92羽:聖女と闘乙女
イスラマ神聖皇国の貧しい農家に四番目の娘として生まれたエレナはある日のこと、納屋で「法皇子マリオに会いイスラマを救え」という天のお告げを聞く
彼女はそのお告げに従い単身皇都に行き、イスラマ神聖皇国の皇位継承者である第二法皇子マリオの屋敷を尋ねる。
この手の怪しい訪問者は毎日のように屋敷にやって来る。マリオは自分の顔を見たことがないエレナをからかうために影武者を謁見させた。
しかし、エレナは謁見したが偽者であることをすぐさま見破り、こっそり従者たちに紛れて潜んでいた本物の法皇子マリオを探し当てて見せるのである。
この奇跡で法皇子マリオはエレナのことを認め、聖女として一軍を率いさせることになる。
・・・・というのはマリオが広めた作り話である
今回の遠征の先立ち市民や兵士達の士気を高めるために、マリオが自分の歴史知識からそのまま真似をした話である
実際にエレナと出会ったのは結構前になる
出会った当時からインパクトもあり有能な女性だった
しかし、彼女は例の病気とも言える症状も為に、ここ数年は人里離れた辺境に隠して教育していた
このタイミングで彼女を聖女として世に出せたのは幸運ともいえる
本人も信じ込み、嘘で固められた『聖女エレナ』
しかし、そんな彼女にも真実が二つある
一つ目は、彼女が信じやすいが本当に敬謙なイスラマ真教の信者である事
もう一つは、彼女が紛れもなく『天命』を受けた者である事だ
☆
「オラ、おら、オラぁぁあ!異教徒共どうした!ワタシを殺して串刺しにするんじゃなかったのぉぉぉ!?」
グラニス軍本陣の前方で、大剣を振り回し暴れ回る聖女エレナ
グラニス兵がそれを止めようと襲い掛かるが、全て返り討ち合い突破されている
聖女は暴れ回りながらも、着々と総大将のいる陣の方へと向かっていた
私たちも決して油断をしていた訳ではない
しかし、敵軍の長槍歩兵の中から突如現れた彼女に、こちらの兵士達は対応できずにいた
聖女は身長もそんなに大きくもなく、年頃もベテラン騎士である自分の娘と同じ十代半ば位であろう
白銀色の鎧と兜を身に着け、最初にこの前線に躍り込んで来た時は、それこそ輝くような聖女の出で立ちであった
しかし、今は惨殺して浴びた返り血という血で全身を赤黒く染め、正に悪鬼の如く暴れ回っていた
最初は幼い女性が命掛け合う戦場に舞い込んで来て、こちらの兵士たちも少し混乱していたが、決して手を抜いていた訳ではない
自分の身を守る為に槍に剣に弓矢で取り囲み、聖女を打ち取ろうとする
だが彼女は信じられない程の膂力で台風のように大剣を振り回し、まるで後ろに目が着いているかの様な反応速度でこちらの矢を全て撃ち落す
しかも、今は彼女の空けた穴から、敵の石弓隊と切り込み隊が突撃して来た
これまで対峙していた農民出身の長槍兵と違い、は明らかに練度の高い精鋭兵だ
さっきまで弱兵ばかりを相手にしていたので、突然の現れた精鋭たちにこちらも陣形を崩し侵入を許してしまう
敵の切り込み隊はわき目も振らず、聖女のサポートをしながら突撃の陣形のままひたす奥を目指していた
こちらも追いかけて応戦していたが、前方の敵の長槍隊も相手にしなければいけないので押し止める事ができない
(まずい、このままでは若様のいる本陣まで届いてしまう)
ただ闇雲に暴れ回っているようでその動きには流れがある
敵の狙いは最初から若様レオンハルトの首一つであったのだろう
(その為にあえてこちらの策に乗ったフリをしていたのか!)
その狙いに気付いた時にはもう遅かったのである
(こちらは歩兵に傭兵団、騎士団と全ての手駒を使い切っている・・・・ここから若様の所に届く守りの兵はいない!・・・・ ん?)
その時、ベテラン騎士の目にかすかに希望の光が見えた
何者かがこの乱戦を避け、林の中を迂回しながら若様の本陣へと向かっていた
(あの速さで林の中を駆け抜けられるのは、『彼ら』しかいない!)
ベテラン騎士は『彼ら』に全てをたくし、自分の持ち場である前線を維持しようと部下に鼓舞の声を出す
☆
少し時間はさかのぼる
両側の林の中から森の民が飛び出し、皇国軍の歩兵の中へ突撃していた
長方形に陣を組む敵兵の数は多いが左右と前方で取り囲み、狙うは森の戦士の突破力を使った敵の司令官の首だ
突然の側面からの、圧倒的な突撃に防戦一方の皇国歩兵
(イケる!ここまま差し込めば最後まで届く!・・・・ん?)
斜面から部下と共に弓矢で敵兵を射っていた魔獣喰いは、この場に違和感を感じた
副官にその場を任せ、手を止め小高くなった林の上に戻り戦場を見渡すのに集中する
「どうした?」
オレの周りの護衛につき敵を大矛で切り裂いていた『岩の矛』が、突然戦場を離脱したオレの側に近付き聞いてくる
「いや、上手く言えないけど・・・何か強烈な光が敵の歩兵の中を隠れて前に進んでいるような・・・・・あっ、あそこだ!」
オレの指さした先は、皇国長槍兵とグラニス軍歩兵が槍と盾でけん制し合い、こう着状態になっていた前線のひとつだった
今はグラニス軍の騎士と傭兵が、相手の攻撃を上手く受け流してオレたちの突撃の援護をしてくれていた
バチン
その一点が強い光の爆発と共に弾けたように見える
その光は矢の形となり、こちらの総大将レオンハルトや軍師セリーナのいる本陣へと向かっていた
「まずい、敵の本命はこっちの総大将の首だ!誰か援軍に行かないと・・・クソッ、オレ達の戦士団も奥まで突撃しているので、今からだとあそこまでは間に合わない!」
その光の矢が見えるのはオレだけなのだろう
その様子を見てひとり焦ってしまう
「だったら、オレ達がここから迂回して向かえばいいんだろうよ」
『岩の矛』は自分の持っている大矛で、林の中を指し笑みを浮かべる
「班長、自分達も付き合うぜ」
いつの間にかオレの側まで戻って来ていたイケメン剣士や牛、坊ちゃんを始めとするオレの小隊の部下達がそこにいた
「相変わらず、班長の側にいると飽きないな」
イケメン剣士はそう言い放ち移動の為に自分の剣を腰にしまう
「よし、みんな。林を抜けて本陣を助けに行くぞ!」
オレは仲間と部下に声をかけ林の中を駆け抜けて行く
☆
「見いぃぃつけた!異教徒共の悪い親玉ぁぁあぁ!」
前線の伝令から聞いていた敵の切り込み隊が、遂にこちらの本陣まで到達した
「レオンハルト様、どうか後方までお逃げください!」
女近衛騎士スザンナをはじめ、本陣にいた近衛騎士は剣を抜き、槍を構えてその侵入者たちと対峙していた
「いや、総大将である私が皆を置いて、この場を逃げる事など出来ない!」
そう言い放ちレオンハルトも腰から剣を抜く
伝令から聞いてはいたが、侵入者の中心にいた少女の姿を見てこちらは驚きを隠せない
その少女は、先日の降伏勧告の際に仲介する司祭役として会った『聖女エレナ』である
あの時はまだ幼い少女ながらも、美しく慈悲に満ちた笑顔を浮かべ、敵である我々の事まで心配し祈ってくれていた
しかし、今目の前にいるのは全身を返り血で真っ赤に染め、その右手には小柄な身長よりも大きな大剣をぶらりと持った姿だ
まるで別人の様な出で立ちに未だに信じられない光景だ
しかしよく見ると、その少女の顔は前に見た時と変わらない、慈悲と狂気に満ちた笑顔だった
その笑顔は見る者に、畏敬と恐怖の念を与える人を越えた姿でもあった
(これがもしかしたら彼女の本当の姿なのか。それともこちらが仮の姿なのかもしれないな)
自分の周りの近衛騎士も、その戦鬼のような彼女の姿を見てやや尻込みしているようだ
無理もないつい先日聖女として現れた少女が、今度は破壊者として自分たちの命を狙いに来たのだから
(それにしても自分は落ち着いているな・・・何故だ?・・・・そうか聖女が戦う姿は彼女に似ているからか・・・
今頃王都の近郊で、皇国本軍相手に剣を振るっている獅子姫の姿を想い、この場に似つかわしくなく苦笑する
「異教徒の大親玉レオンハルトぉぉ!何が可笑しいのだぁ?気でも狂ったかぁ」
聖女エレナはそんなオレの苦笑を見て少し怒っているようだ
「いや、僕はいたって正気だ。君の方こそ狂気の神にでも見初められたかな」
特に挑発をするつもりはなかったが、その言葉はまた聖女を狂わせる
「まぁあいいわ。異教徒共はこの場で全員地獄行きだわぁ!」
その言葉を合図に戦闘が始まる
聖女エレナについて来た皇国兵と、レオンハルトの近衛騎士の双方乱れての混戦となる
相手が普通ではないとはいえ、騎士が女性の剣士相手に多勢で囲むことは出来ない
ここは近衛騎士隊長でもある女騎士スザンナが聖女の剣と盾を構え正面に立つ
「どりゃぁあ!」
聖女エレナは凄まじい勢いで上段から大剣を振り落す
あまりの衝撃に眉をひそめながらも、それを女騎士スザンナは盾と剣を上手く使い受け流す
その隙にスザンナは相手の利き腕の腱を切り裂こうとするが、それも聖女は凄まじいスピードで回避する
「・・・ふーぅぅん。貴女結構やるわねぇ。ご褒美にこれをあげるわぁ!」
スザンナに自分の大剣を受け流されてプライドを傷つけられたのか、聖女エレナはここにきて初めて剣を両手に構え神速の突きを繰り出してくる
その剣も寸前の所だがギリギリでかわし、スザンナは相手に反撃をする
そんな攻防を何度か繰り返し、大剣に振り回す相手の体を崩そうとする
女騎士スザンナは元々才能ある女騎士だ
父親に似たのか女性にしては大柄で力も強い
貴族の家に生まれ、訳あって幼い頃から将来は剣の道に進むと決め、どんな困難にも負けない強い気持ちで立ち向かってきた
お家騒動や領地の治安維持、敵対する都市国家を平定など主レオンハルトと共に駆け抜けて来た
特にここ数年はベール王都で剣匠のもと剣術を学び直し、今見せているような受け技や返し技を徹底的に鍛え直していた
これは近衛騎士としての心構えもあるが、自分にあった剣のスタイルを見つけそれをひたすら鍛え昇華していく剣の道であった
数年前に大村に始めて行った時に、突然獅子姫の斬撃を受けても対応していたのはその才能があったのだろう
無尽蔵の体力を持つ大きな獣や魔獣に対しては効果が薄いこの戦法だが、対人戦闘においては相手の焦りや疲れ引き出し翻弄する無類の剣技へと成長していっていた
全ての攻撃を受け流されていた聖女エレナは何かに気付いたのか、攻撃を止め右手に持った剣をだらりとさせる
「ふー、疲れちゃったぁ。その受け流し、何とか流の技だよねぇ。でも、それなら、・・・・これは受けられないわねぇぇ!!」
そう叫び再び上段から大剣を振り下ろして来る
凄まじい勢いだがこれまで通り受け流せる
しかし突然、刃筋が二つに分かれる
(えっ、これは一体!?)
混乱しながらも女騎士スザンナは盾と剣を使い、その両方の斬撃を受ける
ぐふぅっ
何とか受けられたものの、大剣と異常なまでの膂力のもろに受け、軽い脳震とうと両腕にダメ―ジを負う
「へえぇえ、初見でこれを受けるって、あんたやっぱり凄いねぇぇ。でも、飽きたからバイバィィ!!」
見ると聖女エレナの大剣はいつの間にか二つに割れて二刀になっていた
これが彼女の奥の手なのだろうか
スザンナに止めをさそうと剣を振りかざしていた
スザンナは先ほどの剣を受け、まだ両手がしびれて動かない
例え頑丈な金属鎧を身にまとっていようとも、この剛剣を受けたら命はあるまい
「スザンナ!」
レオンハルトは襲い掛かる皇国兵を斬り倒し、こちらに助けに来ようとしている
しかし、距離もあり間に合わないだろう
(レオンハルト様、先に逝く事をお許しください・・・こんな事ならもっと色んな事を経験したかったな・・・・・あれ、気のせいかマジウス君の幻が見えるわ・・・そうね。また、マジウス君やレオンハルト様たちと一緒に皆で冒険に出たかったわ・・・)
死ぬ間際なのか、聖女エレナの斬撃がスローモーションのように自分の頭部に迫ってくる
ガキン
しかし、その刃は最後まで振り下ろされる事はなかった
突然の金属音と共に、目の前にいた聖女は自分と距離をとり周囲を警戒している
「誰だぁぁ!?ワタシの楽しみを邪魔する悪いぃ奴は!」
聖女エレナは剣の振り下ろした瞬間、矢を射られそれを自分の剣で斬り払っていたのだ
恐らくそれによって自分は助けられたのだろう
「女騎士ちゃん大丈夫!?」
遠くの方から自分を心配する声がする
自分の事を未だに女騎士ちゃんと呼ぶのは、この世に一人しかいない
(年下なのにそういう所は変わらないわね)
その声の先には見事な長弓を構え、目の前の聖女を牽制している少し地味な青年がいた
「何なのあんたたちぃぃ!?」
森の戦士『魔獣喰い』が仲間と駆け付けたのである
この章は登場人物がいつもより多いので簡単な人物紹介も行います
【森の戦士団】
魔獣喰い:(下界名;マジウス)
主人公?17歳で森林弓兵の小隊長。他人の見えない何かを感じたり見たりすることができる。新たな転生者の出現に、維新復活のために張り切る
研究軍師セリーナ:
下界人で森に住む女の子天才軍師。実はイスラマ神聖皇国の皇女。グラニス軍でも影の軍師として采配をふるう。本陣で今は守られている。剣の腕前は不明
イケメン剣士:(下界名:セバスチャン)
魔獣喰いのかつての仲間。結構な剣の腕前で指揮能力もあり万能選手。未だに魔獣喰いの事を班長と前の呼び方で呼ぶ
牛さん:(下界名:不明)
魔獣喰いのかつての仲間。無口な重量戦士。今回も無口でついて来る。
坊ちゃん:(下界:不明)
魔獣喰いのかつての仲間。金の計算と弓が得意。今回も距離をとって弓で援護
黒豹の爪:(下界名:クラウディア)
大砦の大剣女剣士で大隊長。統率力、個人戦闘力が高く軍略にも長けている。日焼け野獣系巨乳なので皇国軍の長槍兵も目のやり場に困る。今は敵の長槍隊に突っ込んでいてこちらには来られない
鬼軍曹:大村の城の戦斧筋肉戦士団長。大戦斧と盾を使い獅子奮迅の活躍。
魔獣喰い小隊の副官:三人いるが全員が経験豊かで有能。よく職場放棄する小隊長の代わりに隊を指揮する
【グラニス軍】
青年騎士レオンハルト副伯爵:たくましく大きくなった成長率No1の騎士。元々イケメンだったので左ホオに傷跡が残っても絵になる。下界と森のハーフ。自信家。逃げずに部下を鼓舞する。遠くにいる獅子姫の事を想う
女騎士スザンナ:レオンハルトの護衛騎士で今はグラニス軍の近衛騎士を率いる。剣の腕間の他に統率力や内政力などの各種能力が成長。プライベートは真面目なドジっ子。金髪碧眼で着やせタイプで人気が高い。剣と盾を上手く使い、受け流しからのカウンターを得意とする。
ベテラン騎士:昔からグラニス家に仕える騎士。耐える守備力に定評がある。今回は中盤で初めての語り手に。十代半ばの可愛い娘がいる
傭兵隊長:グラニス軍のお抱え傭兵隊を率いる。才能よりも経験値が物を言う歴戦の戦士。大陸中の噂話に通じる。聖女にスルーされ死亡せずに済んだようだ
【イスラマ神聖皇国 第三軍】
第二法皇子マリオ:(殲滅皇子)(好色皇子)
神聖皇国の皇子で小さい頃から変わり者の奇人皇子。成人してから西部の辺境前線に飛ばされて連戦連勝。女の子好き。研究軍師セリーナお兄ちゃん。現代からの転生者。軍略マニアで化学も得意な天才である意味もう主人公。弱兵の皇国兵を現世の歴史から引用し長槍隊や石弓隊、工作兵を抱える。
女官騎士エマ:マリオ殿下の幼い頃からの教育係りの女騎士。能力に弱点がない騎士で体型も無駄がないスレンダー型。通称『秘書騎士』。怪しんでいるが、マリオが転生者だという事には気付いていない。
聖女エレナ様:身長はそんなに大きくない童顔の少女。天の声を聞き勇気を出し前線に出る仮初めの聖女。顔は小動物系。実は戦闘で変身してしまう。ここ数年は正規流派の剣も学び意外と頭はいい。大剣モードから2刀流モードに別れる特殊剣を使用する。




