90羽:一人目の来訪者
イスラマ神聖皇国から使者が来た
臨戦態勢で既に別軍団では交戦中だというのに、どういう腹づもりだろう
追い返したいところだが、帯剣もしていない正式な使者なので通さない訳にはいかない
こちらも準備を整え陣内に案内する
オレも傭兵隊長として立ち会う義務があったのでその場にいる
外に護衛の騎兵を待たせ、陣内までやって来たのは三人の使者だ
たった三人だ
しかし、その中に非常に厄介な奴が紛れ込んでいた
一人目は先ほどから書状に書かれた我が軍に対する降伏勧告書を読み上げる、ぴちっと鎧を着こんだ神経質そうな女騎士
二人目は、ここに入って来たから『皆様とこの世界の平和をお祈り申し上げます』と言い、ひたすら天に向か祈りを捧げている聖女さま
そして、三人目の男が問題だ
最初に神経質そうな女騎士の紹介だと、この男の名はイスラマ神聖皇国第二法皇子マリオ・アリスタだ
法皇の二番目の息子でとっても偉い奴だ
しかし、問題はそこではない
神聖皇国の第二法皇子とし言えば別名『殲滅皇子』だ
傭兵仲間から噂には聞いていたが、こんなに若く見た目もパッとしない男だとは思わなかった
『殲滅皇子』・・・・
ここ数年でイスラマ神聖皇国が西部戦線の戦や都市国家を平定遠征で全てに勝利し、戦力差を物ともせずに相手をせん滅したのは、全てこの男の仕業だとオレたち傭兵仲間の間では有名だった
何でも奇略計略兵器を駆使し、敵対した相手を徹底的に打ちのめすという
昔からイスラマ神聖皇国の兵士は数は多いが弱兵で有名だ
その兵を上手く使いこなし、西部戦線の異民族王朝や堅牢な都市国家を平定したのだから驚きだ
あまりの連戦連勝に最近ではこの男が相手だと分かると、傭兵の中では戦う前から契約を破棄して逃げ出す者もいるという
やりにくい相手な上に常勝無敗の将軍だ
噂では今も大陸のもっと西の端の方にいたという話だったが、まさか今回の遠征の司令官として来ていたとは
(弱兵ばかりの神聖皇国が相手だったから、戦術さえ間違っていなければ今回はギリギリ勝てると思っていたんだがな・・・)
目の前の常勝皇子は降伏勧告を部下が読み上げて最中も、油断なく陣幕の中を眺めている
(戦場に立たせたら厄介だ。何だったら帯剣していない今ならここで殺るか!?)
そう密かに思い、腰にある愛剣に手を伸ばそうとすると、それまでにこやかな笑顔を浮かべていた『殲滅皇子』の鋭い視線が飛んで来る
(くっ、嫌な目だ。斬りかかった瞬間、こちらの要人も無事では済まなそうだな)
しかも礼節を重んじるこのベール王国では、正規の使者を斬り殺すなどという非礼はあってはならない所業だ
(ちっ、しかし、このままこいつを帰したら数日後の戦は正直しんどいものになるな・・・)
そう思いながらも時間は過ぎていく
神経質そうな女騎士の降伏勧告の書状の読み上げも終わり、こちらのグラニス軍方はそれを断りこの会談は終わる
分かり切った返事だろう、相手の表情も特に変わりはない
「残念ですね。次は皆さん戦場で会いましょう」
『殲滅皇子』マリオは最後に笑顔でそう言い放ち外に出て行く
「・・・後を追いかけて斬るか?」
汚い仕事はオレの担当だ
オレは小声でこっちの総大将であるレオンハルトの坊やに聞く
「止めておけ、公の場で使者ばかりではなく聖女まで斬ったとなると、ベール国内の信者共も騒ぎ出しかねない。しかも、あの余裕だと何か切り札をまだ隠しているはずだ」
そう言いオレを抑える
(確かに不気味な程の余裕だ。何か目に見えない手で心臓を握られているような感覚だった)
奴らが去った後はドッと冷や汗が流れ出る
それはこの陣内にいた全員が感じている事だろう
まあ、森の女戦士は強敵の出現に嬉しそうにしていたし、マジウスという男はニヤニヤしていた
こいつらの部族の考えている事はよく分からなん
いちいち気にはしない
しかし、森の戦士は戦いになったら反則的な戦闘力で暴れ回る
それはオレも前回のお家騒動の時に身をもって経験している
まあ、今は頼もしい味方だ
傭兵であるオレは、せいぜい無理をしない程度に今回も頑張って稼がせてもらう
神聖皇国相手に、しかも『殲滅皇子』相手に勝ち星が付いたなら、オレも傭兵としてもハクが付くもんだ
運よく相手の領地を奪えた日には、オレもいよいよ正式な騎士や準貴族の仲間入りかもしれない
(そろそろ歳なんで、老後の事も考えていかないとな)
そんな夢物語でも見ていなければ、辛い傭兵稼業も続けてはいけない
ふう・・・・
無事に会談が終わった陣幕を後にし、オレは外で新鮮な空気を吸うのであった
☆
敵陣を離れ騎馬隊はひたすら走る
馬車は敵陣の入口にお土産として置いてきた
万が一に備えて馬車の仕掛けを使わずに済んだのは幸運だっただろう
(アレを使うとこちらも風向き次第では無事で済まないからな・・・)
追手はないとは思うが、用心して少しは早駆けで進む
「マリオ様、今回の会談は随分静かにしていましたね」
オレの側近の女官騎士エマは並走させながら聞いて来る
「そうか、いつもあんな感じだが」
オレは澄ました顔で答える
「いつもだと、もっとねちっこく相手の神経を逆なでさせる嫌な事を言って、手玉に取るような発言をして追われるように逃げて帰っていますよ。もしかして、あの場に女騎士や女戦士がいたから格好つけていたのではないですか?」
神経質そうな顔をして何て勘の鋭い女だ
オレの心を読んだのか、それとも教育係りとして付き合いが長いのか、ズバリ的中してくる
「あんな美しい金髪女騎士や豊満なアマゾネス女戦士がいるグラニス軍は羨ましいな。この戦が終わって帰ったら早速我が軍にも、ああいう女性を入隊させるよう計画しよう」
嘘はすぐばれる
オレは真剣にそう側近に相談する
「アマゾネスが何なのかは分かりませんが、分かりました。殿下の母上様にも相談して検討します」
それは言わない約束でしょう
オレはその提案を慌てて取り消す
「エマ、そう言えば、気付いていたか。あの陣の中にセリーナがいたぞ。姿は隠していたようだがあいつの好きな百蘭香木の匂いがした」
オレは話を逸らそうと違う話題を提供する
「ま、まさかセリーナ様がですか?数年前のあの事件の時に行方不明になって、既に葬儀である斂葬の儀も行っていたのに・・・まさかベール王国に亡命していたとは・・・」
逸脱作戦成功だ
女官騎士エマはその話を聞き、普段の冷静な顔つきを崩し驚いていた
「ああ、そうだ。兄であるオレが妹を嗅ぎ間違えるはずはない。
ベール王国に潜ませていた『草』からそんな連絡は一切入ってなかったからな。何処にいたのか分からないが、どこかの山奥や森の中にでも隠れていたんじゃないか」
オレは当てずっぽうでそう答える
まさかそれが当たっていたとはこの時は夢にも思っていなかったが
「とにかく、今回の戦は楽しめそうだ。精鋭のグラニス軍に女戦士と女戦士、それにオレと同じく天才と言われていたセリーナが相手だからな。さあ、急いで我が軍と合流して対策を練り直すぞ!」
神聖皇国第二法皇子マリオはそう言い馬足を更に速める
(せいぜい精鋭揃いの彼らの力も、今回のオレの大作戦に使わせてもらうとするか。そう言えば、相手にはオレと同じ趣味の匂いの奴がいたしな・・・影の薄いニヤニヤした不気味な男だったが・・・・この世界に来てから、あの匂いをした奴に会うのは初めてだ・・・)
この事は決して身内だろうが側近だろうが、今まで決して言えなかった秘密だ
魔獣喰いマジウスと親近感を感じるはずだ
しかし、まだお互いの秘密については知る由もない
そう、イスラマ神聖皇国第二法皇子マリオ・アリスタは『異世界』から来たのであった
☆
「それにしても、さっきの使者の女の子は二人とも可愛いかったな・・・いや秘書騎士ちゃんの方はキレイな女王様系かな。聖女様の方は小ぶりだけど守ってあげたい、小動物的な可愛い女の子だったし」
会談も終わり、そうぶつぶつ独り言を言う魔獣の喰いマジウスをほうっておき、グラニス軍の陣幕の中は騒然としていた
「まさか今度の相手が名高き『殲滅皇子』だったとはな」
総大将であるレオンハルトはそう言いながらも、強い意志で怯んだ様子はない
「例え相手が誰であろうとレオンハルト様は負けません」
近衛騎士のスザンナは自信ありげに皆を鼓舞する
「そろそろ我が君であるレオンハルト様にも何か異名が欲しいですな」
そう言い場を和ませるのは歴戦のベテラン騎士だ
「やれやれ、今回の戦は追加報酬を頼みますぜ」
さっきまで青い顔をしていた傭兵隊長は、振り切ったように冗談をかます
「下界は本当に面白い戦士が多いな。戦場でヤツ等と相まみえるのが楽しみだ」
森の女戦士『黒豹の爪』クラウディア(仮)が獰猛な獣のような頼もしい笑みを浮かべる
「・・・・・」
いつもは饒舌な森の軍師セリーナは何故かさっきから静かだ
例え相手がどこの誰であろうと戦いはもう始まる
それぞれ想いを胸に、時代は大きな流れの中を進もうとしていた
☆
一方、イスラマ神聖皇国とベール王国の本軍同士がぶつかる北部地域は大きく動いていた
開戦当時は大軍の先発隊を持って侵攻してきた神聖皇国軍が優勢で、ベール王都までの最短コースを焦土化しながらも街道を進軍して来た
しかし、それを迎えるベール王国軍も各諸侯と連携しながら、伏兵を駆使し周囲から一撃離脱の攻撃で敵の補給線を分断し皇国軍の軍足を遅くさせていた
正面からぶつかる数で言えば、倍以上の兵数を有する皇国軍が有利だった
しかし、皇国軍の殆どが熱狂的な信者である農民市民歩兵だ
士気は高いが練度や装備は低く、また慣れない遠征でその体力と速度も段々と遅くなってきた
ベール王国軍は少数精鋭
街道沿いの農民や市民を避難させ、相手に略奪品や食料水を与えない焦土作戦も敢行していた
戦後復興は大変な労力を要するが、どうせ皇国軍に根こそぎ略奪され惨殺されるのなら、命があればましな方だ
そんな苦肉の策もじわりじわりと効果が出てきて、皇国軍も当初の大侵攻の勢いがなくなり慎重に進軍していた
王都の隣にある公国領内の大草原
どうやらこの地が本軍同士の決戦の場所になりそうだ
☆
『殲滅皇子』マリオは自軍に帰還していた
マリオ率いる第三皇国軍は、遥か昔に大皇国が築いた林の中の街道を進んでいた
今回はマリオの直属の精鋭軍の他に、神聖皇国内の各地で徴兵した農民歩兵も多く同行している
士気は高いが練度の低く、思いのほか体力のない彼らは兵足が遅く戸惑っていた
それでも、これだけの兵数を揃えるには徴兵で頭数を確保しなければ話にならない
『殲滅皇子』と呼ばれているマリオも弱兵の扱いには慣れたものだ
もうすぐ林の中の道が終わり、草原の街道に出る
そこに出たら敵軍までもうすぐだ
山中や林の中を行軍してきたので気持ちもはやる
(確かこの辺だったよな)
事前に入手しておいた周辺地図と、使者に行く時に自分の目で確認しておいた地形なので間違いはない
マリオは部下に指示を出し作戦を開始する
全軍が止まり、工作兵が先に進んで行く
先行偵察隊の報告では周囲の林は安全だったという事だったが、自分の直感を信じる
(オレだったら間違いなく、ここに伏兵を置き奇襲をかける)
工作兵は準備しておいた数台の荷馬車に火を着け、それを引く馬の尻を槍で刺し林中へ走らせる
それと共に本陣から弓兵が火矢を放ち、前方の両側の林に火を放つ
マリノの開発した特製の火矢と荷馬車の煙幕剤は凄まじい勢いで燃え上がり、有害な煙を吐き出す
(ネズミちゃん出て来てね~)
すると誰もいないはずの林の中から、凄まじい勢いで矢群が飛んで来る
「大盾隊!」
女官騎士エマの指示の元、事前に配備しておいた大盾隊がその矢を防ぐ
中には頑丈な大盾を貫通している矢もある
(情報通り凄まじい剛弓だ)
「林の中に入る必要はない。火矢で燻り出して退却させたらこちらの勝ちだ」
マリオは火矢を放つ部下に指示しながら周囲を警戒させる
(ここで、例の奴らが討って出て来てくれたら、殲滅できて楽なんだが・・・・)
マリオはその様子を見ながら林の中の様子を見守る
しかし、その思いは裏切られ、林の中から打ってくる矢はいつの間にか無くなっていた
(ちっ、逃げられたか。退き際のいい奴らだ)
敵司令官が誰か分からないが、その判断をマリオは褒める
「よし警戒しながら前進だ。林の火はそのうち消えるようになっている。もらい火をしないように気をつけろよ」
取り敢えず敵の奇襲を退けたので、初戦はこちらの勝ちと言う事でいいのだろう
しかし、戦とはどんなに負けても最後の最後に勝ちさえすれば勝利だ
この世界に来て嫌というほど戦いを経験してきたマリオは、最後まで絶対油断しない自信があった
(それでも果たしてこの後の第二ラウンドどうなる事やら・・・)
マリオは初戦に勝利し浮かれる兵たちを見る
これから先はジグソーパズルのように複雑な戦術の組み合わせだ
1個でも間違えるとおじゃんになる
それでもマリオは、この大陸の未来に控える大きな障害を見据えて進むしかないのだった・・・・
この章は登場人物がいつもより多いので簡単な人物紹介も行います
【森の戦士団】
魔獣喰い:主人公?17歳で森林弓兵の小隊長。知略が低いが毎回重要な会議に強制同席。女の子ばかりに目が行き男性の目線には気付いていない。新たな転生者の出現に主人公の座も危うい今日この頃です。
研究軍師セリーナ:下界人であり幼女であり森に住む天才軍師。イスラマ神聖皇国の皇女である事が判明。ある事件で姿を消した模様。お気に入りの百蘭香木をいつも懐に潜ませている
イケメン剣士:魔獣喰いのかつての仲間。結構な剣の腕前で指揮能力もあり万能選手。器用貧乏にならないように育成したい
牛さん:魔獣喰いのかつての仲間。無口な重量戦士。無口なので軍議は不参加。
坊ちゃん:魔獣喰いのかつての仲間。金の計算は得意だが軍略は苦手なので軍議は不参加。
黒豹の爪:大砦の大剣女剣士で大隊長。統率力、個人戦闘力が高く堅実な策を好む。日焼け野獣系巨乳なので下界の騎士も目のやり場に困る。強い男が好き
鬼軍曹:大村の城の戦斧筋肉戦士団長。今回は別行動で林の中で奇襲をかけたが読まれて失敗に終わる。本当に得意なのは戦斧を振り周りして敵陣に突撃
【グラニス軍】
青年騎士レオンハルト副伯爵:たくましく大きくなった成長率No1の騎士。元々イケメンだったので左ホオに傷跡が残っても絵になる。下界と森のハーフ。自信家にもなってきた
女騎士スザンナ:レオンハルトの護衛騎士で今はグラニス軍の近衛騎士を率いる。剣の腕間の他に統率力や内政力などの各種能力が成長。プライベートは真面目なドジっ子。金髪碧眼で着やせタイプで人気が高い
ベテラン騎士:昔からグラニス家に仕える騎士。耐える守備力に定評がある。冗談話はあまり面白くない
傭兵隊長:元々数年前にお家騒動では敵方にいた私兵の傭兵隊長。今は改心してお抱え傭兵隊を率いる。才能よりも経験値が物を言う歴戦の戦士。今回まさかの冒頭の語り手。そろそろ第一線から引退したいと考える年頃。
【イスラマ神聖皇国 第三軍】
第二法皇子マリオ:神聖皇国の厄介者な皇子で成人してから西部の辺境前線に飛ばされていた。女の子好き。研究軍師セリーナお兄ちゃん。なんと現代からの転生者だった・・・軍略マニアで化学も得意な天才である意味主人公みたい。ちなみにこれ以上の転生者は増えない予定です。
女官騎士エマ:マリオ殿下の幼い頃からの自称教育係りの女騎士。能力に弱点がない騎士で体型も無駄がないスレンダー型。通称『秘書騎士』。マリオが転生者だという事には気付いていない。
聖女エレナ様:身長はそんなに大きくない童顔の少女。天の声を聞き勇気を出し前線に出る。小動物系。




