下していたのかもしれないな)


 そう思い心の底から反省し、改心し素直に同年代と接する様にした。それにより浮いていたオレは自然と同年代の中にも溶け込み、“ガキ大将”的な存在であるこの《岩の矛》の奴と一緒に村の中では比肩する様になっていた。


 単純な個人戦闘能力や身体能力はまだ《岩の矛》の奴が数段優れているが、こうした森の中での隠密行動や弓術だけで負ける訳にはいない。この分野で負けてしまったら、それこそ地味だけなオレの居場所は無くなるだろう。


「おい、子供ガキ共、本当に置いて行くぞ!」


 少し先の方で待っていてくれていた《流れる風》のオッサンの声が再度聞こえる。


「はい、今追い付きます」


「何だ今度は馬鹿正直に返事をして気持ち悪い子供ガキだぜ」という声がオッサンの声が聞こえる内に、オレは遅れている《岩の矛》の奴の手助けをしながら後を追うのであった。




・・・・・・



 素直な子供として変化しつつあるオレだが、それ以外でも少し前から取り組んでいた事があった。厳密に言えば変化があったのはオレではなく、“オレの住んでいる村”だが。


 それは村で“酪農”を始めた事だった。


 “酪農”といっても非常に小規模なもので、森山羊ヤギや森牛、野生豚にニワトリに良く似た鳥などを数頭数匹づつ飼育し始めていた。


 これはこの村での食料事情を改善できないかという試験的なものだ。


 オレも幼い頃から思っていた事だが、この森の部族の食料事情は結構シビアだ。主産業は狩りであり、食料の多くは狩りによる肉と、森の木の実や山野菜の採取に掛かっていた。


 それは天候や気候そして獣の生態系に大きく左右され飢餓問題は常にあった。


 本当は森を切り開いて穀物などの大規模農業を行えば、安定した食料供給を得る事が出来るかもしれない。だが森や木を大切にするこの部族は無暗に伐採はしない。生活必需品を得る為に最小限の老木だけ祈りを捧げ切り倒す。


 そうなると背の高い木々に囲まれ、一日中日光の当たりにくい森林の中では穀物などの栽培は出来ないだろう。特に雨期や冬季、狩休期なんかは保存食が中心になるので更にヒモジイ毎日だ。結果として森の民の子供たちはいつも腹を空かせていた。


 オレも最初の頃は、森と共存している部族なのでそれも仕方がないと思っていた。だが成長期に入るにつれて常に空腹は付きまとい、何とか定期的に食料を得る手段がないかと一人模索していた。


 そんなオレも大人と狩りに出掛ける様になり、この森の情勢にも詳しくなっていった。そこで気付いた事は、前述の通りにこの森の中には気性の大人しい森山羊ヤギや森牛、野生豚にニワトリに良く似た鳥が生息していた事だった。


 体格は現代の動物よりも一回り程大きい。だが調べてみるとメスには子供に母乳を上げる数房の乳があり、また鶏も卵を定期的に沢山産み繁殖するという。


 小規模程度なら村の端に柵を作り飼育する事ができ、新たに木々を乱獲する必要もない。


 そこでオレは同じ狩組の世話役である《流れる風》オッサンにある日、思い切って相談してみた。


『この大森林に生息する森ヤギや森牛は大人しい獣なので、何頭かつがいで捕獲し飼育してみてどうか。そうすれば毎日新鮮な乳が飲める。更には鶏も数匹囲っておけば産みたての卵が食料として手に入る』


 オレは出来る限り純粋無垢な子供を演じ、疑問を問い掛けるように《流れる風》のオッサンに提案する。「赤ちゃんはどこから来るの?」を聞く的な感じだ。


「・・・・・・」


 オッサンは静かにオレの話を最後まで聞いてくれた。


 また殴られるかなと少しビビッていたが、実は勝算もあった。


 それはこの《流れる風》のオッサンが若い頃に、何とこの大森林を抜け出し、仲間と共に大陸中の国々を旅していたという英雄譚があったからだ。


(腕は立つが口の悪いムッツリスケベのこのおっさんが英雄?)


 未だに信じられない話だが、村長の爺さんも言っていたので間違いないだろう。どうりで村の子供たちや若い青年には絶大な人気を誇り、狩りで出かけた近隣の村での手厚く歓迎を受けていた訳だ。


 いまいち信じられない話だが、逆に今回のこのオレの提案には理解を示してくれると確信があった。恐らくこの大森林を出ると平野や海が広がり、大きな街や漁港、畑、酪農場なんかもあったはずだ。


 それを実際にその目で見て来ただろう《流れる風》のオッサンなら、きっとこの“酪農”の重要性と有効性を理解してくれるはずだ。そう思いオレは提案してみたのだ。


「・・・話はそれで終わりか?」


 オッサンは最後まで聞き、少し沈黙しながら何かを考えているようだ。その目はいつにも無く真剣で少し怖い。


(アレ、もしかしてこの話はマズイかったかな・・・)


 沈黙に耐え切れずオレは内心ビビり始める。


 すると沈黙を守っていた《流れる風》のオッサンは口を開き、静かに語る。


「この話は村長のジジイに相談してみる。了承を得たら“酪農”をやってみよう。だが、家畜の世話は狩りに出ない村の奴らに任せる。お前は今まで通りに狩りと自己鍛錬に専念しろ」


 ・・・どうやらオレの迫真の演技で理解を得たようだ。酪農自体が上手くいくかどうかは分からないが、とにかく一歩前進だ。オレは心の中で小さくガッツポーズをする。


 その後、《流れる風》のオッサンは村長に何とか了承を得た。


 その直ぐ後に村長から村人全員に説明があり、オレたち狩組は時間を見つけては飼育する獣を捕獲し集めた。怪我をさせずに獣を捕獲するのは意外に大変だったが、罠や縄を使い何とか集めていく。


 一方村に残った者たちは飼育場を設営する。柵を作り雨除けの小屋を組み立てる。


 元々野性の獣なので飼料は村の近くにも生えていたし、村の近くには水場の小川もある。特に森豚なんか適当に放牧しておいても、勝手に落ちている木の実を食べて大きくなるという。


 こういうのは全部《流れる風》のオッサンの指示であり知識であった。現代日本では普通の中学生時代だったオレの酪農に関する知識なんて、たかが知れていた。内政無双は無理そうだ。


 こうしている内に飼育用の獣も集まり本格的に酪農が始まった。


 エサやりに掃除に散歩と村人たちに新しい仕事が増えていたが、頭数もまだ少ないのでそんなには辛い仕事ではないようだ。むしろ新しい仕事に興味津々でみな挑戦している。

 

 しばらく月日が流れ順調に飼育も進む。飼われていた獣たちも新しい環境に慣れて、定期的に乳や卵を出し生活のリズムを作る。




「おお、羽化する前の卵を火で調理するとこうなるのか・・・」


「しかも卵は毎日産みだされるわ・・・」


「牛の乳は絞ると絞るだけ出て来る・・・保存用のかめを増やさないとな・・・」


 村人たちは新しく提供される家畜の乳卵に驚愕の声を上げる。その中で特に好評を得ていたのは台所を預かる村の女性陣たちだ。


「赤子が空腹で泣き止まない事が減ったわ・・・」


「気のせいか昔の子供より大きく育っているわね・・・」


 やはりこれまでの狩り肉類や木の実の採取の食料だけでは栄養の偏りがあったのだろう。数か月経つと子供たち以外にも村人たちの顔ツヤなど見た目でも分かる程に良い影響が出てきた。


「獣の乳はそのままだといずれ腐ってしまう。こうすれば干し肉と同じで保存が効く」


『流れる風』のオッサン指導の下、何とチーズなどの乳製品も作られた。


「森を出ていた時に物知りなダチから教わった」


 そう言っていたがオッサンもかなりの博学である。オレの内政無双の出番はどうやら無さそうだ。食いしん坊のオレとしては久しぶりに食べるチーズや、大好きな牛乳に涙を流して感動したものである。


 最初は村長の号令の元に試験的に始めた“酪農”だが、目に見えて大きな成果も出て皆が協力的になり軌道に乗ってきた。何より一番の成果は村の子供たちの笑顔であり、それを見て大人たちは奮起していた。


 それでも木々を伐採しない森の民では大規模酪農は出来ないので、主産業はやはり狩り採取である。


(それでも半歩・・・いや一歩くらいは前進したかな・・・)


 そう感慨に更けながれオレは今日も狩りに精を出すとする。



・・・・・・



 そんな十歳の年も後半となったある日、《流れる風》のオッサンに連れられて村長のジイさんの屋敷に二人で行く事になった。


「ああ、分かった。コイツなら問題はないだろう」


 ひと通り村長から説明を受け、オッサンは何かを了承していた。詳しく聞くとこの大森林最大の村である“大村”に、二人でお使いに行ってきて欲しいとの事だった。理由はよく分からなかったが、オレは付いて行くしかないだけだ。


(“大村”か・・・)


 大人たちの話では、大村はこの大森林の中にある最大規模の村だ。

 

 近くに凶暴な獣や変異した“魔獣”も多く生息する為、この大森林の各村から腕利き戦士達や職人が集まり、森の中の村とは思えないほど栄えているという。


(もしかして大都会なのかな・・・武器屋や商店、それにキレイに着飾った女の子なんかもいたりするのかな・・・)


 オレは大人たちの経験談を聞き大都会に想いふける。


(装備品も毛皮や革鎧なんかじゃなくて、本物の“金属鎧”なんかもあったりして・・・)


 とボーっとしながら頭の中で空想妄想を想い描く。


「おい子供ガキ。さっさと大村に行くぞ」


 オレの頭の上にはそんな言葉の前にゲンコツが落ちてくる。


「痛てて・・・」


 言ってから手を出して欲しいものだ。


「《流れる風》のお兄様、待って下さい」


「なんだ急に、気持ちの悪い奴だな」


 だがそんなオレも今日はご機嫌だ。《流れる風》のオッサンに置いて行かれないように急いで後を追う。




 急に決まった“大村”までのお使い。


 だがまさか、この事がオレのその後の人生を大きく変える転機になろうとは、この時は思いもしなかった。






【大森林 ケドの村】の章 終


間話を挟み次羽から


【大森林 大村】の章


となります。


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