12.5羽:本気だからこそ伝わるモノ
そういえば10歳になった“オレ”には最近悩み事がある
『村の女の子にモテモテで、どの子にしようか悩んでいる』
とか
『自分の真の能力が開花して暴走に悩んでいる』
とかではない。
それは何かというと、同年代の“男衆”のしつこい嫌がらせだ。
理由はよく分からないが、オレが《流れる風》のオジサン達と同じ狩組になってから同年代の村の男子がオレによく突っかかってくるのだ。
大人たちの目もあるので直接的な嫌がらせではないが、逆にこれがまた面倒くさい。
工芸作業の時に相手がいない、飯時に座る席がない、水汲みの仕事の量が一人だけ多い・・・などなど。
特に村での午後の剣や格闘技の訓練でその事は顕著になる。
中でも特にオレに直接ちょっかいを出してくるのは、同年代で一番身体が大きい“ガキ大将”の奴だ。あっ、ガキ大将というのは因みにオレの付けたあだ名だ。
“ガキ大将”はオレと同じ位の年代には見えないほど、体格も立派で力も強い。ぱっと見のガタイは村の大人と同じくらいで、腕や首の太さもオレの倍以上はあるのではないか。そんな十歳がいたら現実世界では大ニュースなレベルだ。
更に剣の腕前や格闘技も同年代では頭一つ飛びぬけている。力に頼った脳筋バカでは無いという事だ。
何でもそいつの父親がこの地域一の膂力を持つ腕利きの戦士であり狩人という事で、天性の才能というヤツか。
とにかくその“ガキ大将”は模擬訓練の時には決まってオレを対戦相手に指名し、本気モードで挑んでくる。
訓練といっても弱肉強食で弱い者は生きている価値が無いこの森の子供達は、本気で取り訓練にも打ち込む。だが“ガキ大将”のヤツの気合は本気レベルを超えている。
それこそ鬼の様な形相と気魄でオレに挑んでくる。
子供用の木製の訓練剣といえども、固さと重さはかなりある。木刀と同じで当たり所が悪ければ、骨折や重症になる事もある凶器だ。
オレの剣技の腕前は前述の通り“今は”決して優れてはいない。何故なら大器晩成だからだ。
そんなオレに本気で打ち込んでくる“ガキ大将”の嵐のように激しい斬撃。目は血走り『どりゃあ!!』と獣の様な掛け声で斬り込んでくる。全体重を乗せて本気で毎回打ち込んでくる。
(ふう・・・勘弁してくれよな・・・)
オレはそう思いながら、その激しい攻撃を木剣で受け流しいつも毎回何とか難を逃れていた。とりあえず、怪我をしないように逃げと受けに専念する。
結局、両者有効打のないまま毎回時間切れとなり訓練終了となる。
(ふう・・・今日も無事に終わったよ・・・)
模擬戦が終わるとオレはひと息入れ安堵の表情を浮かべる。
「ちっ!」
見ると“ガキ大将”のヤツ赤猿の様に真っ赤な顔でこれまたオレを睨んでくる。
(オレが一体何をしたというのだ・・・)
その目に視線を合わせない様にその場をそそくさと立ち去る。
・・・・・・
そんなある日、訓練の前にその“ガキ大将”のヤツがつかつかとオレに近づいて来る。
「おい、《魔獣喰い》、この後の模擬戦は本気出して戦え。“森の精霊”にかけて絶対だぞ」
いつもの荒々しい態度とは違い、神妙な顔つきでそう言い去っていった。
(本気を出せと言われても・・・いつも本気で必死に避けているのに・・・どうしろと言うんだ・・・・)
因みにオレの“名”は《魔獣喰い》と名付けられた。由来については恥ずかしいので今度ゆっくり説明しよう・・・とにかくオレはガキ大将の言っていた意味がよく理解出来なかった。
「おい、子供」
「うわっ、」
気付くといつの間にか、オレのその名付けの親でもある《流れる風》のオジサンが背後に立っていた。相変わらず人間離れした技術と身体能力の持ち主だ。
「お前も男なら、本気でアイツの事を見てやれ」
《流れる風》のオジサンはいつもより真剣な表情で、オレにそう語り掛けてくる。狩りの時は別にして、このオジサンは普段は他人に関して一線を引き無関心だった。なのに今日は雰囲気が違う。
「オレはいつだって本気だよ・・・」
と言い訳をしようとした次の瞬間、オレの体は後方にぶっ飛んでいた。
(!?)
辛うじて受け身をとり回転して起き上がり、腰の手斧を抜き取り戦闘態勢を取る。左顎に激痛が走っているが、瞬間的に後方に自分から吹き飛び頭を捻っていた為に傷は少ない、直ぐに反撃に移れる。
「反射的に自分から飛んで衝撃を殺したのか・・・相変わらず可愛げの無い子供だ」
《流れる風》のオジサンは自分の右拳からオレに視線を移しそう呟く。状況的にどうやら目にも留まらぬ速さオレはオッサンにブン殴られたらしい。
「だが、そんな可愛げの無いお前もそんな顔を出来るんじゃねえか。この後もアイツとこの調子で本気で戦てやれ」
オレは警戒心を解きハッとした表情に戻る。そして右手をひらひらと振りながらそう言い残し、《流れる風》のオジサンはその場を去っていった。
「何だよ、“本気”って・・・」
何で殴られたか訳の分からないままその場に呆然とオレは立ち尽くす。だが心には言葉に言い表せない何かを感じていた。
・・・・・・
“ガキ大将”のヤツにはに『本気を出せ』と言われ、尚且つ教育係りであり名付け親でもある《流れる風》のオジサンにもぶん殴られ、オレはよく分からないまま模擬戦の時間を迎える。
だが今日の模擬戦の雰囲気がいつもと違う。他の子供たちも自分たちの訓練を一時中止し、遠目にオレと“ガキ大将”の事を囲んで見守っている。
しかも珍しい事に模擬訓練の審判役は《流れる風》のオジサンだ。普段は面倒くさがりな村の英雄が、子供たちの訓練を見てくれという事もあり更に注目が集まる。
(皆まで注目して・・・・こうなったら何が何でもやるしかないのか)
オレはため息をつきながら、訓練用の木製の武器が立ち並ぶ場所に進む。剣や槍、大斧や矛などあり各自で得意な武器を選ぶことが出来るのだ。
「な、あれで戦うのかよ・・・」
「あれでは間合い的にも、重量的にも圧倒的に不利だぞ・・・」
オレのその行動に観衆と化した村人たちがザワザワと騒ぎ出す。
(やっぱり・・・これが原因かな)
騒ぎの張本人であるオレは、自分の右手に持った木自分の獲物に視線を移す。その右手に持たれていたのは片刃の短い“手斧”であった。
間合いの広い槍や矛でもなく、重量で有利となる戦斧でもなく、ただの小さな“手斧”である。元々は森の小さな木の藪を切り開いたり、獣を解体するのに使ったりする手斧だ。
確かに接近さえすれば皮膚の固い獣にすら有効な武器だが、どうしても間合いの短く防御に向かない為に対剣勝負では相性は悪い。ましては対人の模擬訓練に使う者は皆無な武器だ。
「ああ・・・この手の感触・・・落ち着くな」
騎士や剣士に憧れを抱くオレだったが“剣”の腕前はまだまだ半人前だった。だがそんなオレでも手に馴染みしっくりくる密かな自慢の武器が二つある。
それが弓とこの手斧だった。
初狩りの時の様に森の民の必需品の弓矢の技術をオレは中々いいモノを持っていた。そして密かではあるが接近戦ではオレはこの手斧という武器は結構好きだった。
“弓矢で獲物を仕留め、手斧で止めを刺す”
狩りに行った時は、こんな感じで慣れた手武器だった。
だが問題がひとつあった。
それは“手斧”という武器があまりにも地味で恥ずかしい事だった。そしてオレの最終的な目標である“勇者”や“騎士”はこんな手斧は使わないだろう。絶対に。
これまでも剣の鍛錬は毎日欠かせた事は無かったが、今回は“本気”を少しでも出して終わらせたかった。こんな手斧で向かって行って、“ガキ大将”の持つ木製の大矛に吹き飛ばれてお終いかもしれない。だが、今はコレを選ぶ。
そんな感じで投げやり気分なオレだったが、“ガキ大将”のヤツは真剣な目で、「ようやく本気を出して相手をしてくれるのか」などと呟きむしろ嬉しそうな表情でオレの手斧を見てくる。
「よし、始め」
そんな事を考えている内に、審判員の《流れる風》のオジサンの掛け声で模擬戦が始まる。
オレは腰を落とし右手に木製の小さな手斧を構える。
「ちっ、隙が無えな・・・だが!」
そんなオレに対して開始早々は間合いをとり様子を見ていた“ガキ大将”だったが、意を決したようにそう叫び攻め込んで来る。
「おりゃああ!!」
“ガキ大将”は気合の入った雄叫びと共に鋭い一撃を上段から繰り出してくる。
その右手に持たれた木製の大矛は間合いと威力とも最上級の武器であり、更には子供とはいえ圧倒的な腕力と技術を要求する恐ろしいモノだ。
「くっ、その重量でこの速さかよ・・・」
オレはそれを必死で躱す。何とか相手の懐に飛び込み反撃を企てたいが、あまりの速度の連撃でその余力すら無い。
“ガキ大将”のヤツは上下左右と嵐の様な激しさで、次々と連撃を繰り出してくる。オレはそれを体術を使い、時には手斧を使い受け流しながら避け続ける。
出来れば隙を見つめて反撃を試みたいが、“ガキ大将”の攻撃は荒々しい獣の様に激しさを増していき隙が無い。
“獣の様・・・”
相手の大矛を避けながらオレはふと気付く。
確かに激しい連撃だが冷静に見ると、相手の動きがよく見える。気魄十分で怪力自慢な“ガキ大将”だがその動きは直線的で読みやすい。そう、怒りで我を失った森の獣の様だった。
(獣の爪や牙の連撃を掻い潜り、的確に急所に一撃を食らわせる)
ふとそう思う。大柄な“ガキ大将”を相手にしていたせいか、この感覚は森で獣を狩る時になんか似ていた。
不思議な感じだ。
無心というか無我というかそんな感じだ。そして、オレの中で“何か”が外れる。
オレは無意識に手斧を思いっ切り振り切る。獣相手に手加減は逆に無慈悲に当たる、一撃で仕留めないといけない。
「うぐっ・・・」
するとオレの木製の手斧はガキ大将の脇腹に突き当たり、呻き声を上げながら倒れこむ。
(よし、獲物が倒れた。手負いは危険だ、止めを刺さないと)
オレは凶暴な獲物の首を切り落とそうと手斧を振りかざす。これは木製だが全体重を乗せてキレを出したなら、獲物の首の骨くらいは折る事が出来るだろう。
と、次の瞬間、オレの方が逆に吹き飛ばされていた。
「痛てて・・・」
先ほどと同じように自分の右頬に激痛が走る。
どうやら審判員役の《流れる風》のオジサンに、オレはまたぶん殴られたらしい。
(クソッ・・・これは本気で痛いぞ・・・)
オレは痛みを堪えて立ち上がる。ふと周りを見ると観戦していた村人たちが静かにオレを見つめてくる。
「まさか一撃で倒したぞ・・・・」
「あんな子供の手斧の攻撃が、狩人であるワシの目で追えなかった・・・」
「更にはそれに張り手を喰らわせた《流れる風》・・・さすがは伝説の戦士だ・・・」
大人たち含めて次第に周囲がざわつき始める。
「おい・・・」
すると悶絶から回復したガキ大将が、片足を引きずりながらオレの側に近づいて来る。手斧の全力でぶん殴ったはずなのに、子供ながらに恐ろしい耐久力と回復力だ。
(うわ・・・仕返しかな・・・勘弁して欲しいな・・・)
勝者であるはずのオレだったが、腰を引いて直立不動の体勢を取る。するとガキ大将はニヤリと今まで見せた事のない笑みを浮かべ、オレに右手を差し出してきた。
「本気を出してくれてありがとな、《魔獣喰い》・・・やっぱり、お前は強いな」
「ああ、こっちこそ」
そう言われ、オレも調子を合わせて両手を出し握手する。
(暖かい・・・いや“熱い”・・・)
その“ガキ大将”の両手から何とも言えない温もりを感じ、オレは柄にも無くから腹の底から高揚感が湧き上がる。
(これは・・・悪くない感じだ)
するといつの間にか、周りの観衆から若いオレたちを讃える歓声が上がる。見ている者たちも何かを感じたのだろう。オレと“ガキ大将”はその歓声に両手を上げて答えた。
「おい、言っておくがオレの名は《岩の盾》が息子、《岩の矛》だ」
“ガキ大将”は何かを振り切った清々し顔でオレにそう名乗ってくる。ああ、そういえばそんな名前だった。
「オレの名は《魔獣喰い》・・・そういえば出会ってから何年も経つのに、お互いに名乗り合うのは初めてだ・・・ふっふっふ」
「ああ、そうだった・・・お互いに意地を張って馬鹿だったな」
オレも満面の笑みをこぼしそう答える。そして二人で心の底から笑い声がこぼれてくる。それは止めようと思っても腹の底から溢れ留める事が出来ない笑い声だった。
(よく考えたらこっちの世界に転生して初めて心の底から笑ったかもしれない・・・)
客観的にみてこの世界に来てからオレは、どこか第三者的な視点でこの森の部族の皆を見ていたのかもしれない。あまり他人と関わらず、そして本音を出して人と接しない。
森での仕事や狩りでもどこか他人行儀だった。
もしかしたら、それが今まで見ない“壁”を作っていたのかもしれない。
“自分は皆とは違うんだと”
だけども今気付いた。
オレは今十歳の子供であり《魔獣喰い》という名の森の民なのだと。
『ようやく気付いたか、面倒くさい子供だ』
そんな呆れた表情で《流れる風》のオジサンがオレの方に一瞥する。
オレはその視線に気付かないフリをして、《岩の矛》の奴と一緒に腹の底から大声で笑い声を上げるのだった。
【登場人物&用語 紹介】
"オレ"《魔獣喰い》
現代から異世界に転生した。現在の年齢は10歳(男)。特技:弓と手斧が少し得意。
剣に憧れるが、苦手である。
初狩りで驚異の結果を出し、子供ながらにして狩人満喫中。
同じ狩組の教育係りである村の英雄《流れる風》から《魔獣喰い》という名を命名される。
《流れる風》
《魔獣喰い》と同じ狩組の大人であり、村の英雄とされる狩人戦士。基本的に面倒くさがり屋で子供が嫌いな態度を出す。
《岩の矛》
《魔獣喰い》と同年代の子供でガキ大将的な存在。父親譲りの見事な体躯で実力でも抜きんでている。
《岩の盾》
《岩の矛》の実父であり《魔獣喰い》や《流れる風》と同じ狩組の重戦士狩人戦士。あまり口数は多くは無いが、村の子供たちを愛し面倒見がいい。




