11、5羽:戦士《流れる風》その2.
赤熊が出たという隣村への道中は、大人の足でいつも通りの速さで進む。
剣や弓矢、食料や水などを各自で持ち歩きこの速度なので小さい子供の足なら結構辛いはずだ。だが、それでも例の子供は不満も言わずしっかりと付いて来る。
しかも驚いた事に、移動しながら大人たち達の“技術”を盗み見るように観察していた。
歩行術、周囲警戒術、手信号・・・どれをとっても実戦では欠かせない代物ばかりだ。村では子供の内からそういったモノも一応は教わるはずだが、それでもこの腕利きを集めた狩組の技術は独特で昇華されている。
その一つひとつを無言で観察し自ら真似ようとしているのだ。
(ほう、見た目通りの役立たずではないようだ・・・・)
《流れる風》は少しだけ感心する
面倒だが、そいつが見ても解かり易い様に移動する。
「何だかんだ言いながら、やっぱり子供好きだな」
そんな《流れる風》を見て、仲間達は聞こえるようにそう呟きニヤついていた
(ちっ、だから子供は面倒なんだ)
《流れる風》は心の中で毒付く。
・・・・・・
目的地の村の近くに近づいて来たので、一度偵察係を出す。
隣村から救援を求めに来た奴の話だと、凶暴で巨大な“赤熊”が今回の獲物だという。
(“赤熊”か・・・)
中々やっかいな獣だが、今回の狩組なら油断さえしなければ大丈夫だという自負はある。だが、ただの“赤熊”相手に小規模とはいえ隣の村が手こずるとも思えない、その可能性は実際に対峙してから判断だ。
ああ、勿論この子供は最初から戦力として当てにしていない。
赤熊は普通の熊とは違い、大型な獣で尚且つ凶暴だ。実際に本物の赤熊を目の前にしたら、大の大人でもブルって最初は何も出来ないものだ。
だがどんなに凶悪であろうとも獣は獣だ。罠を仕掛け陣形組み、冷静に対処出来れば怖い相手ではない。
(ん?・・・・)
《流れる風》は異様な視線を感じる。見ると例の子供が至る時にでもジロジロと観察してくるのだ。
特にオレの方を見ながらブツブツと独り言を呟いて、そしてボーっとしている
「警戒を怠るな」
可哀想に、《岩の盾》のゲンコツに見つかり叱られている。アイツが本気を出したら岩をも砕くと言われている怪力だ。
偵察に出ていた奴が戻り付近の状況を確認し作戦を立てる。
基本通りに“罠を仕掛け、毒の弓矢で弱らせて倒す”だ。
万が一に毒が効きにくい時は、《流れる風》と《岩の盾》が前衛に立ちでそれまで持ちこたえる。本当は遠距離から弓矢だけで倒せれば危険が少ないのだが、赤熊の毛皮と分厚い皮下脂肪が相手ではその望みは薄そうだ。
例の子供は後衛の更に補助として、短弓で赤熊をけん制するように指示しておく。
「邪魔だけはするな」
と厳しく釘を刺しておく。
・・・・・・
いよいよ“赤熊”狩りが始まった。
赤熊の突撃で最初の罠は簡単に潰されてしまった。煙玉で横穴から燻り出したが、予想以上に大きな赤熊だ。
身体は普通の赤熊の二回り以上は大きく、その爪や牙も肥大し鋭く尖っていた。
(これはちょっとヤベえな・・・“魔”が少し混ってやがる・・・)
"魔”が混じるだけで獣は個体は段違いに強化される。そう思いながらも仲間に指示を出し、作戦通りに陣形を組み直しその赤熊を囲んでいく。《流れる風》と《岩の盾》の前衛が二人、残りの後衛が弓矢で死角から毒矢を射る。
前衛の一人である《流れる風》は赤熊の爪牙や体当たりを寸前で躱し、懐に潜りこみ槍や剣で一撃を食らわせる。
その隣では同じ前衛の《岩の盾》がその分厚い甲羅盾で赤熊の爪を受け止めながら反撃している。
(相変わらず人間離れした怪力だ)
《流れる風》は横目で見ながら相方を頼もしく思う。これほど巨大な赤熊の一撃を直に受け止める事が出来るのは、いくら身体能力が高い森の部族の中でも《岩の盾》くらいだろう。
前衛の二人が注意を引きつけている間に、後衛の奴らも背後や横から毒矢を何本も突き刺している。
だが、分厚い赤熊の皮下脂肪で殆どの矢が止まり、効いているのかさえ怪しい攻撃だった。
《流れる風》や《岩の盾》の赤熊の攻撃も避けながらなので、そこまで深手は負わせられない。客観的に見てもこちらの攻撃は赤熊にあまりダメージを与えられていない。
(このままでは長期戦になるか・・・だがそいつはヤバイな)
森の民の戦士が身体能力に優れているといっても無尽蔵ではない。一方で野生の赤熊の体力は人間に比べたら底なしといってもいいほどだ。
(せめて愛剣が手元にあればな・・・)
《流れる風》はそう愚痴るが無いものを願って仕方がない。緊張感を切らさずに赤熊と対峙する。
(ん?そういえば例のガキ、今はどうしている・・・)
慢性的になってきた赤熊の攻撃を避けながら、《流れる風》は横目でチラリと見る。
当初は赤熊の迫力にビビッて尻込みしていた子供だが、いつの間にか他の大人の連中と同じように短弓で赤熊を射っていた。
(まあ、この赤熊相手にそれを出来たら合格点だ)
しかし、短弓では殆ど致命傷を与えられないのを実感したのか、また、ブツブツ言いながらボーっとしているように見えた。
(おいおい、この修羅場でボンヤリかよ・・・こりゃ後でまたたっぷりゲンコツだな)
そんな事を思いながら《流れる風》は目の前の赤熊に意識を戻す。
(ん?)
すると今まで違う射線で矢が飛んでくる。矢体の短かさから恐らくはあの子供の矢だろう。
《流れる風》は赤熊の両腕から繰り出される鋭く巨大な爪を躱しながら、それを察する。
ピュン
ビュン
(おいおい、これは・・・・)
例の子供のこの射線は・・・明らかに赤熊の顔の急所を狙っている。
確かに赤熊の眼球や口内に当てれば、威力の低い短弓でも致命傷を与えられるだろう。だが止まっている赤熊ならまだしも、この激しく暴れる頭部の小さな部分に当てるのは不可能に近い。
(そんな事が簡単に出来たら、今頃他の奴らがとっくにやっているさ・・・)
《流れる風》は内心毒づきながら赤熊の攻撃を避ける・・・だが次の瞬間“気配”がして背筋がゾクリとする。全神経を覚醒して周囲を警戒する。
赤熊だけも手一杯なのにこれ以上の新手は危険だ。
ビュン!
すると次の瞬間・・・今までと全く違う軌道と矢速で、矢が赤熊の右目に鋭く突き刺さる。突然の激痛に赤熊。
(何だ!?今の矢は・・・よく分からねえが、チャンスだ!)
すかさ《流れる風》と《岩の盾》は体重を乗せた一撃を赤熊の急所に食らわせる。急所を突かれ、更に咆哮を上げながら前のめりに崩れる落ちる赤熊。
(これでお終いだ!)
《流れる風》の長剣の振り下ろしが赤熊の頭部に致命傷を与え、《岩の盾》の奴が力強く抑え込み大斧でその首を撥ね飛ばす。頭部を失った赤熊は、ぴくぴくと痙攣しながらその命の最後を燃やす。
(ふう・・やれやれ。やっと終わったぜ・・・)
こうして永遠に続くかと思われた“赤熊”狩りの時間は、ようやく終わりの時を迎えたのであった。
・・・・・・
「ふう・・・」
《流れる風》は革袋の中の温い水を飲み、喉の渇きを潤し一息入れる。
見るとその全身は汗と赤熊の返り血でベトベトだ。こちらには傷はひとつも負っていないがその疲労感は半端ではない。
(とにかく疲れたな・・・こんな時は下界の“風呂”にでも入ってサッパリしたいもんだ・・・)
まぁ、そんなものは“下界”の街の大貴族の大屋敷位にしかないので無理な話だが。
そんな事を考えながら《流れる風》は、足元に転がっている赤熊の死体を改めて確認する。
(それにしてもさっきの短弓の一撃は何だった・・・)
撥られた赤熊の頭部の目に刺さっているのは、間違いなくあのガキの矢だ。手にとって見るがどこにでもある普通の短矢だ。
あのゾッとする気配がした瞬間、この矢が飛んできた。激しく暴れる赤熊の、それこそ木の実ほどの大きさしかないこの小さな目のど真ん中に一撃だ。
村一番の・・・いや、この大森林一の腕前を持つ狩人であっても、これは出来るかどうかの神技だ。
赤熊の巨大な死体を見に近付いて来た例の子供の方を見る。
相変わらず冴えない顔つきで赤熊を退治してほっとしている様子で、自分の射った矢の凄さを全く理解していないような感じだ。
「これ・・・やっぱり食べられないよな・・・・」
森針ネズミの様に毒矢を身体中に刺した赤熊を前にして、そんな事をブツブツ呟いている。もちろん毒を受けた獣の肉なんて食えた物ではない。
(さっきの矢は偶然なのか・・・こいつは面倒くさいヤツの世話を気軽に引き受けちまったな・・・)
《流れる風》は村長ジイさんとの約束を思い出し軽く後悔をする。
万が一こいつが只の子供じゃないとしても、これまで才能を持った奴がそれを生かさずに潰していくのを大勢見てきた。
力に慢心してそれに溺れる者、油断して命を失う者、権力に抱き込まれて堕落する者・・・
才能とは時に諸刃の剣となる。
もう一度見ると、例の子供は相変わらずブツブツとまだ独り言を呟きながら突っ立っていた。
ゴン
《岩の盾》の、今までより少しだけ控えめなゲンコツを食らっていた。何だかんだでアイツも子供には甘い。
(それにしても、変なガキだぜ・・・)
ああ、“子供”っていちいち呼ぶのも分かりづらく面倒だな。この森の部族の風習で、年頃的にも実親か師匠が“名”を付けていやってもいい時期だ。
(今度・・・名前を付けてやんねえとな・・・・)
そんな“らしくない”事を考えている自分に苦笑いしながら、《流れる風》は静かになった大森林の中を眺める。
オレ:(森の部族では小さな子供の内はまだ名前がない)
現代から異世界に転生した現在の年齢は7歳(男)。文明ある“街”に憧れ、おっちょこちょいで物覚えが悪くよく指導係りの大人から叱られる。最近狩りで結果を出し調子に乗ってきている。
特技:毒キノコを食べて何故か無事?弓矢と隠密が得意。生肉を大量に食べられる。チラ見をマスターしようと試みる
弱点:力は強くない、剣技が苦手(大器晩成予定)、ボーっとしている時は隙だらけ
『流れる風』のオジサン
オレの住む地域で一番の腕利きで“英雄”として敬われているらしい。鋭い目つきでチラ見する凄まじい技の持ち主(←オレ、現在練習中)。槍や剣の腕も凄まじく赤熊に止めを刺す。
『岩の盾』のオジサン:熊の様な大男
オレの住む地域で一番の怪力の腕利き戦士。口数が少なく直ぐ手が出るが子供好き。オレと同じくらいの息子がいる。甲羅大盾を使いこなし赤熊の一撃すら受け止める怪力無双




